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アルフレッドさんの所ではゆっくりしたいので先にガラス素材を売りさばきたい旨を伝えたところ、イルは快く了承してくれた。計画性が無くて悪いね。そういうわけでそそくさとイチの街に移動して、現在はガラス職人のお店にお邪魔している。
「おお、悪い。待たせたな。どうも俺ぁ金勘定が苦手でいけねえ」
調薬師と思しきプレイヤーが瓶を仕入れに来ていたのだが、180本だけ注文されたようだ。いつもは奥さんが数えてくれるのだが、今日はいないらしく店主が険しい顔で数えていた。5回やり直していたので多分間違ってないのだろう。
「いえ。ガラスの素材を集めて来たので伺いました。粘液玻璃と粘液硝子、軟体硝子核の3種類ですね。粘液硝子の方は少ないんですけど」
ストレージから見本代わりに一つずつ取り出して台の上に並べる。玻璃と硝子はぷよんとした感触のバレーボール大の球だ。軟体硝子核だけはとろけたどっかのスライム核のサイズ違い、色違いなので用途が違いそうだが。
「ほお!玻璃なんて見たのはいつぶりだろうな」
やはりと言うか店主が喜んだのは玻璃だった。硝子も悪くはないのだけれど、扱いやすいし綺麗に仕上がるので手に入るなら玻璃が良いそうだ。
「硝子の方はちょっと脆いんだよな。すぐに皹が入っちまう。それで辰砂よ、これはどんくらい譲れる?」
「ええと――」
ストレージの中身で何がいくつ、と言うのがわかればいいのだが。出来ないのはいかにも不便であるが、はて。本当にできないのか?【空間魔法】の詳細を確認してみよう。
『空間に関わる魔法を覚えることが出来る』
【空間魔法】全体の詳細は正直大雑把すぎて役に立たなかったが、ストレージ単体の詳細を別に確認できたので一安心だ。
『自分専用の亜空間を生成できる。亜空間の仕様はある程度カスタマイズすることが出来る』
カスタマイズできる、と言うところが重要である。多分薬草袋毎に入り口を作るとか、手を突っ込んだら欲しい物に当たると言うのは既にカスタマイズの領域だろう。ならばついでに何がいくつ入っているのかを系統立てて整頓した一覧表にまとめることも不可能ではない――筈である。論より証拠、やってみよう。
扱いやすいのは作表ソフトよりもデータベース管理ソフトを利用したタイプの表で、系統別にタブを作って検索も使えるとなおよい、そんな感じで一覧が見たいと念じてみる。今まで魔法を使う際、念じる以外の動作をしたことがないが、これで本当にいいのだろうか。
何も変わった気はしないのだが、とりあえずストレージに手を突っ込んでみる。む?硝子板っぽい物に手が当たった。こんな物入れた覚えはないが。つかみ出してみればそれは手のひらほどの光る板硝子であり、操作感はタブレットであった。成程これで在庫管理をすると、昔やった物流拠点のアルバイトの経験が活きたらしいな。まるきり発想が同じである。
要らんことを考えるのは止めて『粘液玻璃』を検索した。結構頑張って集めたらしい、2725個ある。我ながらやりすぎた。
「2725個ほど持っていますね」
「いやそんなには要らねえよ」
さっきも似たようなやり取りをしたような気がする。ちなみに硝子のほうは実験の時にしか出て来なかったので51個、軟体硝子核は83個だった。意外と少ない。
「そうさなあ……失敗分を見込んで500程貰うか。指名依頼出しとくからよ、あっちに納品してくれるか?今相場がかなり高いから、入り用がないなら残りもみんな売っ払っちまえばいい、儲かるぜ」
「わかりました」
商談がまとまれば、後は納品するだけだ。久しぶりにイチの街のギルドを尋ねるとタイミングが良かったらしい、受付には誰もいなかった。
「あら。お久しぶりです」
受付の女性は薬草採集の時に顔を合わせていた方で、向こうも私の事を覚えてくれていたらしい。笑いかけてくれたけれど、ギルドカードを確認した時に眉が上がり、次いで眉間に皺が寄る。階級がⅠのままだからだろうか。熱心でなくてすみません。
「Ⅰの方にグラススライムの狩猟依頼を出すなんて。ご安心ください、ギルドからゼーベック硝子店には正式に警告を出しておきます。全く何考えてるのかしら、最低でもⅢは欲しいところなのに、これだから職人て考え無しで困るのよ、冒険者の安全ってものをもっと考えてもらいたいわ……」
難しい顔でしばらく依頼書と私のギルドカードを見比べていた受付さんが、不意に微笑んで衝撃の発言をした。いや、それじゃ困ります。しかもすっかり店主を悪者だと思っている愚痴が口から零れているではないか。職人に何やら私怨のありそうな彼女も疲れているようだ。それはともかく警告がどんなものかは知らないが、謂れ無き批判を受けさせるのは何とも申し訳ない話である。
「待って下さい、私は確かにⅠ階級ですがグラススライムを狩る程度の能力は十分に有しています。と言うかもう集めてきているので、その指名依頼が受けられないと私としても困るのです」
慌てて申し添えると受付さんは引き出しから取り出した『依頼者向け警告申請依頼書』に物凄い勢いで記入する手を止めた。ちらりと見えたが経緯欄の字が細かすぎて読めなかった、よくも数秒でそれだけの文章を書いたものである。
「左様ですか……では特に弱みを握られたとか、強要されたとか脅されたとかそう言った事情は存在しないのですか」
むしろそんな物騒な指名依頼が横行しているのかの方が気になってくるが、否定を返すに留めておいた。藪蛇になりそうだ。
「依頼はあまり受けていませんが、そこそこ戦えますからそこを見込んでご依頼くださったんです。彼が咎められる謂れはどこにもないので警告?ですか、そう言ったものは出さないで頂けると有難いのですけれど」
私の申し開きを聞き、残念そうではあるが受付の女性は書きかけの申請書を握り潰して机の下に捨てた。しかしこんなに階級が足を引っ張るなんて思いもしなかった。かき氷屋の時のギルド長と言い、やりたいことに階級が釣り合ってないとそれだけで面倒な事態が起きる。
今度こそ渡された指名依頼書の内容を確認しつつ、階級の上げ方も確認して帰ろうと心に決めた私であった。