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夕方までもうしばらく時間がある。折角初めて手に入れた初心者用でない糸なので、試運転がてらどこかへ行ってみることにした。少し考え、山菜類の採取も兼ねてシサウス山へ。念のため言っておくと、兎と狸の山である。
入って早々に蕗の群生を見つけた。魔物より先に山菜に巡り合うなんてついている――本末転倒とか言わない。喜んで鋏で切り取って、上の葉っぱも取ってしまう。茎しか食べないので葉っぱには用はない。けれども、打ち捨てるのもなんなので別々にストレージにしまう。
煮物3回分くらい集めたくらいで、独特の匂いに気が付いた。この葱臭……やはり、のびるである。ラッキョウの友達みたいな恰好をしているのだ。これは掘り出して地下茎の膨らんだところを食べる。初心者スコップが久しぶりに役に立った。
こうもまとまって生えていてくれると、掘っても掘ってもまだ生えていると言う素敵な事態になってしまう。採り尽くしてはいけないだろうと、割とギリギリで理性が働き手を止めた。泥を水の宰で洗い落としたら、根っこの部分を切り落とす。緑の手を活用して植え直しておこう。
現実では絶対に根付かないけれど、スキルが結構何でもありなのが∞世界の良いところである。根付いた予感がして手を止めた。ここはこれで良しと。
「……辰砂、武器試すのが目的じゃあなかったんでしたっけ?魔物を丸無視したら意味ないですよ」
呆れた顔のイルに謝りつつも行動は変わらないのである。だって春の山菜も夏の山菜も秋の山菜も全部生えているのにどう我慢しろと言うのだろう。ニセアカシアの樹を見つけて小走りになった私を追いかけるように溜息が聞こえたが、無視である。
咲き始めた蕾を房ごと回収する。これの天ぷらは甘くて美味しいのだ。香りを食べているような気がする一品である。なお、樹には刺があるので注意しなければならない。
側のウドの若芽を採りまくり、塊になって生えていた木耳を丸ごと取り去り、藪の向こうの蟒蛇草を切りまくる。ついでにアケビをもいで、草苺を噛み潰した。独特のプチプチ感を楽しみつつ、イルにも一つ上げる。
「妙に甘いんですね、これ。でも後味すうって消える」
気に入ったらしく、イルもついでに探し始めてくれた。ただ、集めると言うか食べているのでストレージ内の量は全然増えていない。あ、なめこではないか!味噌汁が食べたくなってきた!
識別から鑑定に進化させておいてよかったと心の底から感謝しながら――視界内なら検索ができるようになった――きのこ類を見つけるべく周囲を見回した。ほんとに季節無視だなあ、さっき蕗を取ったのになぜか蕗の薹が生えている。いや、採るけど。
平茸、舞茸、何でもござれだ。でもさすがにキヌガサタケは手を出しかねた。実際に手を出したことのない物に最初から挑戦するほど勇気は余っていないのだ。松林がないせいか松茸だけは存在しないのが悔やまれた。大分探したんだがなあ。
とりあえず竹林と筍を見つけ、ひとしきり筍堀を堪能してから手を洗った。ついでに竹自体も何本か回収しようかな、いつか米を手に入れたら竹で米を炊きたいのだが……いやいや、気長に探そう。妖鬼の糸で竹を切る。妙に手に馴染むなあ。馴染み過ぎてむしろ不自然なほどだ。
左手に蜘蛛の糸を取り出してみた。蜘蛛の糸も、妖鬼の糸程ではないが初心者の糸よりずっとすんなり動く。と、言うか糸って複数操作できるんだなあ。もしかして初心者の糸も使えるのだろうか?いつもは腰帯に隠している初心者の糸に意識を向けると、動くのを感じた。まさかの3本同時操作である。出来るもんだなと感心していたら、竹林がほとんどなくなってしまった。とりあえず、ストレージに切った竹を全部しまい、緑の手をフル活用してイルの元に戻ることにした。
「随分かかりましたけど、まあ何とか目的も果たせたみたいでよかったですよ」
呆れ顔のイルであったが、今のは全部食べ物である旨を伝えると機嫌が急上昇した。言ってなかったんだっけ?まあ、見た目にはわけのわからない草ばっかりだったからなあ。薬草かなんかだと思っていたのかもしれない。
右腕に妖鬼の糸、左腕に蜘蛛の糸、腰帯の中に初心者の糸を隠した私は過去最大の攻撃力を誇っていると思う。帰りにノーマルの狸ボスと戦ってみたが、拍子抜けするほどあっという間に狸が死んでしまってこちらが驚いた。なお、兎はやっぱり出て来なかった。一人一度きりだともろこし屋が言っていたのは間違ってなかったらしい。