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最初のパーティが張り出した縁側で仲良くかき氷を食べてくれたおかげで、何もしなくても宣伝効果が出たらしい。氷ののぼりを見ても半信半疑だったらしいプレイヤー達がぞろぞろと集まってきた。説明するのが途中で面倒になり、緑の手で一畳分くらいの木の板を作成。滑らかな表面に濃い青のチョークで値段と内容、今日の果物を書いてのれんの下に立てかけた。
「フルーツ抜き6、スイカ林檎キウイ、ビワ桃無花果、オレンジ葡萄洋梨ライチ上がりました!」
「お待たせしています、スイカ林檎キウイでお待ちの方、ああ、どうぞ。500エーンです。フルーツ抜き6つご注文の方は……はい、お待たせしました」
おかしいなあ。思ったよりだいぶ忙しい。私は延々と氷を削って果物を飾りまくっているしイルはずっと注文取りと精算である。予定ではもっとぽつぽつ売れる筈だったのだが。
どれくらい働いただろうか、とりあえず並んだ全員が捌けて人心地着いた。何だこの忙しさは。2人では目一杯働いても相手を待たせるレベルである。ただ、【料理】のレベルが上がったようで皮むきが早くなり、盛り付けが明らかに美しくなったのはありがたかった。全部のせとか大分センスが必要なのだ。
「みんなかき氷好きなんですねえ……でもちょっとわかるなあ。甘いのと甘酸っぱいのが混ざって美味しいし何より涼しいし……」
イルも心なしかぐったりしている。ちなみにただいま全部のせを試食中だ。作った本人から見てもやり過ぎ感満載なので、見た目以上に満足感があるのか試しているのである。氷と果物のバランスは好き嫌いがわかれるかもしれないが、味としては悪くない。
「大きい器で氷多めの全部のせ1200エーンとか作ってもいいかな?」
「キーンってなりたい人はいいかも知れませんねえ。でも食べきるの大変じゃないですか?飽きません?」
そうなんだよなあ。かき氷ってずっと食べていると飽きるんだよ。そうすると、フルーツの量を減らした全部のせ900エーンとか、単純にフルーツ抜きの大盛りかき氷300エーンとかの方が良いかもしれない。
板をもう一枚作って果物の種類とメニューを分けたり、大盛り300エーンを追加したりしているうちにお客が時折やってくる。傾向としては女性の方が果物を増やしたがるようだ。全部のせを頼んだ男性プレイヤーは今のところいない。でもきっとカリスマさんは全部のせを喜んで食べると思う。
「辰砂、がま口が一杯になりました」
イルからパンパンになったがま口を預かったりストレージにお金を収納したら80000エーンくらいになっていたり、初日はそんな風に終了した。火山内なのでずっと暑いのだが、営業時間は∞世界内の18時――日没までと決めた。休めないのだ。のれんを降ろしたら営業終了の印である。やれやれ。
回収して山になった器類を全部洗浄して作業台下とストレージに分けて収納。最初だけに物珍しさで人が多かったが、そのうち落ち着くだろうことを考えると食べるスペースの広さは悪くない気がする。おふくろさん、さすがです。
∞世界の便利なところは、飛び散った汁だとか溶けた氷だとか果物の切りカスなどはいつの間にか消え去っているところだ。それでいて剥いた皮はまだ残っているのだから、何か判定基準が存在しているのだろうが。勿体ないのでスイカの皮を漬け物にでもしてやろうか。
開け放していたガラス窓を閉めたら、家全体に冷蔵魔法をかけておいた。流石にMPを食うなあ、一晩で600か。私は平気だが、イルは多少暑いようなのだ。暑がって上裸で活動されるようになっては困る。そんな子に育てた覚えはありません、別に育ててないけど。
「あれ、涼しくなった?辰砂ですか」
イルが寝るための森白熊クッションを抱えたまま、変わった空気を見回した。冷蔵魔法をかけた事を伝えると、心なしか嬉しそうに部屋に引っ込んで行った。なお部屋割りはイルの部屋、私の部屋、調薬部屋である。調薬道具はまだ並べていないが、良い感じに机や台が作りつけてあるので楽しみだ。
完全制覇雲がこの家での私の布団だ。なんて快適なんだろう。端っこを持ち上げるようにすれば掛布団も要らないし最高である。寝てしまおうかと一瞬考えてしまうくらいであるが、明日の白蜜を仕込まないといけない事を思い出した。と言っても砂糖を煮溶かすだけだが、それだけに冷めにくいのである。急に冷やして結晶化されても嫌だし、作っておくか。
台所に焜炉を置いて、鍋を取り出した。砂糖と水とを入れたら点火。長い木べらで底からかき混ぜる。砂糖って焦げ付くからね。ぐりぐり混ぜていき、煮立ったら表面に浮いた灰汁を取って終了。埃が存在するかは置いておいて、埃避けに蓋をしたら放置でよろしい。
「ねえ辰砂、要らない木材って沢山無いですか?」
やることが無くなったので寝ようかなと思ったところで、イルがやってきた。木材?あるけれどどうしたのだろう。
「何を作りたいんだ?」
「ん、水に浸かりたいんで大きいタライでも作ってもらおうかなって」
成人男性がタライで水遊びをする図、と言うものが一瞬で脳裏を駆け巡った。あまりにもシュールなそれを頭を振って打消し、物置に大き目の浴槽っぽい物を作った。
「これを使うといい。水の量はイルなら気にならないだろ」
「えっこんな大きくしてくれたんですか?のびのび入れますよこれ!ありがと」
イルは大喜びであったが、半分以上自分の為だとはとても言えなかった。だってタライに浸かるイルって……いやこれ以上考えたら夢に出てきそうだ、何も考えまい。無心で就寝した。