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迷ったが付加量は結局、普段と同じく600程込めておくことにした。見栄を張って、いざ購入の時に話が違うと言われても嫌である。茶水晶に土、真珠に水、黄水晶に風、黒曜石に闇、柘榴石に火を付与してユユンさんに渡す。袋が無くてちょっと申し訳ない。


「ありがとうございます。早速領主へお渡ししますわ。ああ、勿論結果次第では許可は取り消しになりますけれど、本日ご購入された分まで返却せよなんてことは申し上げませんからご安心なさってくださいませ、では仮の許可証を作成いたしますからこちらへどうぞ」


「ありがとうございます。じゃ、イル。とりあえず30かせまでを目安に選んでおいてくれるか?流石に全色は買えないから」


「わかりました。んー、どれにしようかな」


イルを残してユユンさんと応接間を出る。事務所の奥へ進んで、ユユンさんが明けたのはさっきより明らかに高級そうな扉であった。あっこれ面倒な奴だ。


「お連れしましたわ」


ユユンさんが声をかけて部屋に入り、続いて入室した私が見たのはまあ予想通りと言うかなんというか。高そうな服を着て高そうな杖を突いた壮年男性が写った等身大の姿見であった。あの髭はカイゼル髭って言うんだったかな。全然関係ない事を考えて若干現実逃避するが、鏡の向こうの景色が消えるわけも無く。


「来訪者と言うのはみんなこんなに早起きなのかね?言い付けておいたとは言え叩き起こされて驚いたよ。お初にお目にかかる、私はニコラス・チューズ=アン・カトル伯と言う者だ」


すいと出された手は握手を求めているのか。私に鏡を突き抜けろと言うのだろうか?対応に困る。


「鏡を通り抜けられる自信が無いので、握手できない無礼をお許しください。私は来訪者の一人で辰砂しんしゃと申します。糸の購入許可を頂けると伺いましたが」


例え伯爵様ご本人が出て来られても、現代日本の小市民でしかない私に貴族的な振る舞いは出来ない。精々が丁寧且つ単刀直入に用事を告げる位である。これで遠回しな物言いでは意味が通じない事を察してくれると嬉しい。


果たして伯爵閣下には通じたらしく、にかっと豪快な笑顔を見せた。なんか貴族らしくないなこの人。


「それは勿論、君の付加守の出来次第だがね!だがユユンが持っているのが君の作ならば、何ら問題なさそうだ。ユユン、こちらに送ってくれ」


「かしこまりました」


ユユンさんはどこから持ってきたのかきらっきらの宝石箱を片手に持ち、付加守を全て中に収めた。音を立てて蓋が閉められる。宝石箱に鍵をかけてからユユンさんは伯爵に声をかけた。


「お送りいたしました」


「すまんね、……うん。やはり。充分だな。問題なく許可を出せる腕だ、渡してやっておくれ」


どうやら宝石箱は魔法道具だったようだ。魔法文字大全に移動や転移系の文字は載っていただろうか、後で洗い直すかと思いつつユユンさんからギルドカードそっくりの許可証を受け取った。これも失くすと大変そうなのでストレージに入れておこう。嬉しげに柘榴石の付加守を腕に着けた領主が思い出したようにこちらを向いた。


「辰砂君、これから付加守を売る時には領主一家御用達だと言いふらしてくれて構わんよ!はっはっは!」


「はい、ありがとうございます」


……バラつきではなく、家族の人数だったか。提供本数の真の意味を察した私は無難な受け答えに終始したのであった。油断するといらないことを言いそうだったのである。これ以上藪から蛇が出てきては困るのだ。全く刺繍糸を買いに来ただけだったのに、どうして領主と面談する羽目になるんだろう。ギルドを後回しにした罰が当たったのか。


「ニーの街の憲兵団団長が長男、ヨンの街のギルド長をやっとるのが次男だ!君の事はしっかり伝えておくからな!困った時には頼るといい!」


延々と続く家族自慢に紛れたその台詞を聞き逃がしたことを私が後悔するのは、それほど遠い話ではないのであった。誠に遺憾である。


本文中のかせと言う単位に関しての補足。

綛と言う単位は、一定量の糸を輪の形にまとめて結束した物を数える時に使います。

本文中の1綛、とは刺繍糸を約10メートルほど束ねたものだと思っていただければ幸いです。

工業規格としての1綛はもっと長いですし、単位も糸ごとにきちんと決まっているのですが、何しろ∞世界ではJISが存在しておりませんし、刺繍糸向けの製品でもあり非常に短く区切って束ねられている――とご解釈頂ければ幸いです。


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