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必要なものを全て作成し、カリスマさんも衣装を仕上げてくれた頃合いでイルとウールちゃんは戻ってきた。なんとウールちゃんが喋れるようになっており、カリスマさんが感動のあまりウールちゃん(160cm)を振り回すと言う暴挙に出た他は実に穏やかであった。
「……イル、僕頑張る」
「ぜひ精一杯頑張ってください」
見た目には普通に住民風の服に身を包んだイルとウールちゃんが熱く見つめ合っている。なぜかお揃いの女物まで仕立てて頂いてしまい、私も今は町娘風だ。娘と言う年齢ではもう無いけれど。ボディバッグにはがま口も納めさせたし忘れ物はもうないか。
「全部で250000エーンよ。ちょっと数が増えたからねえ」
まあそうだろう。性能的には普段の装備に劣るものの、いつものあれらが現段階では不釣り合いなだけだ。むしろあのダンジョンには適正レベルなのではないだろうか?
「でも、マジックバッグが安くないですか?」
「あんまり入らないもの。基本的にはお姫様のストレージを使うってことだったから、100しかとってないわ」
成程。先生の鞄の時は1000オーバーと言う注文を付けたからあの値段になったのか。納得して金額をお支払い。がま口が私の分は猫モチーフになっていて可愛い。いつか猫が好きだと言う話をしたのを覚えてくれていたのだろうか。
「……カリスマちゃん、お話、しヨ」
「ああんいいわよウールちゃん!今日はこのまま生産してましょうね!」
と言う事だったので、カリスマさんたちとはここでお別れだ。作業場を出たら今度はおふくろさんである。えーと、メッセージには何と書いてあったんだったか?ああ、サンの街の近くで作って待っててくれるのか。もう行ってもいいかメッセージを送ってみよう。
返事は一瞬だった。OKらしいので、続けてサンの街に移動しよう。日が暮れる前に注文した商品を見たいので急ぎ足である。
「お、早かったなあ。夕方は過ぎるかと思ってた」
「ちょっと飛ばしてきたので。それより、素晴らしい出来ですね」
到着したとき、おふくろさんは満足げに私の注文した品を見ているところだった。どうやら満足のいく出来らしい。私も着地して、それを――こじんまりした平屋を見上げる。
「え?辰砂、頼んだのってこの家なんですか?」
イルが驚いているけれど、そうです。おふくろさんに頼んだのは、地面から切り離された家です。はい、野営セットの木箱の代わりですね。難度の高い空間拡張の文字を書くより、縮小率の高い収納の文字を書く方が簡単なので、元を大きくすることにしました。ちゃんと凸凹した地面にも展開できるよう、足が複数個所出ています。
「中も確認してみてくれる?一応注文通り、三部屋と物置と台所と居間で和室っぽく板張りにしといたけど。あー畳が作れたら最高だったんだけどなあ」
悔しがるおふくろさんだが、いやいや素晴らしいじゃありませんか。引き戸の玄関から靴を脱いで上がり、廊下が家の外周にある古いタイプの日本家屋の間取りを確認する。居間に存在する掘り炬燵っぽい机も注文通りだ。後で底に出力調整した魔法焜炉でも据えつけよう。
「家具は全部作り付けにしたよ。つっても、机とか台所の作業台に飾り棚位だけどさ。で、これが縁側。これくらい張り出して良かった?長すぎたらちょっと引っ込めるけど?それにこの作業台ってほんとに作ってよかったの」
おふくろさんが確認してきたとおり、4メートルの縁側とその上に張り出した屋根はかなりの出っ歯である。日本家屋風からかけ離れたシルエットであるが、これからやりたいことにはぴったりなので、大丈夫だと返事をする。作業台に関しても同じだ、だってここでかき氷を作るのだからこれでいいのである。
自動氷削器を取り出して作業台に据え付けてみる。うん、はみ出しもがたつきも無し。おふくろさんも職人としての技量は確かだ。それを不思議そうに見ているおふくろさんにも、さっき作ったかき氷の試作品を渡すと納得顔をしてくれた。
「成程ねー。上手くいくといいねえ……くぁーっ!来た来た!あー、かき氷なんて何年ぶりかな?たまに食べると美味しいな、ありがと」
感想を述べたり頭が痛くなったり忙しいおふくろさんである。全部食べてくれたので気に入ってくれたようだ。落ち着いたおふくろさんにお値段を聞いてみるとなんと驚き、500000エーンでいいとのことだった。その代わり、一部代金をポーション類で充当してほしいのだと言う。
「俺、回復魔法使えないからさー。マナポーションとスーパーポーションくらいで500000エーン分くらいくれると丁度料金分かな」
つまり、本当はこの家は1000000エーンなのだ。桁が多いが百万である。持ち合わせがなくて困らなければならないところであった、むしろありがたい申し出にこちらが恐縮する。
瓶のポーションと投擲ポーションどちらがいいか聞くと、瓶がいいと言う事だったのですべて瓶で渡すことにした。とは言えマナポーションは瓶の在庫がなく、投擲ポーションを少し多めにつけることにした。品質Aのスーパーポーションと品質Aの投擲マナポーション全部で230本くらいをストレージから取り出して、おふくろさんに渡した。トレード画面で現物を提示できることに驚いたが、おふくろさん曰く結構よくあることらしい。ドロップ品の交換なんかでよく使われるそうだ。へえ。
「本当にこの度はお世話になりました」
「いやいやこちらこそ!品薄のポーションがごっそり手に入るなんて有り難いよー。辰砂が調薬師で良かったなあ、って何かこれじゃ薬目当てで友達になったみたいだな、そんなつもりじゃないからね!」
慌てて否定するおふくろさんだったが、心配しなくてもそんなことを思ったりはしないので大丈夫だと頷いた。
「そんなことを言ったら私こそ家目当てでおふくろさんに近づいたようじゃありませんか?そんなことはありませんよ。それにポーションの注文も実は受け付けてますから、ご入り用の際は納期にゆとりをもってご注文ください」
ね、と笑えばおふくろさんは頭を掻いた。というか、ヘルメットを掻いた。
「なんか急に慣れてるなあ。ま、それならそのうち頼むと思うよ」
「どうぞよろしく」
笑い合って、おふくろさんはサンの街に戻って行った。今は砂漠の砂からガラスを作っているそうだ。確かにこの家にもガラス窓が付いている。さりげなくおふくろさんの凄さが垣間見える家を振り返った。今度はこれを魔法道具に改造しなければね。