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「夜分遅くまでお邪魔いたしました」
気が付けば月が高く上がっている時間帯であった。夕食までご馳走になってしまい恐縮しきりである。
「いいんだよ、奥さんも辰砂君には随分打ち解けたようだし。私の足が治るまで、君を指名して依頼したいくらいだけど……君にも都合があるだろうからね」
遠慮したのだが、夫妻で玄関先まで見送ってくれた。グレッグさんは杖に頼っている。奥さんとの体格差がありすぎて、支えきれないのだ。さすが熊獣人である。ちなみに奥さんは人族らしい。
「私でよろしければ、こちらこそお願いしたいです。調薬のお手伝いも、若輩者でよければやります」
「ああ、そうか。そう言ってくれるとありがたいよ。では明日の早いうちに出しておくからね、指名依頼はボードではなく受付で直接聞いておくれ。内容は同じで、採集量を増やしておこう」
親切な申し出に、思わず浮き上がりそうになりながらも冷静を装ってお暇し、そそくさとギルドへ移動する。下手をすると地を蹴った弾みで浮きそうである、これはまずい。
何とか浮かずに受付へ到着した。預かった証明書とギルドカードを一緒に渡すと、昼間と違う受付嬢が何やらカードを枠にくぐらせている。
「採集と言うことでしたが、レベルが随分上がってらっしゃいますね?もし常時依頼を達成なさっておいでなら、納品していただければクリア扱いに出来ますよ」
ん?言われてカードを検めてみると確かにレベルが8になっていた。あの移動中にひっかけた雑魚たちで結構な経験値を稼いだらしい。そういえば帰りの雑魚は行きよりだいぶ多かった。
常時依頼で出ているのは、ファングラビットとボールボア。討伐数はギルドカードに記録されており、納品はドロップ品のいずれか一つで良い。ただし討伐数を超える数納品したとしても、討伐数以上の報酬は貰えない。
「一匹分を根こそぎ納品させるようにすると、誰もやらなくなりますもの。あまり割は良くありませんが、ついででこなせるクエストですから人気なのですわ」
おっとりした受付嬢の説明を受けて、アイテムボックスの中身を見る。ドロップ品は、自動でアイテムボックスに収納される。アイテムボックスが一杯だとドロップ品は地面に飛び散る。その際アイテムには所有権がないため、盗まれることもあるのだとか。
レベルが10上がるごとに、アイテムボックスの枠は拡張される。初期状態では30枠であるが、10枠ずつ大きくなるそうだ。生産者から考えると、ずいぶん少ないように思う。
「なので、マジックバッグの類は冒険者さんの必需品ですの。値は張りますけれど、手が空いていないと命にかかわりますからね。まあ私たちからすれば、来訪者さん方のアイテムボックスも十分羨ましいですわ」
やはりプレイヤー限定の機能なのか。相槌を打ちつつ、ファングラビットの毛皮を30枚とボールボアの毛皮を24枚取り出した。肉はもちろん食べたいし、牙は細工に使えればと言うことで取っておくことにした。
「どちらも5体で300エーンですわ。ボールボアは端数が出ますからお返しします。そして納品いただいたのが毛皮ですから一枚当たり50エーンです。すべてで5500エーンとなりましたが、よろしいですか?」
うーむやはり雑魚は雑魚だけあって安い。まあ、もののついでに期待してはいけない。了承して受け取りのサインを記入した。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてますわ」
見送られながらギルドを出て溜息をついた。はっきり言おう、私は今、切羽詰っている。――空腹なのだ。明らかに異常である。何故かモグリ薬品店で夕食を頂いている最中からずっと空腹なのである。
食事で満たされない謎の空腹感を抱えて、とりあえず寝ようかと宿屋へ向かう。徐々に強まるばかりの空きっ腹で寝つけるかは別問題だが、このまま彷徨っていても余計に腹が空くばかりである。
チュートリアルでは食事で満腹度が回復するはずなのだが、とステータスを眺める。食事をとる前はどうだったかわからないが、残りEPは12だった。10を切ると確かHPが減っていき、0になると同時に死ぬはずである。初死に戻りが餓死と言うのは何としても避けたい。
朝になるのが早いか私が死ぬのが早いかの瀬戸際で歩いていると、路地裏から柄の悪い若者が数名現れた。少し端に寄ろうと足の向きを変え、そのまま足を止めた。若者たちが道に広がったのである。
「すみませんがそこを通してもらえませんか?」
にやにやと笑うばかりの若者たちに、一応声をかけてみる。ほぼ間違いなく良からぬことを考えているが、念のため。
「こんな夜遅くに出歩いちゃあダメだぜえ?」
「可愛いんだから悪い奴にさらわれちまうぜえ?」
「俺らみたいななぁ!」
古典的な台詞回しで若者たちが襲いかかってきた。素人である。1対多で事を構える時には、包囲して全方向から攻めた方が良い。この者たちは前方に広がるだけであり、襲い掛かり方も工夫もない。一言でいうと舐めプである。