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ヴィオレッタと商談が終わったタイミングでうさ耳Dが投擲ポーションに興味を引かれたらしいことに気付いた。一番背が高い、中性的な顔立ちのうさ耳Dは微笑んで私を見つめる。王子様みたいだなあ。
「ああ、漣に散る月光のように麗しい方、どうか私にこのポーションの取り扱いを手取り足取りお教えいただけませんか?」
第一印象は間違ってなかったらしい。某歌劇団の男役もかくや、な歯の浮く台詞を照れもせず言い切ってうさ耳Dは爽やかな笑顔を振りまいた。イルの顔を見慣れてなかったら私も動揺したかもしれない。
「投げつけて中身を対象にかけるだけの事ですよ。パーティを組んでらっしゃる方はポーションを投げつけることが多いと伺いましたので、このような容器になりました」
ごく普通に返答した私をうさ耳Dは面食らったような顔をして見た。それから気を取り直したのか再度微笑む。私にそんなに愛想を振りまいても何も起こらないと思う。
「そうなんだ、可愛い人。私達にも有用な商品みたいだね、それじゃあ買い物の後、お茶でも――」
「辰砂、ここに使う石はどっちがいいと思います?」
話のつながりが強引すぎる提案を言いかけたうさ耳Dの台詞に割り込んだのはイルだった。こちらも唐突に過ぎる話題だ、今までそんなこと聞いてきたことなかったのに。銀の髪が耳のあたりに落ちてきて痒い。
体勢を考えると、私を後ろから覆う様に抱え込む感じになっている気がする。顔がいやに近いなあと思いつつ、作りかけの腕輪の色味には黄水晶の方がしっくりくるのでそちらを選ぶと、イルが耳元で笑った。真正面のうさ耳Dの視線を追えば、多分イルと見詰め合っている気がする。
「……」
「……」
人を挟んで睨みあうなよと思いつつ、どちらかが引くのを待って数秒経過。目をそらしたのはうさ耳Dが先だったようだ。もう一度イルが勝ち誇ったように小さく笑った。だから人の頭上で何をしているんだお前たちは。
うさ耳Dが引いた後はしかめっ面のうさ耳Eに睨まれた。それで腑に落ちる。このうさ耳Eは露店そっちのけでイルに話しかけていた。たぶん相手にするのが面倒で、私を使って牽制したのだろう。目鼻立ちのはっきりした派手な美少女はイルの好みではなかったらしい。
5人のうち最も柔らかな雰囲気のうさ耳A――このパーティ、全員美女または美少女だ――が、まとまった量のポーション類の商談を持ちかけてきてくれたのでなければ、大変な徒労感を抱えることになったのは間違いない来客であった。
うさ耳A、うさ耳B、うさ耳C、うさ耳D、うさ耳E、の華やかなパーティが去った後は、なんだかぐったりしてしまった。イルは素知らぬ顔で元通り細工に心を砕いている。前から思っていたが、イルは結構強かだ。仔水龍から龍人に進化して、内面も急激に成長しているのを感じる。しかし私を巻き込むのは止めて頂きたいところである。
「いつもの人たち、来ませんね。来たら切り上げられるのに」
石磨きに没頭する気力が湧かず、余っていた夏蜜柑を手で剥いて食べているとイルも伸びをした。休憩らしい。手が伸びてきたので剥いた房を乗せてやる。
「ありがと。んー、苦酸っぱい。シャキッとしますね」
生憎私は薄皮を剥く派ではないのだが、イルも特に頓着せず食べている。手も汚れないし栄養もこっちの方が摂れるらしいが、巷では女子力が低いとかなんとか言われるそうな。器の小さい男の多い事だ。
「日没までには来るって言ってたから、もうしばらくかかるんじゃないか?まあ、たまにはぼんやりするのもいいさ」
さっきの接客で草臥れているので、誰も来なくても構わない。ストレージからいつか購入した新説神話を取り出して広げる。今は突っ込みどころ満載の、頭を使わなくていい読み物が丁度いい。開発責任者とその奥方の馴れ初めには興味がなくとも、この本を書いた人間は文才があったようで結構面白かった。
「結婚式の二次会で出会ったのか」
神話なのに、他の神の結婚式の二次会で出会ったことになっている。物凄く神話感が薄い。神の結婚式に二次会が存在すると思うとなんだか可笑しい。主神が一目惚れしてしまい、まだ付き合っても無いのに奥方を猛プッシュする様が赤裸々に書かれていた。
一押しの酒を贈って奥方が酒精アレルギーであることを知ったり、デートの行先がネカフェでの昼寝だったり、主神は夜型なのに奥方は昼型で活動時間が合わないなど、空回りする主神のあれこれがラブコメ調で書かれている。完全にライトノベルである。これ、神話ってタイトルつけちゃっていいのだろうか。『かみこい!~主神の俺が超可愛い奥さんを口説き落とすまで~』とかでも大丈夫そうだ。
凸凹したカップルが無事に結婚したところで神話は終わっていた。思いの外熱中して読んでいたのか、いつの間にか夕方になっている。そろそろ少年少女も来るころだ。本をストレージに戻して座り直した。さあいつでも来るが良い。