136 枯渇
さて、かき氷屋を無事に終わらせた私達は、ゆっくり片づけをしてから火山を抜けだした。ダンジョン最深部には少しばかり興味があったのだが、イルも私も暑くないところに移動したい気持ちの方が勝ったのである。正確には、私は暑苦しくないところであるが。
さて街に出て来たのはいいのだが、これから何をするかはノープランである。とりあえず今は頼まれ事は特別無いはずだし採集でもしようか、と頬を掻いたタイミングでメッセージが届いた。少年少女たちの財布係――クランドである。
内容はポーション類の注文だ。ハイパーポーションとハイパーマナポーションを投擲仕様で各100、品質Bでときた。品質Bはまだ作れたことがないが、納期にはゆとりがあるので挑戦してみるのも有りだな。となれば、そろそろ現実で日付が変わる頃でもあるし……
「瓶を仕入れて水汲んで、一回寝てからゴノース森、かな。よし、精霊さんの所に行こうか、イル」
「ばあちゃん元気ですかねえ……今度はどれくらい若返ってるんでしょう」
イルが思いを巡らせるように空を仰いだ。私も正直気になるところだ。どういう仕組みなのかとか、どこまでいくのかとか、考えだすときりがない。
「会えばわかるさ、行こう」
「今度はこのペンダントあげよっと」
にこにこ顔のイルと早速イチの街に移動した。今回は後追いだけあってすでに大部分が捌けているらしい。思ったよりもゆったりした街をまずはガラス職人さんの所に移動した。私のお友達はみんなソロだから、いつ言われても良いように瓶を1000本ばかり購入。以前は300本単位だった木箱が1000本入る物に変わっていた。余りにも回転が速いので作り変えたそうだ。
「需要は高いのにグラススライムが入ってこなくてなあ。値上げったって限度があるしよ、商売あがったりよ」
何度となく先生のお使いで会っている為店主とは気安い仲である。困り顔の店主に手を貸すことは吝かではないが、とは言え、グラススライムなんて魔物とは会ったことがない。どこにいるのだろう。
「初めて聞く魔物ですね。どこにいるのですか?」
「何だ嬢ちゃん興味あんのか?あれはニーウエスト湾の洞窟の中にいるんだ、ほれ、海賊団が壊滅したろ?あいつらグラススライムだけは売りつけてきてたんだよ、多分ガラス職人がいなかったんだろうが。ほっとくとどんどん増えるからな」
どうやら鷹龍さんの例のあれが、巡り巡ってガラス材料高騰と言う因果は巡る結果になっているらしかった。原因の大元に関わる私達……イルは覚えていないが……としては、若干の責任を感じるな。
「あの方面に行く機会があったら集めておきます。直接卸すのでも構いませんか?ギルドを通した方が良いですか」
「おお、やってくれるか!嬢ちゃん見た目より強いんだろ?グレッグが言ってたぜ、久しぶりの愛弟子は戦う調薬師目指してるってな。もし集めてきたら声かけてくれ、ギルドに指名依頼出すからよ」
グレッグ先生にまで戦う調薬師とか思われてしまっていることに若干のショックを受けつつ店を出た。いや別にそう呼ばれたいわけではないのだ。親におかしなあだ名を知られたような気分を味わいつつ、ノース山へ移動した。
この間シュウジ達を連れて行ったときには精霊さんはお出ましにならなかったのだけど、今日は二人で挨拶した途端祠から飛び出してこられたので驚いた。
「辰砂ちゃん龍ちゃん~」
じかに触れ合う事こそできないけれど気持ち的には縋るようにしている精霊さんに、これはただ事ではなさそうだとイルと視線を交わした。いよいよ暗殺術が火を噴く時が来たのか――と思いきや、精霊さんから聞いた話は少し違うものであった。
「泉がだんだん小さくなっちゃって……なんだか最近水汲みに来る人が増えたわねって思ってたんだけど、なんだかどんどん増えちゃって……もう今じゃこれだけしかないのよ」
糸で編んだハンカチを濡らして精霊さんは泉を振り返った。うん、来た時からわかっていたのだけれど、泉と言うにはすでに規模が小さすぎるものがそこにある。もはや水たまり程度の大きさであった。湧き出す量より汲み出される水量の方が多いせいだ。当たり前の話ではあるのだが、∞世界はどこまで作りこんであるのだろうか。
「いくら私が下級精霊でも、水の量がここまで減ったら暮らしていけないわ。残念だけど移動しようと思うのよ……だから、会えてよかったわ」
今は私たちが渡した付加守の水魔力で生きているようなものらしい。そりゃそうだ、私達だって魚沼産コシヒカリがあっても、一日一口しか食べられなければ足りるわけないのである。
「ばあちゃん……」
物凄く悲しい顔のイルは、それ以上何も言えないようだった。しかしもう完全に20代にしか見えない精霊さんをばあちゃん呼ばわりは改めた方が良いのではないだろうか。
「精霊さん、行く宛はおありなのですか?」
しょんぼり顔のイルは置いておいて、建設的な質問をすると精霊さんは困った顔をした。どうやら目当てがあるわけではないらしい。
「そうねえ、私たちが住める位水の綺麗なところは幾つかあるんだけど、何処も他の精霊がもう住んでいるのよ。だから、誰もいないか私が居着いても大丈夫なくらいゆとりのあるところを探すことになるわねえ」
何とも不確かな話であった。途中で力尽きたりとかも普通にありそうで怖い。少し考えて、ここには二人ほど魔力の塊がいることに気が付いた。いやまあイルの魔力を使おうと思ったらイルに付加魔法を覚えさせなければいけないが。
「では精霊さん、それに私達が付いて回るなんていかがです?私たちなら随時水の魔力をお渡しできます。それに精霊さんがどこに移動されたか私達にもわかるから、これからも会いに行けるじゃありませんか」
我ながら名案だと思う。イルはいつの間にか復活して力強く頷いているし、ここから反対は出まい。当の精霊さんが困惑顔であること以外は不安材料はないな。
「でも、辰砂ちゃん……悪いわよ、私の為に付き合わせるなんて」
「いいえ!精霊さんとお別れになるかもしれない方が余程私達には辛い事ですとも。もしお悪いのだと思ったら、これからも私達が会いに行くことを許してくださいね」
今こそ培った営業トークを炸裂させるときである、精霊さんは最後まで申し訳ないと言ってはいたものの、同行すること自体には許可が出たので良しとしよう。しかし、良い水が汲めなくなっているとは誤算であった。調薬師が増えたのだろうか?