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ざわざわする周囲を無視して私たちは現在、しばらくぶりの火山にやってきている。立派に仕上がった左千夫君がこの辺の敵で苦戦する筈もない、と言う事であっさりと中ボスを撃破し、セーフティポイントに着くことが出来た。
「目立ってますね、僕ら」
落ち着かなさげに周囲を気にしている左千夫君であるが、目立つのは最初から分かっていたことだ。諦めなさい。私だって羞恥心を堪えているのである。
「そりゃあ、黒づくめの仮面集団なんてどんな変態だと思われていますよ。だけど、この格好なら君が誰かなんて誰にも解らないでしょう?意味のない恰好じゃないんですから諦めなさい、俺だって恥ずかしいんです」
図らずも私からもイルからも同じ事を諭されて、うさ耳をもこもこの飛行帽の中に押し込めた左千夫君は溜息をついた。顔を覆い尽くすような大ぶりなゴーグルは勿論目眩仮面である。別に土竜族しか使っちゃいけない装備品でもないし、顔を隠すにはうってつけだと言う事でちょいちょいと作成した。
左千夫君のコンセプトは飛行艇乗りまたは大昔の空軍パイロット、私のコンセプトは特撮ヒーローものの悪役幹部、イルのコンセプトは笑うなかれ、仮面舞踏会に出席するドラキュラ伯爵である。統一感の欠片も無い。目立ってしょうがない角が出し入れ自在と知った時の、カリスマさんの喜びようと言ったらなかった。どうやって隠すか悩みの種であったらしい。
「それでも最初より大分素敵に仕上がったじゃないか?危うくドレスになるとこだっただろう」
「大きな鬘の上に船の模型を乗せて隠すなんて言われたらそりゃ引っ込めますよ」
あのひと悶着は見物であった。クロッキー帳に描き出されたのは中世ヨーロッパの貴婦人さながらの重苦しいドレスであったのだ。角を最も自然に隠すためにはこれしかないと熱弁をふるうカリスマさんだったが、多分に趣味と私情が含まれていたのは間違いないと思っている。ドレス作ってみたかったわと後で呟いていたし。
イルの顔を隠すのは小粒の黒瑪瑙を随所にちりばめた目眩仮面だ。ごめん、つい私もカリスマさんに加担してしまった。煌びやかな青年貴族に飾り付けるのが楽しかったのは否めない。蝙蝠の羽根が3対になってしまったり、それで口元ギリギリまで覆ってみたり、真っ直ぐな髪を編み込んだり結んだりして複雑な形のハーフアップにしてしまったりしたのは私である。ほんとごめん。
「僕が一番普通ですもんね。いさきさんもですけどしらこさんも、えーっと、……凄いです」
左千夫君がちらっとこちらを見てすぐ顔を逸らした。初心である。ちょっと背中と肩と腕と足が見えているだけなのに――と自分に言い聞かせねば、私だってとても顔を上げていられないが。ノースリーブはまあよしとして、何でホルターネックの背中側が途中までないのかとか、ふくらはぎ丈のタイトなスカートの際どいところまでスリットを入れてあるのかとか(それも両サイド)気になる部分は多い。
腕を長い手袋で、足をロングブーツで隠せなければ左千夫君に同行するのを諦めたレベルであった。腰に下げた鞭を意味無く弄りつつ、深部に向かって進む。とにもかくにも人目が無くなれば恥ずかしさも半減するだろう。
「今日か明日には火竜にアタックするらしい。現在、標的は大規模討伐隊のメンバーに数えられているから、火竜狩りが終わるまでは手を出さない方が賢明だろう。標的プラス35人の相手をするのはいかにも馬鹿らしい」
素直に頷く左千夫君を見てホッとする。私も懇意にしている少年少女と戦うのは全く気が進まない。PK職がステータスを偽装できるスキルなんか持っていなければもっと事は簡単だったのだが。
「大規模討伐隊が解散した後のパーティは情報によればPK職で構成されているそうだから、これはもう戦うつもりでいた方が良いだろう。誰が狙いかバレてしまえばあちらも対応しやすくなってしまうから、誰も逃がさない体でいこうか」
「標的だけは君が直接やらねばならないんでしたね?あまり時間をかけるとうっかりしらこがバラしてしまうかもしれませんから、可及的速やかに事を進めるんですよ」
私の親切なアドバイスにもイルの失礼極まりない助言にも素直に頷いてしまう左千夫君。この真っ直ぐさは得難いものである、どうかこの先もこのまま育っていってもらいたい。