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次の日。会社に行こうとした私のスマホに電話が入った。上司である。用件は、本日の午後を休みとする通達だった。結構長い事勤めているが、こんなことは初めてである。何があったのか教えてくれなかった。
結局、職場の徹底清掃と今後のミーティングで終了した。この手持ち無沙汰な時間……以前なら持て余していたが、今の私は違う。やりたいことが山ほどあるのだ!と言うわけでとっとと帰ってログインした。
挨拶と珈琲タイムを楽しみつつ、今日の第二陣が何時からログイン可能になるのだったかを思い出す。確か、15時……おやつ時からだったはずだ。丁度∞世界的には夜明けの筈である。ログインしたのは13時過ぎ、日没後だから……ケインズとの約束を守るためにはイチの街にいなければならず、かといって目的も無くうろうろするのは面倒だし……時間は遅いが露店をやろうか。
いるのは19時ごろ、と言ったがもっと早く会えればどちらにも良い事である。待ってみることにして、イルと再びノース山に薬草摘みに向かった。夜目がある以上、昼間と大して差がない。イルは精霊さんとお喋りしていてもらい、私は薬草を摘んで廻った。
凡そ200本分の材料を集めたら、作業場へ。初めてのイチの街の作業場利用である。ここを知らなくてカリスマさんに変な顔をされたんだよなと振り返りつつ、汎用棟101号室に入った。
ちゃちゃっと投擲シリーズを仕上げていく。ぱっと見てポーションだとわからない物体ではあるものの、露店の詳細を確認してくれれば大丈夫な筈だ。私が露店を開いたら現れる少年少女がもしも来店したら、スーパーシリーズを渡そう。
ノーマルシリーズを200本ずつ作成したら、完全に忘れていたけれど、ハイパーシリーズの試作にかかった。本当に全く思い出さなかったのだけれど、覚えのない薬草袋が残っていたので詳細を確認したらハイパー薬草が入っていたのである。
「意外と辰砂ってドジですねえ」
今日は根付と組紐の技術を駆使したブレスレットを作成しつつ、イルが面白そうに笑っている。く、やりたい事が多すぎるのも善し悪しなのか。本業を疎かにしてしまった。いかん、調薬に集中しよう。吸血鬼店主からせしめた薬草辞典を参照しつつ、少し手順が違うようなので説明通りに調合を進める。
ハイパーなヨクナル草は、常温の水に投入してはいけないらしい。温まって初めて投入してよいとのこと。うっかりいつも通りやるところであった。一旦鍋からヨクナル草を取り出して、先に水を火にかける。
混合チップの粒度に差をつける旨も、ハイパーで初めて見る記述である。ハイパーカイユ草の方を粗くする、と。浸出時間と濃度の関係であるようだ。確かに、ハイパーカイユ草はいやに葉が薄っぺらいのだ。
目立った失敗はせずに仕上げたハイパーポーションは品質Cであった。水以外の材料が全て品質AでCか……グレッグ先生には褒められたものの、私の腕もまだまだと言う事である。沈殿と突沸を防ぐために撹拌するのだけれど、あれの後に濁りが出たんだよなあ。工夫が必要そうだ。
ひとまずハイパー投擲シリーズに仕上げる所までやって、一区切りとした。一応品質Cだし、少年少女に売れるだろう。今のところ、ポーションの品質Bとスーパーポーションの品質D、スーパーBとハイパーDが能力的に等しい。品質Cなら買ってくれると思いたい。
薬草辞典を読み込んで反省点を探しているうちに、夜明けが近づいて来ていた。続きは露店を広げてからやろう。ギルドにてマットを借り、いつもカリスマさんがいた辺りに陣取る。まだ誰もいないかと思ったけれど、明らかに上級者プレイヤーたちがそこここにうろついている。知り合いが今日からログインするので迎えに来ていたりするのだろうか?微笑ましい事である。
立地としては目立つとはとても言えない隅っこなので、側に森白熊クッションを置いてイルにもたれかかってもらう。イルは色彩的に派手でよく目立つので、看板代わりになってもらおう。細かい事を気にする性質でないのが助かる。
「辰砂は雲があるから、クッションは俺が使ってもいいですよね?フカフカで居心地良いなあ」
この通り、リラックスムードである。ブレスレットも大方形になっていて、ところどころに編み込まれた石がアジアンな雰囲気を醸している。案外イルの趣味は乙女チックだと思う。どういうわけか、可愛い物が出来上がるのである。全然前衛的じゃない。
石が7つ組み込まれているので、最大7属性までは付加できる話をしていたら、噴水の前に続々と人が現れ始めた。誰も彼もが初心者装備である――始まったか。後はケインズを待つだけだ。
希望に燃える第二陣のプレイヤーたちが、いきなり露店に駆け込んでくるわけもない。お茶をひきつつぼんやりと観察を続ける。時折、上級者と合流する初心者の図を見かける。はたまた、勧誘のような行為も見受けられるが……パーティの上の組織、クランを結成しているのだろう。確かあれは私設の互助組織みたいなものだったはず。将来有望そうな初心者をスカウトしているのかもしれない。