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残念ながら深部の構造を網羅しているわけではなかったので、火竜がいる筈の場所を探し当てる所から始めないといけない。さっきセーフティポイントに少年少女がいたので――知らない振りを貫けたと思う――まだ時間に猶予はある筈だ。
湧いて出るファイアエレメントを消化しつつずんずん進む。左千夫君だけが環境系のスキルを所持していないので、冷蔵魔法を時折かけ直してやるタイミングで休憩を取る。自覚はないが緊張しているのか、さっきから左千夫君が前のめりである。
「さっきから焦り気味だよ。一息に終わらせてやるために慎重になりなさい」
ほぼ最深部まで降りてこれた5回目の休憩で、左千夫君は気まずげな顔をした。自覚がないわけでもないらしい。
「気をつけてるつもりなんですけど、足りてないんですね」
「今はムラが有るね。初めはいいが終盤に深追いしがちになっている。機会を逃してはいけないが、反撃されるのも頂けない。ノーダメージの勝利が理想だ」
どうにも自分側の損害を計算に入れないで戦う癖が抜けないなあ。心中したいわけじゃないんだから、勝った後のことまで考えてもらいたいのだけれど。
「あの大扉の向こうの部屋が火竜の巣みたいですね。何だって扉なんかあるのか知りませんが」
それはまあ製作者側の都合だろう。ボス戦中に第三者が侵入できないのはゲーム的な常識である。戦闘中は閉じられるのに違いない。不思議そうなイルではあるが、それほど興味もなかったらしく葡萄の咀嚼に戻った。噛めば皮がつるりと残るので、これは世話してやらなくてよろしい。楽ちんである。
「それ、ストレージですよね。不便だって聞いてたんですが便利そうですね」
ストレージ内の水を再び一口サイズにして口に移動させていると、左千夫君がそんなことを言い出した。うん?ストレージほど便利な物も無いと思うけれど。
「何でも入るし探し回る必要もないし手は空くし。これ以上ないほど便利だと思うけどね」
これを出したいと思えばそれが手に当たるのだ。無精者の私が物を無くさないで済むのはこの魔法のおかげである。ところが左千夫君は驚いた顔をした。
「だけどストレージって容量が最大MPとInt値、Min値と空間魔法のレベルで決定するって聞きましたよ?取得SPはばか高いのに容量が少なくて割に合わないって、ほとんど取る人いないらしいですよ」
「え?」
むしろそんな不遇扱いされる魔法だなんて思いもよらなかったんですけど。あんまり私が驚いたので、左千夫君が詳しい容量計算式を掲示板で探してくれた。
「ごめんね、掲示板は使わない主義なんだ」
「あ、いえ。気にしないです……ええと、検証班によるとですけど。【最大MP】×【Int値とMin値のうち低い方の値】×【1000分の空間魔法レベル】ですね」
ふむ、私に当てはめると……4750×675×(13/1000)=41681(小数点以下切捨て)。え、ほんとに?そりゃあ入れ放題なわけである。それと同時に敷居の高さも理解した。Int値とMin値を両方伸ばすなら魔法使い系に進まざるを得ないのに、沢山容量が要るのは生産系のプレイヤーで、彼らにはInt値もMin値も大して必要ないのである。使えるレベルまで持っていけないのだ。
「色々と噛み合わない魔法なわけだ。私は何の予備知識も無くナビゲートキャラクターに勧められて取得しただけだから、そんな評価だとは思いもしなかったよ」
今思うと竜胆さんは私にとってより良い選択をしてくれていたのだ。何も知らない私は生産系を希望したので選び辛かったかもしれないと、今更申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「え?ナビゲートキャラクターに相談とか出来たんですか?えー、知らなかった……知ってたら……」
よく分からないところで引っかかっている左千夫君はそっとしておこう。こう言うプレイヤー間の話をしている時は、イルは興味がないのか自分の事をやっていることが多い。今は昨日手に入れたマジック巾着を取り出して編み物の続きをやっているところだ。何とも緊張感が無いのだが、あれで魔物はサーチアンドデストロイなのだから怖い。