始まりの肆
最終話です。
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
その瞳は閉じていたが彼女の顔は美しかった。
病院の地下にある安置所で、譜手間は彼女の頬に触れていた。
そして少し前に見た夢を思い出す。それは佳奈の瞳に宿る響姫の言葉。
(負弖磨に名を連ねる者よ。この女の身体では我のチカラ御すること叶わぬ。…だがこの女の眼は必要じゃ。汝に命ずる。この女の瞳を我ごと取り出し、別の身体に与えるのだ。)
ここ最近、実家に戻り、資料を漁ってわかったのだが、僕と同じような霊と対話するチカラを持つ者は少ない。異能であり、無用の能力と記録されていた。だが、僕はそうは思わない。この異能のお蔭で、僕が何のために生まれ、何をしなければならないかを知った。それは抗うことのできない運命。佳奈の死によってそれを実感した。ならば、後を託す者に少しでもいい形で託せるよう全力を尽くすだけだ。
その日1つのオペが行われた。
たった一人で移植手術が密かに行われた。
佳奈の遺体は病院から火葬場に直送され、彼女の傷は誰にも見られることはなかった。
そして数日が過ぎた。
「…包帯を取るぞ、真治。」
「う、うん。」
ゆっくりと包帯がほどかれ、真治の顔が露わになって行く。譜手間は真治の顔に触れ、傷が塞がっていることを確認する。
「じゃ、ゆっくり目を開けて。」
「…。」
譜手間の言葉に真治は無言で肯き、ゆっくりと目を開けた。
真治の眼はぼやけた世界を捕えた。そしてその世界が徐々に鮮明になった。
「見え…るよ。」
真治の言葉に譜手間は思わず抱き付いた。びっくりした真治は慌ててその腕から逃れ、抱き付いてきた男の顔を見る。
「…先生の顔…そんな顔だったんだ。」
真治と目が合い、譜手間は見えていることを確信する。だが、照れくさくもあった。
「これが、俺の“親父”の顔か~。」
真治の何気ない一言は譜手間の心に最高の喜びを与えた。だが、それは顔には出さず、ゆっくりと真治の肩を叩く。
「これからは佳奈と二人三脚だ」
真治は再び、目が見えるようになった。
10年が経った。
真治は“親父”こと譜手間医師の跡を継ぐため、都内の医大に進学した。
ある出来事をきっかけに医者を目指す。
よくあることだが、真治も姉の死と親父の決意をきっかけに、医者を目指してこの10年必死に勉強した。一浪したけどなんとか合格し、今は勉強の傍ら、親父の仕事も手伝っている。
この10年で親父は更けてしまった。姉の眼を弟に移植する手術で精根尽きたのか、医師としての一線を退き、去年経営も優秀な部下に全てを譲った。今は、病院を手伝う意思の卵たちの指導に当たっている。
譜手間にとって有意義な時間がゆっくりと過ぎて行った。
だが、終わりは突然やってくる。
(負弖磨の男よ。約束の時が来た。)
譜手間の夢に漆黒の衣を纏う御霊が現れた。譜手間は驚きもせず、恭しく頭を垂れる。
「お久しぶりにございます。」
譜手間の言葉に御霊はフンと鼻をならした。
(汝はこの10年、チカラを使わなんだな。使っておれば我をいつでも拝顔できたであろう。)
譜手間は首を振った。
「この眼は、10年前のあの時より、私のモノではなく、真治のものとなったのです。…チカラを使えば、決意が揺らぎましょう。」
(汝は律儀よな。だが汝の名は後世に残るぞ。第5の秘技の開祖としてな。)
「私には過分な名誉です。」
夢の中で御霊と語る譜手間医師。その内容から、10年前のあの日から決まっていた事実。それは…。
翌年、真治は大学を卒業した。飛び級制度を使い、必要な単位を取って予定より1年早く卒業した。
一人だけの簡易卒業式を済ませて、家路を急ぐ真治。
家に帰ると何よりもまず仏間に向かう。
そこには遺影が2つ。
譜手間悠介と譜手間佳奈。
かたずけられて何もなくなった仏壇の前に2枚並んで置かれていたが、その遺影を抱えると鞄に詰め込んだ。
「ちょっと狭いけど我慢してくれ。」
真治は仏壇を閉め、他の部屋を見て回る。家の中にはもう何もない。
玄関に立ち、上を見上げる。
空に移る4人の姿。
「…親父、姉ちゃん、卒業したんでここを出て行くよ。」
瞬きをすると4人が滲む。
真治は軽く目を擦って、空に向かってVサインをすると、元気よく家を飛び出した。
真治はアンナの待つ養護施設を訪れ、親父の遺産の全てを寄付した。そして自分は身一つで転がり込み、用務員として住み込みで働く。やがてアンナと恋に落ち、二人は結婚した。
平安初期に生まれた負弖磨の一族。特異なチカラを持ち、時の権力者の側に侍り導いてきた一族。
その初代の名は闇彦。霊のチカラを返し、禍から身を守ることで、権力者の信頼を得て、一族の始まりを作り出した者。その英霊は悪鬼蔓延る時代に甦ると信じられ、代々本家が伝えてきた。
だが、英霊は一族ではないものに宿った。その力は凄まじく、一時は宿主の視力をうばってしまったが、今は安定している。
二代目の名は響姫。霊を封じる秘技を生みだし、初代と共に悪鬼を地獄に封じた女傑。その霊も初代と同じく、一族ではないものに宿る。体がその負荷に耐えられず、宿主は命を落とすが、響姫と共に弟の眼に宿る御霊となった。これにより響姫のチカラも安定している。
二柱の英霊からの負荷を軽減し、真治とのパイプ役として、佳奈そして悠介も真治に宿った。これにより、真治は負弖磨一族が持つ特異な能力を最も色濃く受け継いだ人間となった。
闇彦の魔を返すチカラ
響姫の魔を封じるチカラ
悠介の魔と語るチカラ
そして、
真治の魔を暴くチカラ
これらのチカラを制御するために、
佳奈の魔を御するチカラ
一族が持つ秘技のほとんどを有する化け物が現世に誕生した。
やがて、裏世界にその名を知らぬ者がいないほど轟かせ、恐れられたフテマ。またの名を『黒魂の真贋者』。
彼は一族から命を狙われる立場となるが、次々と返り討ちにすることとなる。
昼は10も離れた姉さん女房、アンナの経営する養護施設『未来館』の用務員。
夜はヤクザも恐れる闇の暗殺者。
真治の右目は魂が見える。魂は真実しか語らず、嘘を暴く。
真治の左目には魂が宿る。一族最高の英霊の持つ秘技が敵の攻撃を返し、野望を封じる。
『黒魂の真贋者』の二つ名で呼ばれる占い師。
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
この言葉が聞こえたら、何も考えずにひたすら逃げろ!それは死への最後のメッセージ。
この物語は、数奇な運命に翻弄されながらも裏の世界で名を馳せることになった青年の物語…。
そして、物語は始まったばかり。
ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。
作者としては、ちょっとした思い付きからこの物語の触りを書いてみようと考え、序章として投稿しました。
本章は全く頭に浮かんでいません。もし…もし、反響があって本編読んでみたいとなれば大慌てでプロットを考えて投稿します。
まだ、処女作のほうも完結させてないのに何をしてるんだか…。
でも、あれやこれやとやってみたいと思うのは性です。
もう一度、ありがとうございました。