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「私がやると薬研の持ち手が曲がるので、私はすり鉢でやりますが、効率がいいのは薬研です。確かギルドの売店に初心者○○セット、と言う名前でいろいろな生産用品がセット売りされていたと思いますからそれを購入するのが手っ取り早いでしょう」
ギルドに売店などあったろうか?聞けばあの併設された酒場こそが売店なのだと言う。あんなつくりでわかるか!運営の趣味を疑う。
話を聞きながら、取ってきた薬草類からナオル草を取り出した。初めてと言うことで、私は5束ほどを受け取る。
「【調薬】の乾燥をナオル草にかけてください。思い切りカサカサになるまでかけて大丈夫ですよ。……あ、それ位ですね、上出来です」
グレッグ氏が手早くナオル草をすりこ木で突いて粉砕していく。粉末状になるまでが目安だと聞き、私も薬研にナオル草を投入した。一度に沢山いれると溢れるのが目に見える。一握りずつやろう。
しばし店内に作業音だけが響き、粉末になったものをお借りした皿に盛っていく。
しかしグレッグ氏はさすが本職、いっぺんに20束すべて投入しているのにまったくムラの無い粉末が完成している。凄い技能だ。
「あなたは調薬師に向いているかもしれませんねえ。仕事が丁寧だ」
お褒めの言葉をもらい、次の作業へ。ヨクナル草には乾燥を掛けず、細かく刻んで水を張った鍋に投入。とろ火にかけておく。水とヨクナル草の割合を極端に間違えると効能が薄まりすぎて役に立たなくなるらしい。煮つめて量を調整しないようにと言われた。
「沸騰時間を長くすると有効成分が変質しますから、仕上がりが丁度煮立ったタイミングになるように調整してくださいね。火力でも、手順を入れ替えてもいいですよ」
手が空いたときに言われたことをメモ帳に書き留めながら作業を進める。カイフク草とカイユ草は同量を合わせてから乾燥、粉砕。この時この二種は粗めにする。
今度は溶け草を一度乾かした後少量の水でふやかす。元の状態に戻ったら刻み、戻し汁ごと若保草と混ぜる。若保草は溶け草の成分でみるみる崩れるので見ていて面白かった。
「これも、水が多いと溶けきらないので注意ですね。若保草を入れるのはね、保存性を上げるためですよ」
何でも若保草は入れなくても作れるけれど、1日たつとポーションとしては役に立たなくなるそうだ。お茶の代わりくらいにはなりますけど、とのこと。何とも手の込んだ茶である。なお、保たせようとして入れすぎると飲めたものではなくなるらしい。かけて使う分には問題ないが、一週間程度刺激臭が取れないそうだ。
「まあ臭いに対する価値観は様々なんでね、注文を受ければ作りますけど。鍋が駄目になるからあまりやりたくないです」
豆知識を仕入れつつも、さらにポーション作りは進んでゆく。鍋の底に小さな泡が見える程度の温度になったら、カイフク草とカイユ草の混合チップを投入。みるみる沈んで灰汁が浮くので、根こそぎ回収。灰汁は必要ないので捨てる。
灰汁を取りきる頃には、液体の色が黄緑色に変わっていた。しっかり色づいたら煮立つまで待ち、煮立った瞬間ナオル草を投入。すかさず火からおろして自然に冷ます。冷めたら布で濾して、溶け草と若保草の混合液を半分入れた。
「あとはこれを容器に入れて出来上がりですね。うちは瓶です、使った瓶を返してくれたら一本10エーン値引きしてますから大事に扱ってくださいね」
なんとクリーニング屋のハンガーのようなサービス付きであった。品質C、使用期限3か月の物が1本510エーンで10エーンが瓶代とのこと。一番必要なナオル草、ヨクナル草、カイフク草、カイユ草が30束、他は15束ずつで出来たポーションは30本。
手間を考えるともっと値上げしてもいいではないのだろうかとも思うが、普段は大鍋一杯作っているそうで、それなら解らなくもないなと思い直した。
マナポーションも同じ手順であった。草の名前が魔力草、ワキデル草、モドル草、メグル草に変わっているだけである。溶け草と若保草の残り半分はこちら用だった。ちなみに値段はこちらの方が少し高く、710エーン。瓶のサービスは同様。
「魔力草は少し採取が難しくてね。辰砂君はすべて品質Aで持ってきてくれたから驚いたよ」
ほほう、値段に色が付いたのは魔力草が一役買っていたのか。魔力草は精霊さんの泉の周りにあった、触るとぱちぱち弾ける草のことだ。精霊さんの助言に従い、出来るだけ触らないように袋を被せながら採集したのが良かったのか。次はハンカチか手袋を持参するつもりである。
「精霊さんに教えてもらったのが良かったのでしょう。ああ、彼女、グレッグ先生の事を心配されていましたよ。早く治して元気な顔を見せてあげてくださいね」
私が何気なく伝えた言葉に、グレッグ先生は数秒固まった。ちなみに先生と呼ぶのは調薬の先生であるからだ。いつの間にか私も君付けになっているし、教師と生徒と言うことでいいだろう。
「精霊さん、は……あの泉の祠にいらっしゃるのかな?」
「ええ、お元気そうでしたよ。先生を助けられなかったと悔やんでおいででした。いつもご挨拶なさってるのでしょう?」
グレッグ先生は、そうだね、とだけ呟いて、ちょうど冷めた頃合いのマナポーションを濾し始めた。何かを考えている様子で、邪魔することもないかとその後は無言のままであった。