119 新人
久しぶりに無心になって石を磨き倒していると、何時の間にか昼が近くなっていたようだ。ケインズどころか、見事に誰も寄ってこない。ストレッチワスプの巣が見た目には茶色い団子であることもネックな気がしている。根付を表に並べ変えてみようかな?
昼と言う事もあり、イルとアケビを食べていると噴水の前が騒がしくなった。何だろう?遠い上に人垣で全然わからない。まあ、こちらに被害がない様ならば移動することも無いかと気にしないことにした。
「イル、もう一個食べるか?」
「んー、サボテンフルーツ食べたいです」
「ん、四つ割りでいいか?」
「いいです。ありがと」
二人でおやつタイムを堪能していると、人垣から飛び出すように若人が飛び出してくるのが見えた。悪態をついている、どうやら何かやらかした上に撃退される――典型的雑魚感たっぷりのプレイヤーであるらしい。
「何だよ親切に教えてやったのによ!覚えてやがれ」
「すぐわかるさ、屑スキルだってな!」
聞こえよがしに大声で捨て台詞を残し、中堅どころに見える2人組は走り去っていった。聞こえただけでお節介な野郎どもである。どんなプレイも本人が好きでやっているのだから文句を言う筋合いなどないのだ。
人ごみが散り始めて、中から抜け出してきたのは、おや知り合いだ。少年少女達ではないか。当事者だったのだろうか?いつもの6人組に、2人ほど初心者装備のプレイヤーがついて来ている。どことなく2人を庇うような配置で、漂うのは厄介事の気配である。
「あ!ポーション屋さんだ!こんなとこで会うなんてラッキー」
あっという間に私たちは見つかり、8人組が店の前までやってきた。イルがクッションを持って店の後ろに移動する。イルはあまり人と関わろうとしないのだ。人見知りみたいなものかと思っている。
「あれ、ポーション類……え?これですか?投擲ポーション?」
「以前瓶を投げつける話を伺ったので、作ってみました。投げつけるためのポーションです。性能的には差はありませんが、投げやすい代わりに飲めません。如何ですか」
彼らはきちんと詳細を確認してから不思議がってくれるので、説明もしやすい。商品の説明文まで確認してもらえれば、インチキ商品でない事はわかってもらえるのだけれど。財布係の少年が顔を輝かせたので、これは売れるな。
「じゃあ、それのハイパーポーションCとスーパーポーションB、ハイパーマナポーションC、スーパーマナポーションBを――珍しいですね、普通のポーションも置いてある。最近なかったのに――ええと、200ずつお願いします」
ええ?あまりの注文量に驚いた。何をどうするんだこの子達は?ハイパーシリーズは在庫の都合で50本しかないけれど、これだけで800000エーン近いぞ?在庫都合と合計金額を伝えると、驚いた様子も無く渡してきた。
「ヨンの街の近くの火山、最深部にダンジョン入口が発見されたんですよ!敵が強いし、防御無視の固定ダメージが結構痛いんですよねー。継続ダメージ付きの攻撃してくる奴とかもいるし、気づいたらHPヤバい事が多くて」
へえ。この最前線パーティが苦戦するダンジョンとは。驚きつつ、大量の投擲ポーションを渡した。続いてシュン。葡萄型の根付に手を出し、今回は土属性を3000のご注文。二つ合わせて30000エーン。20000エーンはシュンの小遣いから、10000エーン、つまりMP充填分はパーティ資金から出てきた。財布係の少年はしっかりしていて頼もしいなあ。あ、そうだ。
「ところで、私の店でポーションを買ってくれるのはあなた達だけなんですが、良ければフレンド申請しませんか?ご注文も承りますよ」
申し出は快く受け入れられて、全員と申請を繰り返した。それでやっと私の名前がわかった為、財布係の少年が『辰砂の薬って』と微妙な顔をしていた。おお、ついにこの洒落が通じる相手が。嬉しい。
「じゃあ、これからは随時注文しますね?平日は夜だけイン、納期にはゆとりを持って注文ってことで。了解です」
必要事項を摺合せて頷き合う。その時、今までは所在な下げに後ろに佇んでいた初心者2人組のうちの片割れが私の前まで進んできた。
「っ、あの!お姉ちゃんも言ってたんですけど、どうしてちゃんとしたポーションが作れるんですか?作り方を教えてください!」
「あ、ユミエ!馬鹿!マナー違反!」
一息で叫ばれた質問とお願い、さらに続けてマリエが落とした拳骨に、答える隙を与えて貰えなかった。涙目の兎耳の少女を見つめる。
「すみません!ユミエ、さっき中堅どころの馬鹿野郎に【調薬】なんて屑スキル取った奴なんかどこにも入れて貰えない、なんてさんざん言われてたもんだからつい聞いちゃったんだと思うんです、よく言って聞かせますから」
マリエの説明によれば、先ほどの騒ぎの主はやはりこの少女と、付き添う様にいる犬系の耳の少年であるらしい。【調薬】が不遇であるのはいつも通りだけれど、それで夢見る初心者を苛めるのはまた別の話だろうと思う。
「……【調薬】を持っているのですね?多分、これからも心無い事は言われますけれどそれでもやっていきたいですか」
少女に声をかけると、頭を押さえていた少女ははっとこちらを見返してきた。姉に似ているな。
「はい!流離の薬師目指して頑張ります!メディスン様みたいに!」
『メディスン』……が誰かは知らないが(マリエ曰く、深夜アニメの主人公らしい)、とにかく調薬師目指して頑張る意気込みは感じられたので露店マットを片付けた。ケインズよ、すまないがやっぱり約束通りの時間に会おう。
「じゃあ行きましょう。マリエさん、彼女をしばらくお借りしますがご都合はよろしいでしょうか」
「え?あ、良いですよ。元々フレンドになったら別行動するつもりだったし。ユミエ、ポーション屋さんじゃなかった辰砂さんに失礼なことしないでよ!」
マリエの了承も得て、では行こうとユミエに視線を送った。ところがここで犬耳少年がにわかに抗議を始めたのである。
「ちょ、勝手に決めんなよ!ユミエは俺とパーティ組むんだっての!」
わーわーと騒ぐ少年。シュンそっくりである。思わずちらりと見ると、シュンは気まり悪げにそっぽを向いた。それから少年にやっぱり拳骨を落とす。なんというかこのパーティは似た者の集まりなんだろうなあ。
「シュウジ、やかましい!ユミエがやりたいことやらせてやれよ!お前に口出す権利ないだろ!」
わーわー騒いでいる兄弟と思しき二人にげんなりする。ユミエが仲裁してくれるかと思いきやあわあわしているだけだ。これは駄目な奴だ。
「別に、付いてくればいいじゃありませんか。私とパーティを組む事になんてなりませんよ。むしろ彼女の手伝いをしてください。私は手を出しませんから」
何だって一番部外者の私が仲裁せねばならんのだ?よく分からないが声をかけると、シュウジとやらの耳がぴんとたった。何とも犬感漂う少年だ。尻尾もバタバタ揺れている。現金な態度に思わず笑いそうになってしまうが、何も見なかったような顔をして二人に再度促した。
「あの、辰砂さん!妹をよろしくお願いします!」
「……不肖の弟だけど、よろしく頼む」
姉と兄からもお願いされてしまって頬を掻いた。昨日からやたら人と関わりが出来るなあ。