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家を無事に100分の1に縮めることに成功した私達は、今度はヨンの街の冒険者ギルドにいた。営業に関する許可を求めるべく、受付嬢に声をかける。
「すみません、活火山の地底にある迷宮内で露店をしたいのですが許可等は必要でしょうか」
我ながら直接的な物言いである。大変失礼なのであるが、かといって一体何と言えば失礼でないかも解らないのでこう言う事になった。受付嬢はさすがプロだけあって、表情は変えなかったが少々お待ち下さいと言い残して席を立った。
しばらく待つこと数分、受付嬢が再び戻ってきた。こちらにどうぞと促されたのはギルド長室と書かれた部屋だ。こういう偉い人の部屋に入る時ってどうして緊張するのだろう。別に上司でもないのに。
「君たちが変わった商売を始めたい人たちかい?ま、かけてくれたまえ」
なんというか軽薄な感じのする青年である。とは言え、執務机に座って羽ペンをさらさら動かす様はなかなか堂に入っている。勧めに従い、来客用なのだろうソファに二人並んで座った。ほどなく羽ペンがホルダーに戻されて、ギルド長らしき青年は立ち上がって伸びをした。マイペースな人だ。
「さて、お待たせ……って、待ってなかったか」
ギルド長は私達を見ると肩をすくめた。何故ならば、暇だったのでさっき市場で大量に購入した果物類の試食をしていたのである。緊張していたんじゃないのかと言うツッコミは受け付けない、あえて人を待たせるような相手に緊張する意味はないのだ。
「ギルド長もおひとついかがですか」
「あ、ありがとう。あ、これファングラビットかい?器用だねえ……あ、良い林檎だね」
うさぎにした林檎を一つ渡すとギルド長は物珍しそうに眺めまわした。嫌いではないようで、さくさく食べている。こちらの林檎は普段私達が食べるものより酸味が強く、野性味に溢れている。味が強い分加工に向くな。
「さて、本題に入ろうか。君たちは迷宮内で露店をしたいと言う事だったよね?そしてそのために許可が必要なのかと言う問い合わせをしてきたんだよね」
確認された事柄に肯定を返すとギルド長は頷いた。
「結論を言うと、許可等は必要ない。迷宮の所有者なんていないからね。一応、アン・カトル伯爵領の中に存在はしているけど。税金だとか許可なんかは基本的に街の中の話だからね、そりゃ、無許可で勝手に街を作るなんてのは論外だけどそんな話でもないだろ?」
アン・カトル伯爵と言うのは、ニーの街の領主館に住んでいる領主様のお名前だそうだ。今初めて知った。しかし、成程許可が要らないと言うのはいい知らせだ。勝手に行ってやっていいと言う事になる。お礼を述べて立ち上がった。そうと決まればさっさと行きたい。
「ちょっとまだ終わってないんだけど!君のギルドカード、階級がⅠなんだよね。履歴確認したら、薬草採集と常時討伐依頼と熊一匹やっつけただけみたいだし。そんな階級の君をみすみす迷宮なんかに向かわせるわけにはいかないんだよね、こちらとしては」
ええ……なんか要らん障害が出てきたんですけど……確かに、きちんと依頼の形で受けたのはグレッグ先生の薬草採集位のものだが。ギルドクエストをほとんど受けてこなかった弊害だろうか?
「対応できる程度の力はあるのですが、と言っても納得はして頂けないのでしょうね」
「口ではなんとでも言えるからねえ。でも安心していいよ、難しい事を言うつもりはないからさ。最近ひたすら書類さばいててつまんなくてさ、ちょっと運動に付き合ってくれたらそれで大雑把に実力計るから。私が駄目だと判断したら、今回は潔く諦めときなさい。わざわざ死にに行かせるのは忍びないからね」
適当なことを言うギルド長に、溜め息が出そうになった。絶対暇つぶしのダシにされている。とは言うものの、多分親切でもあるのだろうとも思うので了承の旨を告げた。イルは興味なさそうなので、今回は私がやることになるか。と言うか、イルが興味ない時点でギルド長の実力もお察しのような気がする。
話がまとまったので、さっさと訓練室に移動した。丁度晩飯時でもあり、人はほとんどいない。好都合である。適当に広場の隅で距離を取って向かい合った。ギルド長は両手に曲刀をそれぞれ構えている。二刀流らしい。
「準備はいいかな」
「どうぞ」
短い問答の後、ギルド長は姿を消した。瞬時に移動して私の後ろから斬りつけようとしたらしい。残念なことに簀巻きになっているが。ちょっと糸の量が過剰だったかもしれない。蚕の蛹のようになっている。
じたばたと暴れるギルド長の繭を動かなくなるまで踏んで踏んで踏んだ。見た目よりかなり頑丈なのか手こずったものの、僅かに震えるくらいしかしなくなったので、顔の部分だけ糸を解いてみる。
「……ひ、酷くない……?」
ギルド長は泣きながらそう言ったけれども、いやだって私の戦い方って基本的にこうなのだ。殺さない方向でいったので、蹴りになっただけである。別に糸で千切りにもしてないし、溺死や丸茹でもやらなかったし、昏光も使ってないのだから随分頑張ったと思うのだ。なお、ちゃんとポーションを投げつけて回復させておいたので仕事に支障は出ないはずである。
「辰砂は見た目より過激なので、今回は舐めてかかった貴方が悪いと思いますよ」
と、気に入ったのか3つ分のオレンジを全部食べていたイルにとどめを刺されていた。もう少し果物類は仕入れてもいいかもしれない、私たちのつまみ食い分も含めて。