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日進月歩とはよく言ったもので、ゲーム技術の革新もここまで来たかと言う感がある。
今私の手元にあるのは数多のゲーマーが望んでやまぬフルダイブVRゲームの為の機器、インフィニットギアである。略称はIG。文字で表現する場合【∞】一文字でも構わない。公式HP、CMなどの表記は∞で統一してある。
何故私がこの∞を手にしているのかは、ありがたいことに初回生産分の抽選に当たったからと言う他ない。そしてなぜ応募したかと言えば、それは同時に発売される一本のソフトの為だ。
【インフィニットワールドオブライフ】、通称IWoL。文字表記ならばやはり【∞世界】。史上初のフルダイブ型VRMMORPGを謳い、プレイヤーの選択で未来が変化する。よくあるキャッチフレーズだがその自由度は半端なものではないのだという。
ああ、御託はもういい。正式サービス開始まで残り一時間。キャラクターエディットまでは一時間前から接続できる。そう、フルダイブVRを体験すること自体はもうできるのだ。
流石に脳波フィードバック技術等を駆使するだけあって、要求するインターネット環境は最高峰に近かった。しかも今時有線限定である。しかしそれも済ませた今、私が∞を装着するのを止められるものはない。
「では――」
接続端子を両手首、首に装着。本体を被って手首にある起動スイッチを押した。この時仰臥でなければならない、つまり仰向けに寝ている、と言うことだ。意識が飛んだ際体勢が崩れるのを防ぐためである。立ったまま起動する馬鹿者がいるとも思えないが、クレーマーはどこにでもいるからな。――ん。
意識が明瞭なまま視界がぼやけ、瞬きすると世界が薄明るい状態に。転々と点いているのは延々続く鳥居に取り付けられた提灯のようだ。タイトルの割に随分和風だな。
「ようこそいらっしゃいました、∞世界へ。私共は遍く来訪者を歓迎いたします」
鳥居の前に立っている線の細い女性が深々とお辞儀した。こちらも一礼しておこう。
「あなたは?」
「私共は来訪者をサポートするために居ります、ナビゲーションキャラクターです。私個人は竜胆と名乗らせていただいております。ここはキャラクターエディットのための特別な空間で、来訪者の心象風景をお借りしている場です。人によりさまざまな風景が見えているのですが、ここは風情がありますね」
竜胆さんは興味深そうに周囲を見回している。夜の参道を通ることが無い方なのだろう。
「では、早速ですがエディットを開始してもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
短く答えると、竜胆さんは微笑んで手元にウインドウを表示させた。同時に中空に見慣れた自分の全身像が浮かび上がる。
「あらかじめ取り込んでいただいた画像データを元に、現実世界のご自分に出来るだけ近づけたモデルを表示しました。お好みがございましたらここから調整していくことができます。なお、個人情報保護の観点から、お好みでなくとも何か所かは調整していただくようになりますが」
好みか。特に希望はないのだが、若干の変更が推奨されているならば。
「では、髪の色を白に。瞳の色も同じく。皮膚の色も白に――いや、瞳の色は明るい色程度にしましょう」
瞳が白いとちょっとしたホラー状態だった。統一しようかと思ったがこれを見た周囲の反応が恐ろしい。竜胆さんは気を悪くした様子もなく頷いてくれる。
「明るい色でしたらこちらはいかがでしょう?菫色と言われる色ですが、少し赤身を抑えてあります。髪も完全な白色ですと光を完全に反射して非常に不自然ですので、僅かに青みを足しました。この程度でしたら白、と呼んで差支えないのではないでしょうか」
出来上がったのは最初よりもだいぶ生物らしくなった私だった。しかしこうなってくるといかに現実からかけ離れるかと言う点を追求したくなってくる。
「髪はどの程度まで伸ばせますか?」
現在は短髪である。手入れは楽な方がいい為だ、しかしゲームで手入れうんぬんを考えることはあるまい。
「どこまででも可能です。毛量、髪のくせの有無や度合、あえて消失させることまで可能ですよ、髭も同様です」
竜胆さんの明快な答えにむしろ迷うが、まあいい。絶対に出来ない髪型と言うものをやってみようではないか。
「ライオンの鬣のような状態で腰程度までにすると?」
もふぁっという擬音が聞こえてくるようだった。こんなクッションを引っ提げて歩くのはいかにも目立ちそうだ。
「ストレートにして足首までだとどうでしょう」
明らかに現実ではありえない、流れるような髪が足首まで揺れている。踏みそうだ。実用性皆無である。
「腰までにしようか……」
腰までにして改めて眺めてみる。見慣れているはずだが、別人のようにしか見えない自分が無表情で立っている。
「髪質は私が少し調整しています。具体的には僅かにウェーブをつけ、動きが出やすい状態にしています。前髪も全体と同じ長さにしていますがよろしいでしょうか?」
気が利く竜胆さんが教えてくれるが、前髪を作ったところで違和感しか感じなかった。これは潔く流すこととしよう。