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すんなり崖下に到着した後は獲物を求めて徘徊することになった。一番近くにいたのは蝙蝠で、今やレベル85(本人申告)でヒットアンドアウェイな左千夫君の敵ではなかった。一旦休憩したおかげか、動きも良くなっている。
「攻撃が当たるまで相手に気付かれないように工夫してみるともっと良くなるんじゃないかな」
絶対に左千夫君は言わないだろうけれど、多分【魔力察知】に類するスキルを所持していると思う。さっきから魔物が視界に入る前から準備しているのだ。ま、察知系のスキルも習得させたかったので手間が省けたと思えばよろしい。気が付かない振りをした助言に左千夫君は素直に従ってくれる。
しばらくうろつくが蝙蝠しか見つけられないままだ。夜から朝にかけてイルと私で猿を倒したせいなのか、今わかる範囲に猿が1匹もいない。かといってトロールは急に大物すぎる気がする。丁度1匹歩いているのが悩ましい。
「……しらこ?迷ってます?」
「うん、ちょっとな……」
私がわかっているのだからイルにも当然補足出来ている訳で。イルは左千夫君はトロール相手でも行けると判断したようだ。何を迷う事があるのか、みたいな顔でこっちを見ている。いける……の、かなあ?
「右手側、少し進んだところにトロールがいる。やってごらん、言った事を忘れなければ大丈夫。皮がやたらと丈夫だから、そこは気を付ける事。何、君なら大丈夫」
だと思うよ、と言う語尾は流石に言わなかった。一応左千夫君を鍛えている最中なのだ。教官があんまり頼りないと育つものも育たないそうだし、精々自信ありげにしておこう。
「トロール……はい」
顔を引き締めて左千夫君は右手方向へ進み始めた。身軽に木に登って様子を窺う。上からの奇襲に勝算を見出したのか、木を伝い始めた。糸もないのに器用な物で、すいすい近づいていく。トロールの周辺、特に背後側に糸を伸ばしておこう。邪魔が入らないようにしなければね、午前中は。
トロールの攻撃は大振りなので避けやすい。左千夫君とは相性の良い魔物だった、油断さえなければ。厄介なのは巨体故の、潜り込んだ際のダメージが馬鹿にならないと言う点である。
複数回ポーションによる支援を行いつつ見守っている。HPバーは大分削れている……つまり左千夫君は物理攻撃じゃない攻撃手段を繰り出しているわけだ……ので、もうじき決着がつくだろう。かかった時間は30分弱か、初挑戦とは思えない出来だ。
トロールが光になって散り、それを見届けて気が抜けたらしい。左千夫君は構えを解いて、草臥れた顔をした。お疲れ様。
「今のがこの辺りでは最も強い魔物だった、1対1と言う条件は付くけどね。良く頑張ったよ、ちょっと休みなさい」
林檎と飲むポーション、マナポーションを渡す。ついでに寄ってきた蝙蝠を千切りにして私も休憩。完全制覇雲を取り出して上に寝転んだ。行儀が悪いのは今に始まった事じゃないから気にしない。
「あ!しらこは全く行儀が悪いったらもう。男の子の前で気を抜き過ぎですよ」
イルにたしなめられてしまった。渋々体を起こして座り直す。この雲は人を駄目にする雲なんだよなあ。未練たらしく手で雲を撫で、変な顔の左千夫君と目が合う。
「それって、完全制覇雲ですか」
うん?左千夫君はこの雲を知っているのか。そうだよと肯定すれば左千夫君はますます変な顔をした。
「言いたくないこと以外は隠さないから、気になる事があったら聞いてごらんよ。物言いたげな顔をしているだけじゃあいつまでたっても伝わらないよ」
何だか前も同じようなことを言ったなあ。あの時はまさかこんなに苛める日が来るとは思わなかった。左千夫君は驚いたらしいが気を取り直したのか無表情に戻った。
「あなたはどんな人なんですか」
随分待って最初に出て来た質問はそれだった。多分聞きたいことは沢山あるけど、それに私がまともに答えるとは思えなかったのだろうなあ。まさかそんなこと聞かれるとは思ってなかったのだが。
「難しいこと聞くね」
「すみません、色々考えたんですけど」
急に私の人物像を述べろと言われてもなあ。あまり考えたことのない事柄である。
「やりたいことをやってたらこんな風になったんだけど。生産もするし戦闘もするし、観光もたまにするよ。これと言って専門があるわけじゃない」
「しらこは適当で大雑把で行き当たりばったりで人嫌いで食いしん坊で自分勝手なのに押しが弱くていざって時に頼ってくれない酷い奴ですけど、そんな悪い奴じゃないですよ」
……。イルが一息に言った数々の暴言に静かに傷つきつつ、私は沈黙を保った。そんなこと思ってたのかこいつ。なんて野郎だ。地味にダメージを受けたイルの回答はさておいて、左千夫君はわかったようなわからないような顔のままであった。
「ええと。じゃあ、いさきさんは」
「しらこの頼られないパートナー」
「思い込みが激しくて毒舌でしょっちゅうフォローしてくれる手先が器用でセンスが頗る良い美人なパートナー」
おっと回答が被った。イルはあんなこと言って自分の時にはひどい回答である。と言うか根に持ってるなあ。充分頼ってるつもりなんだが認識の齟齬があるようだ。くそう私も悪口言おうと思ったのにあんまりなかった。残念ながら素直に褒めておこう。
イルが急に角の付け根辺りを揉み始めたのをよそに、左千夫君は笑い始めた。さりげなく再会して初めての笑顔だ。何がツボだったのかは知らないが、仏頂面よりはいいだろう。
「はー……、仲良いんですね」
笑い過ぎて息を整えるのに随分かかった後、左千夫君はそんなふうに言って立ち上がった。行きましょうと促されて思わず顔を見合わせる。
「色々聞きたそうだったのにもういいの?」
「なんか、もういいやってなりました。勘繰る意味ない気がして。頑張りますね」
うーん?よくはわからないが、いいならいいか。では早速続きと行こう。ニーの街に近づいておきたいので、南西方向に進むことにする。




