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木曜日。明日からはまた、イチの街に人が溢れかえることが予想された。住民たちは再び過労になるのだろうか?それとも前回と同じ轍は踏まないのだろうか。とりあえず、食事は済ませたしログインしようか。
起き抜けに珈琲なんて贅沢が出来る日が来ようとは、想像もできなかった。イルもすっかりプレスの扱いに慣れたようだ。美味しい。堪能した後は、イッテツさんの結果を聞きに行くことにする。
「おはようございます。先日の品評会はいかがでしたか」
階段を下りると、イッテツさんが珍しく食堂側に最初からいた。おや、リンダさんも一緒である。女将さんまで机についているが、どうしたのだろう?
「今日あたり起きるだろうと思ってな」
ん?私が、と言う事だろうか?待ち構えられる心当たりが全くないので、イルと一瞬顔を見合わせる。なんかあったっけな。
「辰砂さん……あなたには、お礼を申し上げねばなりません」
女将さんが改まって頭を下げた。思い当たる節がない場合、私はどうしたらいいのだろう。
「すみませんが、お礼を言われてもまったく理由がわからないのですが……私は一体何をしたのでしょう」
仕方ないので正直に戸惑っている旨を伝えると、リンダさんが目を見開いて立ち上がった。
「お父さんに一杯助言してくれたじゃないですか!だからお父さんは、今回も優勝できたんですよ」
あ、優勝できたんだ。一応質問の答えが得られたので拍手しておこう。
「おめでとうございます。私がどうこうではなくイッテツさんの努力の賜物だと思います。ちなみに献立は何を?」
「クリーム揚げだ」
ん?クリーム揚げ、とは聞いたことのない名前である。首を傾げたのに気が付いたイッテツさんが追加説明してくれた。曰く、ホワイトソースと白身魚を合わせたものを整形してフライにしたと。
「ああ、魚のクリームコロッケですね」
カニクリームコロッケが魚になったと考えて良さそうだ。納得して頷くと、一家はそれぞれが意味深長に頷いていた。
「やはり……」
「コロッケと言うのですか」
「クリームコロッケ、へえ……」
うっかりコロッケと呼んだのだが、良かったのだろうか?こちらで独自に開発されたのに、名前を現実に沿わせてしまった。いや、まあきっと露店で売っていればプレイヤーがコロッケと呼ぶに違いないし、解りやすくもあるしいいや。自分に言い訳しつつ、おもむろにイッテツさんが厨房から持ってきた少し冷めたコロッケを試食する。
揚げたてではないので、衣の歯触りは少し劣るもののソースが煮えたぎっておらずとても食べやすい。揚げやすさを考慮したのか少し硬めのソースが、淡白な白身と絡んで実に美味しく仕上がっていた。
「美味しいですねえ。こんなに美味しいのは初めて食べました」
「さくっとしてとろっと広がりますよ。でも沢山魚が入れてあって、ソースに負けてない感じがいいですね」
イルと二人で感想を言い合う。バターでコクを出しつつも、魚がくどくなり過ぎないように胡椒で味を引き締めてあって、食べやすい。添えられたパセリで口をリフレッシュさせればもう一つ食べようかなと言う気分にすらなってしまう魔力を秘めた仕上がりである。
「昨日から屋台でも提供してるんですよ。から揚げより100エーン高くしてるのに、両方買ってってくださるお客様の多い事ったら!タネがもっと持って行けたらもっとたくさん売れると思うんですけどね」
「リンダ。仕込みの量にも限界があるんだ、欲張りすぎるとろくなことにならねェよ」
たしなめるイッテツさんの声に、リンダさんは肩をすくめてはーいと返事をしたのであった。ま、しかし確かにそうであろう。屋台で仕込みの段階からやろうとするとかなり大変なことになるのは目に見えている。
若干腑に落ちないままではあったが、3人それぞれから感謝の言葉を頂いてしまい、今日の予定も決めないままに逃げるように出発することになってしまった。久しぶりに調薬でもしようか、いや?グレッグ先生の所に行ってみようか。薬草集めを手伝うのもいいかもしれないな。
そうと決まれば早速イチの街へ移動しよう。物凄く見覚えのある二人組を――具体的には憲兵の偉そうな二人組を――見つけてしまい、要らん遠回りをした以外はいつも通りであった。心なしか後を追ってきていた気もするけれど、私は何も見ていないのだ。
移動してしまえばこっちのものである。ゆったり歩いてモグリ薬品店へ。こんにちは。
「やあ、辰砂君にイル君。元気そうだね。今日はどうしたんだい」
今日の店番はグレッグ先生のようだった。話が早くて助かる。
「先生、数日後にまた来訪者が山ほど来るのはご存知ですか?何かお手伝いすることでもあればと思って寄ってみました」
話しかけてみると、グレッグ先生は難しげな顔で重く頷いた。
「ああ……10日くらい前に神託があったよ。凡そ数千人単位だそうだね。一番最初の来訪より少ない点は喜ばしいよ。なんたって宿の増築が間に合ったし。それに僕も久しぶりに夜な夜な採集しているんだけど、ちょっと間に合いそうになくてね。よく来てくれたね、有り難いよ」
どうやら、今回は住民側にも準備期間が設けられているようだ。ちょっと先生のペースが遅れているようだが、私が手伝えば何とかなりそうなのだろうか?
「ポーションとマナポーションの備蓄は今の所9000本ずつあるんだけどねえ。神託で僕、名指しされちゃって……ポーション販売数を1日300本に増やすようにって言われちゃってねえ。こんな神託初めてらしいんだけどあんまり有り難さはないよね」
はははと笑う先生であるが、プレイヤーの私からすればとんだトンデモ運営である。私たちの時間で1日がこちらの6日であるのだから、9000本ストックを作っても実際には5日分しかないのだ。廃人たちがそんなもんで落ち着くわけも無く、先生に死ねと言わんばかりの要求である。
「先生、ちょっと私店の外で用事を済ませてきます。イルもちょっと待っていてくれるか」
私は誤魔化し笑いを浮かべつつ、店の外に出た。そして今まで一度も使ったことのない『GMコール』のアイコンを選択した。今思えば、イルが固まった時にも押せばよかったんだよなあ。運営の意思確認も出来たのに。動揺すると弱いのが私の駄目なところだ。
小さなウィンドウに『只今呼び出しています……』と言うメッセージが表示されて数秒後。唐突に表れたのは、おや懐かしい人だ。
「お久しぶりですクレマチスさん」
「ん?ああ、辰砂だったかな?ニュンペーで糸使い、そうだそうだ。元気そうで何よりだ。それで、GMコールを使用した理由を教えてくれるか?俺たちナビゲートキャラクターで解決できない事象の場合はGMに繋げるから。見たところ緊急と言うわけではなさそうだが」
GMを直接呼び出せるわけではないのか、まあ当たり前か。GMは普通一人だし、何千人もいればひっきりなしに呼び出されかねないものな。私は簡単にグレッグ先生のブラックな労働環境について説明した。
「ははー、なるほどなあ。能力以上のノルマを課しといて何も褒美も無いんじゃなあ。しかし、住民の待遇改善についてプレイヤーがコールするってのは初めてだな。よしちょっと待ってろよ――」
クレマチスさんは明らかに面白がっている風に頷くと、目を閉じて停止した。通信でもしているのだろうか、微動だにしない。数分待って、クレマチスさんはパチッと目を開いた。
「安心しろ、きちんと訴えといたから。グレッグ・モグリには祝福が授けられる。ポーションとマナポーション用の薬草だけだが、採っても採っても2秒で復活する薬草畑がモグリ薬品店の小さな中庭に発生した。グレッグ・モグリ本人以外には採集できない制限がついているが、これなら大丈夫だろう」
なるほど。中庭のレイアウトを丸っと無視した以外にはそれほどデメリットは感じられない。他の薬がそれほど売れているわけではないから、他は真っ当に集めてこいよと言う事らしい。
「設備上も、少し苦しいのですが。もう少し大きな鍋を進呈してもらえると物凄く有り難いです」
先生の鍋は1回100本分の大きさである。300作れと言うなら、せめて150本分の鍋を上げてほしい。
「ついでに言ってみようか?――。――ん、オッケー出たわ。すぐ届けるって」
「わあっ」
ゴガン!という大きな金属音と先生の悲鳴がクレマチスさんの台詞の途中で割り込んだ。十中八九鍋であろう。が、なんと乱暴な届け方なのだろうか。思わずクレマチスさんを白い目で見てしまった。
「俺じゃねえよ?まあ、これで改善は為されたと言う事で。じゃあな、ちゃんとステータスはこまめに確認するんだぞ」
クレマチスさんは肩を竦めつつ、来た時と同様に唐突に消えてしまった。そこはかとなく逃げたような気がするけれど、とりあえずグレッグ先生とイルの無事を確かめに戻ろう。




