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扉の前で待機するわけにはいかないが、いつ大規模討伐隊がやってくるかは知りたいので、地道に張り込みをすることになった。気分は警察か探偵である。あんパンと牛乳はないけど。
「いや、警察も探偵も天井の暗がりには隠れないと思いますよ」
「野暮だぞワトスン君。ホームズは嫌いかい」
大変現実的なツッコミを入れてくる左千夫君にクレームを入れつつ、地面を見下ろした。天井まで【飛行】で上昇したところ、良い感じの窪みがあったのでちょっとお邪魔している。ところでマップが常に平面表示なのには頭上を探索させない意図でもあるのだろうか?この窪みも表示されてないままである。行けるのにマップが広がらない理由は分からない。
「え、ごめんなさいあんまり古典も推理物も読まないもので、と言うかどっちかって言うと忍者とかスパイっぽいんですけど僕ら」
つれない答えを聞き流しつつ、ぼんやり見張りを続ける。本の趣味が合う人と言うのは中々いないものだ。まあ、かく言う私も別に推理物が好きなわけではないのだが。
時折地上の様子を窺いつつ各々が自由に過ごして数時間が過ぎた。ボス戦って時間がかかるものだから、この時間でやってこないのならアタックは明日なのかもしれないと諦めかけた時だった。
「……しらこ、36人って言ってなかったですか?42人、居ますよ。強そうなのは10人くらいですけど」
昼寝していたはずのイルが目だけ開いて教えてくれる。数が大幅に違うのは予定外だが、システムが改変できるはずもないので何か起きていると思った方がよさそうだ。ズレが丁度1パーティ分であることを考えると理由も推察しやすそうである。
「いさき、もしかして最後尾の6人組は他の団体からかなり離れてたりしないか」
「んー……6人じゃないですね、12人が遅れてる感じです。前の6人は横に広がって、後ろの6人は壁際に張り付いてる」
イルレーダーが便利すぎて笑える。探知の範囲も精度も全然敵わないなあ。私はやっと前の30人が範囲に入ったところだ。
「後ろ2組はグルっぽいなあ。ボス戦後の消耗したところを挟み撃ちにでもするつもりなのかな」
清々しさすら感じる卑怯っぷりだ。これぞPK職、悪者って感じで面白い。待ち伏せ、不意打ち、挟み撃ち。古典的な手である。
「ま、確定じゃないしちょっと確認してみようか。君は標的の周囲の人間にも詳しいかな?具体的には顔を見たら仲間かどうかわかる位」
配置だけで決めつけて人違いだと目も当てられない。何事も確認は重要である。頷いて顔を強張らせた左千夫君の背中を叩いておいた。
「わからなかったら第3勢力の可能性もあるから、このまま待機するよ。私たちが狙うのは一人でいいから、他と潰しあう事も無い」
とは言え、まずグルだろうなと思いつつ。ぞろぞろと扉から侵入していくプレイヤー達を上から覗く。あ、少年少女達だ。もしかしたら2連戦になるかも知れないが頑張れ。背中に気をつけろと送ったメッセージはきちんと伝わっただろうか。ああ、心配だ。
全然違う理由でどきどきしている私と左千夫君に観察されていることには誰も気づかなかったようだ。36人――最後のパーティがやっぱり私たちが狙う相手だった――が侵入しきって扉が閉まった。そしてそれを確認してからおもむろに登場する残り6名。
「……うん……仲間です。あのチャラ男と、ドレッドと、剃り込み坊主頭はあいつと同じクランに所属してるやつだ」
いかにもやる気なさそうに扉の前でだらける奴らを睨み付けた左千夫君の拳に力が込められた。まだ早いって。伸ばした糸が今から仕事するからちょっと待ってなさい。
「――くっそ暑ぃなーもー」
「!!」
びくっとした左千夫君を押さえつつ、久しぶりに糸電話機能を持たせた糸が声を拾ってくる。言っとけばよかったか、ごめんね。
「早く終われよなあ」
「待つ方の身にもなって貰いてえわ、ったく」
「お前らボスに文句あんなら死ぬ気で言えよ。あの人誰が何言ったか結構把握してるらしいべ?」
「うへー怖ぇ事言うなよな……にしてもあちぃよ、メッセまだか?」
「馬ッ鹿、レイドボスがんな数分で終わるわけねーだろ、まだまだ待ちだよ」
「ここ開いたら中から逃げ出してくる奴を全部殺していいんだろ?つーかメッセ来てから網張れって、先に張ってちゃダメなのか?面倒え」
「なんでかなんてわかんねーけどよ、間違えるとすぐ殺られっちまうしボスのナイフ超痛ぇから言われた通りやろうぜ」
糸が伝えてくる数々のちょっと頭が悪そうだがブラックな発言に、気づかなかったが私は笑っていたらしい。イルが口元を指し、口パクで『こ・わ・い』と伝えてきた。仕方ないじゃないか、わかり易い敵がそこに突っ立っているのだ。ともあれ聞こえてきた内容で作戦は決定だ。後は、私達もメッセージが届くのを待つだけだな。