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無事北の門をくぐった私は、モグリ薬品店の戸を叩いた。クエストの報告先はギルドであったり依頼主に直接行ったりと統一されていない。今回は、直接のパターンである。
「すみません、冒険者です。ギルドに依頼された薬草の納品に伺いました」
店側はすでに閉店されていたので、裏手に回って家部分の戸で声をかけた。ややあって戸が開き、おずおずと顔を覗かせたのは小柄な女性であった。
「納品ですか、あの……お店の方へ……回っていただいて……」
随分気弱そうな声だ、一歩間違えれば苛めているような絵面になるかもしれない。
「お店の方は閉店されていたのですが、向こうの方がよろしいですか?」
出来るだけ柔らかい語調で尋ねてみる、悪気はなくとも怯えられるとこちらも辛い。
「はい、あの……主人がまだ、作業しておりますから……鍵を開けますので、入り口で少し待ってもらえますか……?」
努力は報われ、安堵したような笑顔を見せてくれた女性が引っ込んでいった。店側に行ったのだろう。私ももう一度表に向かう。今度は戸が開いた。
「失礼します」
一声かけて店内へ。暗いのかと思いきや、古風なランプからは煌々と明かりが放たれている。蛍光灯じみた光り方がファンタジーな世界観とは不釣り合いだ。
「ああ、悪かったね。ありがとう、もう本当に在庫がぎりぎりだったんだ」
木製のカウンターの向こうで作業していた男性、グレッグ氏が手を止めてこちらを向いた。立ち上がろうとするのを手で押しとどめてカウンター前まで移動する。
「そちらに入っても?」
了承を得て、カウンターの脇を通る。客が通常入ることのないスペースには、表からは見えづらいが沢山の薬包や小さな瓶が仕分けされて並んでいる。
「ご依頼の品はこちらです。評価B未満の物が混じっているかもしれないので、既定数量より多めに採集してあります。C以下のものが必要なければ、こちらで引き取ります、私の練習に使うので」
連絡事項を述べながら、ストレージから各袋を取り出して並べた。作業台が大きいのでゆとりを持って並べることができる。いつの間にかグレッグ氏の隣に女性が並んでおり、慣れた手つきで手伝っている。と言うことはこの方が奥様か。
「おや、調薬をされる方なのですか?来訪者なのに?」
今の所不合格品の数は少ない。一種類につき2~3本と言ったところだ、このペースなら達成できるだろう。
「ええ、とは言え素人ですが。この依頼をお受けしたのも、薬草の勉強と私の練習を兼ねると思ったからです」
正直なところを答えると、グレッグ氏は少し笑ったようだった。
「来訪者の方はポーションを買うものだと思っていました。今日だけで備蓄もすっからかんですよ、なぜかポーションとマナポーションしか売れませんが」
それはそうだ、なぜなら今日がサービス開始なのだから。全員が【調薬】を取っているわけもない。ふと見れば仕分けももう半分以上終わっている、今のうちに気になることを聞いておこう。
「私にも調薬は可能でしょうか。何をどうしたらいいかすらわからぬ素人でも?」
「大変非効率であると言う他有りませんが、出来ないわけではありません」
聞いてみれば当たり前の答えが返ってきた。それはそうだ。知識の欠片もない私が草を磨り潰したところで、それが何かになるわけはない。しかしその言い方だと例外があると言うことだろうか?
「【調薬】スキルをお持ちと言うことでしょう?でしたら、私の手伝いをしてくださいませんか?ポーションとマナポーションを今から作りますから。終わる頃には作り方を覚えられると思いますよ」
グレッグ氏によると、売り切れた後も買いに来た来訪者が結構いたそうで。躾のなってない愚か者が捨て台詞を吐いたりもしたらしい。それでも明日も開店すると言うグレッグ氏に、来訪者を代表して謝罪した。申し訳ない。
「まあ、どんな人でも一括りにするのは良くありませんからね。熊の獣人はみんな脳筋だから薬も効かないに違いない、なんて言われ続けた一族としては同じことを他人様にするのは忍びなくて」
何と言う言われ様だ。口さがない者はどこからでも湧いてくる。思わず顔をしかめてしまって逆に慰められた。
「ええと、依頼は達成ですね。3種類程は品質Aで揃っていますし数も50束ありましたから、依頼料には少し色を付けています。こちら、依頼完了の証明書をギルドに持って行ってくださいね。それと、調薬は手伝われますか?」
お金の袋と書類を預かった。電子音が鳴ってクエストの残り時間表示が消えたので、ゲーム上はこれでクエストクリアと言うことになるのだろう。
「勿論です、粉骨砕身やらせていただきます」
グレッグ氏は声をあげて笑い、どことなく嬉しそうにすり鉢と薬研を取り出してきた。すり鉢の大きさがおかしいこと以外はイメージ通りの道具である。