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「ああ良かったわあ、だけど、どうしてこんなところに水龍の仔がいるのかしら?」
一安心した様子の精霊さんが爆弾をぶっ放した。蛇じゃなかった。本当だ、物凄く良く見たらちっちゃい手足が付いている。子供なので鬣や髭はまだ生えてないそうだ。
「ジャア……」
物凄く不服そうな水龍が何やら唸った。精霊さんがふむふむと頷いている。
「まあまあ。この子、ずーっとこの山の地下洞窟に封印されていたんですって。……ずっと中で暴れてたら、だんだん封印が緩んできて?……そうだったの、可哀想にねえ。辰砂ちゃん、何とかしてあげられないかしら」
んじゃんじゃ唸る龍にすっかり同情したらしい精霊さんに頼まれるものの、何を言ったかわからない私としては反応に困るところだ。
「すみません精霊さん、私には水龍が何を言っていたか全然分かっていないのですが」
「あらまあそうよねえ!ほほほ、ごめんなさいね。この仔ね、ずっと昔に親とはぐれちゃったんですって。それで悪い人に捕まって、地下に封印されちゃったんですって」
悪い人曰く、湖一つ飲み干すような悪い子にはお仕置きが必要であると。死ねない渇きを身を以て知り、他者と分かち合える慈しみを学べるようにと言うような内容であった。これは水龍からは一言も出てない話である。
何故知っているかと言えば、封印現場に行ってみようと言うことで龍を放置して洞窟に行ってみたからだ。砕け散った立派な石碑を苦労して繋ぎ合わせたところ、そういう旨が刻まれていた。魔導師マーリンと言う人がやったらしい。凄そうである。
「あらあら、どうしましょうねえ。可哀想だけど、どうも可哀想なだけでもないみたいだわねえ」
精霊さんも困り顔である。ちなみにノース山の中くらいなら、彼女も移動できるそうだ。泉に戻りつつも水龍の処遇を考える。
「ンジャッ!ジャジャッ!」
精霊さんに嬉しそうに呼びかける水龍。精霊さんも相好を崩して顔を撫でてやっている。もうここに住ませたらいいんじゃないか?
「水龍ちゃん、あなた、湖を飲み干しちゃったんですってねえ。ところで私がどうしてここにいるか知ってるかしら、知らないわよねえ。私ね、元々住んでた湖がちょっとお出かけしている間に干からびちゃってね、住むところがなくなっちゃったの。急に住所不定無職になっちゃったのよー」
訂正、目が全然笑ってなかった。水龍も心当たりがありすぎるのか、体中から滝のように汗を流している。爬虫類っぽいのにあんなに汗が出るとは、ファンタジーだ。
「ねえ水龍ちゃん、あなたこれから一体どうしたいのかしら?私は永遠にこのお山の礎になったらいいんじゃないかと思うんだけど、まあ、嫌なの?それじゃあもっと素敵なプランがあるのね?いいわねえ。どんなの?教えて頂戴な」
にこにこしている精霊さんから、関係ない私まで気圧されるようなプレッシャーが押し寄せてきている。ちょっと可哀想になるほど汗をかいた水龍は無言のままだ。段々縮んできてないか?念のため、縄をさらにきつく締め上げ続けておこう。
「ジ、ジャジャア……」
縮み方は加速していくばかりで、本当に蛇みたいなサイズになってしまった。50センチ無いのではないか?とうとう目からも汗を流した水龍が何かを言って、精霊さんは水を散らした。私は括ったままである。
「やっと言ったわね?おいたしたらごめんなさいってしなきゃいけないのよ。言わなかったからお仕置きされちゃったのね、きっと」
どうやら水龍は謝ったらしい。よしよし、と精霊さんが指で頭を撫でてやる。さっきまで目玉が私の顔ほどあったのに、龍と言う生き物の不思議さを感じる。
「辰砂ちゃん、あなたはどう思う?私はもうこの仔は反省したんじゃないかと思うんだけど、あなたはさっき食べられかけたじゃない?一番の被害者だと思うのよ」
そう言えばそうだ、とは言うものの。私一人ならば殺害一択であるが、精霊さんが明らかに水龍に情を移しているのである。あれだけ撫で回しているのに死ねとも言いづらい。
「もうここに住ませたらいいのでは?」
結局、さっき思ったことを述べた。ところが精霊さんが首を振る。何故?
「この泉の規模だとね、私くらいの精霊が一人いるので精一杯なの。この仔は本当なら私よりずーっと強いから、この泉くらいじゃだんだん弱って死んじゃうのよ」
長い間封印されて苦しんで苦しんで弱り切ったのが今であるらしい。それで人を呑みに来るのだから見上げた根性である。目が合った水龍がぷるぷる震えている。
「もっと水の魔力の多いところに連れて行ってあげないと、もうこんなに縮んじゃったから、どこかへ辿り着く前に死んじゃうわ」
縮ませた原因の一端が言ってはいけないような気がする。ん、水の魔力?なんかそんなスキルあったような。ステータスを開いてみる。レベルが16まで上がっていた。いや、今はそこではない。
心当たりのスキル詳細を確認し、説明書きに則り念じてみる。流れる魔力をちょっと指先から出して整え、水の気を帯びさせる。さっき精霊さんの魔法を見ておいてよかった、水の気配を掴みやすい。
「あらあら辰砂ちゃん!そんなことまでできたのね、すごいわあ。それをこの仔に渡してみてくれるかしら?」
手のひら程度の大きさに丸めたそれを、水龍の前に突き出した。小さい爪で器用に抱えてあぐあぐと食べている様子は微笑ましい。見る見るうちに食べ終えて、ゲップして見せた。小さな鱗にツヤが出て、潤った気配がある。
「あらあらまあまあ!決まりね!」
精霊さんの笑顔には勝てなかった。年の功、と言う言葉が脳裏をよぎったのは、水龍を背中に張り付けた帰り道の事である。
どこの世界にも、押しの強いおばあちゃんは存在する。