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腹が減って気が立っていたこともあり、ほんの少しだけ手荒になってしまった。いや、鈍器を構えていたので正当防衛だ。ちょっとだけ顔が腫れているけど許容範囲内である。糸でひとまとめにぐるぐる巻きにしてやった。チャーシューみたいで旨そうだ。
見回りでも通りかからないかと少し待ってみた。これらを引きずって憲兵の駐在所に行くのは面倒だし、残り少ないEPがさらに減少してしまう。EPに意識が行くとまた空腹感に苛まれて、思わず愚か者どもを睨み付けた。
「くそ、俺らをどうするつもりなんだ……」
いつの間に意識が回復したのか、まるで被害者のような事をのたまう愚か者A。どうするもこうするも憲兵に突き出すだけである。ふと、大きく開いた襟から首筋が月明かりに浮いているのが気になった。目が離せない。
「死ぬわけでもなし、大人しく牢屋で臭い飯を食べなさい」
私の通告に愚か者Aは顔をゆがめた。そんなに嫌なら最初から捕まるようなことをしなければよろしい。しかし、何かを思いついたのか必死な顔で言い募り始める。喉仏の上下と連動する筋肉が気になって仕方ない。
「な、なあ、見逃してくれよ、なんかしてほしい事とか欲しいもんとかないか?俺、これでも結構顔利くんだぜ、なあ、あんた名前なんて言うんだ」
Aの言によれば、Aはもうじき親の仕事の手伝いから、代理に成れそうらしい。質問には答えないままAの下らない話を聞き流し、憲兵を待つ。ああ、旨そうな喉だ。あまりちらちら動いてほしくない、我慢できなくなりそうだ――。
そこまで考えてからふと我に返り、私は私の飢餓感の理由に思い当たった。まさか。まさか。ステータスを開き、スキル一覧から詳細を確認する。
『【吸精】接触した対象から、MPとHPを吸い取る。対象の合意を得る必要があるが接触した対象からMPとHPを吸い取りEPを回復する。ニュンペーはこのスキルでしかEPを回復できない』
『【魅了】一定時間対象を視界に収めることで、自分に盲目的に服従させられる。抵抗されることがある。効果は1時間続き、効果とともに魅了中の記憶が失われる。また戦闘中に彼我のレベル差により確率で状態異常:魅了を掛けることができる』
何と言う重要な事柄。これがチュートリアルの際に言及されなかったのは何かの間違いではなかろうか。使うことなどないだろうと思っていた二大スキルが、まさかの必須項目だったとは。
道行く人に「吸わせてください」と言って許可が貰える可能性は0に等しい。プレイヤーなら尚更だ、誰が好き好んでHPとMPをくれるのか。尋常ならざるアンダーグラウンドなプレイスタイルである。犯罪行為に当たらないか心配だ……。
予想外の事態に困惑する私と、喋ってる途中で魅了にかかっていたのだろうA。思えば喋る内容も途中から何かおかしかったこいつを最初の犠牲syじゃなくて食jでもなくて、実験体としよう。うんそうしよう。
「私と良い事をしてくれたら、お前だけ見逃してあげると言ったらどうする?」
早速聞いてみると、Aは喜びに目を輝かせた。何を想像しているかは知りたくもないがまあ構うこともない。早速糸を括り直してAだけ取り出す。襟首を掴まれているのだが嬉しそうだ。これが盲目的と言うことか。
どうしたら【吸精】できるかわからないので、とりあえず気になって仕方なかった首筋に手を添えた。壁に立てかけられたままのAの心拍数が上がっているのがわかる。そんなに期待した顔をされても扱いに困る。
色々試してみた結果、接触面積が広い方が効率良く回収でき、また対象の意識レベルは低い方が抵抗が少ない事もわかった。向こうがどう感じているかまではわからないが、うっとりしていたので嫌ではなさそうだ。
吸い尽くして殺す、と言うことはどうやらできないようだった。出来ないわけでもないのだろうが急に抵抗が強くなり、吸う方が疲れる。心なしか老け込んだAを悪漢の集団にもう一度戻して憲兵を探すことにした。見逃す約束?約束なんてしてないから大丈夫。どうするか聞いただけである。
無事に助けを求めて引き渡し完了。全く夜遅くまで退屈とは縁遠い1日であった。ゲームと言うのはこうでなくてはね。