16
無事空腹を満たした私は穏やかな眠りを堪能した。宿屋が24時間営業で助かった。この辺りはゲーム的である。腹は膨れないが朝食を楽しみ、機嫌よくギルドへ向かう。
「おはようございます。昨夜は災難でしたね」
最初の受付嬢に挨拶をするとそんな声を掛けられた。どうやら昨日の悪漢どもの話が回っているらしい。私としてはとても都合がよかったので、そうなんですよと返しておく。
「レベルが上がっていて良かったです」
「本当、乙女の敵ですよね。どっちか潰しちゃってもよかったくらいですよ!」
なかなか過激な受付嬢を宥めつつ指名依頼の書類を貰う。受け取った瞬間に残り時間が表示される。よし、今日も採集に勤しみますか。
朝の市場の賑わいを通り抜ける途中で布手袋を一つ購入してからノース山へ向かう。これで魔力草を効率よく集められる。
今日も兎は蹂躙されている。昨日よりプレイヤーがいる範囲が広く、猪もサーチアンドキル状態だ。早めに出発してよかった、まだ人目を気にせず飛べるほど羞恥心が捨てられない。気持ち早足で通り抜けてから飛んだ。早く行きたいのだ。
手早く草を集めていく。手袋が早速大活躍だ、草の葉で手を切る心配もない。調子よく集め切って泉へ向かう。このペースならもっと採集数を増やして貰っても大丈夫だな。
「おはようございます、今日も来ました。グレッグ先生はお元気でしたよ」
祠に挨拶。まだお休み中かもしれないので、もしまた会えたら改めてグレッグ先生の状態は伝えよう。と思った途端、祠からお顔が出てきてびっくりした。
「おはよう、まあそうなの!元気だったのね!良かったわ、もうほんとに良かったわあ」
ふわふわと浮いているのに飛び跳ねる精霊さん。浮遊歴が長くなるとこういう器用な事も出来るのだろう。昨日の出来事を話しながら採集に勤しむ。行儀が悪いのはご勘弁願いたい、出来るだけ精霊さんを視界に入れないようにしたいのだ。間違えて魅了がかかったらどう謝ればいいかわからない。
「まあ、あなたグレッグのお弟子さんになったのね。素敵だわあ、しばらく通ってくれるなんて嬉しいわあ」
にこにこする精霊さん。こう言ってはなんだが大変に可愛らしい方である。そんなに喜ばれると私としても面映ゆいが悪い気はしない。
「私もね、昨日の夕方くらいから胸のざわざわがなくなってすごくすっきりしてるの。こんなに清々しい気分は久しぶりだわ」
幸せなのは良い事だと頷いて、ふと周囲を見渡した。そういえば、今日は一度も魔物の姿を見ていない。昨日は1時間で4回は遭遇しているはずなのに?
崖を見上げたのは偶然だったと思う。それほど私は何も感じていなかった。そして、青い蛇と目が合った。蛇と言うには巨大だ、胴体が一抱えほどもあるのだから。
「ジャアアアアッーーー!!」
威嚇音とともに、十分に体を撓めて力を溜めていた蛇が飛び降りてくる。開かれた口は私を丸呑みにするには十分だ。糸を準備しながら飛び退こうとして足が宙を掻いた。動揺して浮いてしまったのだ。
「きゃあああ!」
精霊さんの悲鳴を背中で聞いて、蛇の勢いを左側へずらすことにだけは成功した。通り過ぎざま、尾に叩かれて宙を滑る。地面に落ちない代わりにどこまでも滑るので、空中移動で体勢を立て直した。足がつかない、思ったより動揺している。
蛇とにらみ合う。藍方石みたいな色の蛇である。目の色まで青い。好きな色だけに腹が立った。あちらはあちらで私の呼吸でも感じているのか舌をちろちろと動かして様子を窺っている。
出来るだけ、何でもないように糸を周りに展開させる。昨日より糸が上手く扱えている自覚があった。縄ほどの太さに縒り上げて、蛇周辺へ巡らせていく。同時に自分の前から泉を覆うように網を編む。規模が大きいせいで時間がかかる。焦るな、ただ大きいだけの蛇じゃないか。角がちょっと生えているくらいで偉そうに。
「――ジャッ!!」
編み上がる間際、蛇がもう一度呑みに来た。端がほつれているのはもう諦める、顔から網を被せるように動かした。縄の方も締め上げる。蛇は当然抵抗してのた打ち回っている。蛇の方が力が強く、糸があちこちで千切れる。解放させたら私が死ぬ、縄を再形成する。
多分、力量以上の事をやっているせいで、形を作る端からほつれていく。締め上げるには力が足りてない――
「辰砂ちゃん、手伝うわ。おばあちゃんだけどね、これくらいはできるから」
精霊さんの声。目は離せないけれど、泉から水が立ち上がって蛇を包んでいくのが見えた。蛇が嫌がって更に暴れるが、さすがに二人分の拘束力には勝てないようだった。とりあえずがんじがらめにして、一息つく。
「はあ……良かった。辰砂ちゃん、大丈夫?怪我してない?」
精霊さんが身を案じてくれる。優しい方だ。直接の接触はないのでHP的な問題は無い。糸を千切られまくったせいでMPが大方枯渇しているだけだ。確か昨日見たときは1000を超えていたはずなのに。エコだと思いきや思わぬ落とし穴である。マナポーションを服用して、大丈夫と返事をした。