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少年少女たちと一旦別れて、私達と新人2名はモグリ薬品店を訪れた。戸を叩いて中に入る。
「こんにちは、グレッグ先生」
「やあ辰砂君とイル君、またお友達が増えたんだね!」
今日も店番の先生が立ち上がって歓迎してくれるが、今日の人たちは成り行き以外の関係ではない。
「いえ、今日は弟子入り希望の人を連れてきたんです。調薬師になりたいそうなので。もちろん先生が良ければなんですが」
そう言うと、私は壁際に下がってユミエに前に出るよう促した。本人に希望を言わせなければなるまい。ユミエは少し慌てたように進み出てぺこっとお辞儀をした。深すぎて耳が床につきそうである。頭を下げればいいって物でもないのだが。
「ユミエと言います!調薬師になりたいんです!よろしくお願いします!」
グレッグ先生は瞬きを何度かして、それからユミエに頭を上げるように言った。
「ええと、ユミエ君?調薬師になりたいんだね?僕はもちろん、やる気がある人を歓迎するよ。今は指導中の弟子もいないしね。ただ僕には店があるから、辰砂君にもちょっとお手伝いを頼まなきゃいけないんだけど……」
ちらりと私を見た。私は小さく頷いて見せる。連れてきた以上、そのつもりです。グレッグ先生も理解してくれたのだろう、再度ユミエに視線を戻した。
「大丈夫だそうだから、早速今日から君に調薬のイロハを教えよう。じゃあ、まずはギルドに薬草採集の依頼を出すから指定の薬草を集めてきておくれ」
最初に作り方を習うのはポーションとマナポーションである。薬草畑は中庭にあるのだけれど、まあ採集できない調薬師なんて何の役にも立たない事は明白である。そういうわけで、私たちは再び連れ立って冒険者ギルドへ移動した。
2人に登録させ、ユミエがグレッグ先生の指名依頼を受注する。内容を教えて貰うと、私が最初に受注したのと種類も本数もほぼ同じであった。シュウジの方は【調薬】はおろか生産系のスキルを一つも取っていないと言う事だったので、ノース山に出る魔物の討伐依頼を適当に幾つか受注させる。
生活雑貨店に立ち寄り、ユミエに鋏と手袋、薬草を納める袋を購入してもらった。これで充分な品質の薬草を集める準備は完了だ。
「それじゃあ行きましょう。薬草自体はどこでも生えていますが、趣味と実益を兼ねてノース山に向かいます」
二人に言って、北門目指して出発。いつもはイルが少し後ろをついてくるのだが、今日は隣を歩いている。どうにも心を許す人の数が少ないのがなあ。社交的なイルというのも想像できないけれど。
「辰砂さん、鋏と手袋と袋を使う理由を教えてください!」
北門で少し順番待ちの列が出来ていた。暇だったのかユミエが質問してきたので、私も簡単に説明する。
「薬草類を採集する際、手で触るだけで品質の落ちるものがあります。また薬草の切り口を出来る限り小さくしないとやはり劣化します。袋は、種類ごとにまとめないと不便だからですよ」
「はえー……」
ユミエがぽかんとしつつ、メモを取っている。器用な事だ。憲兵の注意事項を受けて、門を抜けた。やはり今日も兎争奪戦が繰り広げられている。
「す、すごい人……」
ドン引きしている二人を置いて、とっととノース山へ。ぼんやりしてないでついてきなさい。
ノース山に到着。ユミエは【識別】もきちんと持っていたので、ある程度近づいてから識別を掛けるように指示した。ユミエもシュウジも魔力はほとんどないと言う事なので、魔力判別法は教えられなかった。残念だ、便利なのに。
「あっ、これリストにあった奴だ」
ナオル草を無事発見したユミエに、刃を入れる角度や傷んだ葉の除去、土汚れの洗浄――これだけは私がやった――を教えた。古くなる前に調合しないとこれも品質劣化につながる話をすると、ユミエの目がぐるぐるし始めたので、一旦説明を止めた。知恵熱でも出しそうである。
「……ユミエ、あんま頭良くねえんだ……」
シュウジがぽつっと呟いた。これがユミエの通常運転であるらしく、幼馴染のシュウジが常にフォローしているらしい。さっきの抗議はそういう側面もあったのか。道理でさっきからシュウジもメモを取っていると思った……それもユミエよりよほど熱心にである。逐一メモを取っていると言っても過言ではない。
「……頑張ってください」
いつの間にか側に来ていたイルが悲しい顔で激励していた。自ら関わろうとはしないが、事情を聴くと肩入れしやすいらしい。イルも不思議なところがあるなと思いつつ、そろそろ落ち着いてきたユミエを振り返った。
「大丈夫ですか?」
「はっ!すみません、あたしいつもこうで!頑張ります」
あまり大丈夫そうに聞こえないものの、やる気だけは溢れる回答である。まあ、本当に駄目ならシュウジが止めるかと思い直して採集を続けることにした。