始まりの参
4話連続の3話目です
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
一族の特殊な力は時代によって、その呼び名が異なる。今は“眼力”と呼んでいるそうだ。
一族の本家は京都で、政財界を相手にその力を使って暗躍していると聞く。昔でいう陰陽師や、呪術師のような立場で権力者に助言などを行っているようだ。
眼力にはその能力特性によって4種類に大別される。
1.魔を返すチカラ
悪霊や、怨霊が放つ力を弾き返して守る力で負弖磨の初代が得意とする力。
2.魔を封じるチカラ
悪霊などを何かしらを憑代にして封印するチカラで二代目が編み出した技と云われている。
3.魔を滅するチカラ
悪霊などを成仏や、浄化させて消してしまう力で、一族の全盛期であった平安末期には怨霊となった平清盛を滅したと云われている。
4.魔を暴くチカラ
悪霊などが語る言葉の真偽を判断するチカラで、近年になって開発されたチカラである。一族では最も発現している能力で応用として人にも使用できる。
佳奈は、“魔を封じるチカラ”の素養があるようで、宿した響姫の影響を受けていると考えられた。
だが、体が弱く尚且つ肝臓を患っている佳奈には長時間の修業をさせることはできず、半年かけて素養を見いだせた程度だった。
その肝臓の治療だが、結局どの治療法でも対処できないことがわかり、次の手段、移植をするためのドナー探しが始まっていた。
そしてその候補の一人として、真治も入っていた。彼はまだ12歳になったばかり、この為、生体肝移植によって、臓器の一部を失うことによる弊害を鑑み、彼が16歳以上になれば移植ドナー候補一位とすることとなっていた。
それを聞いた真治は自分の体を早く成長させるため、たくさん食べ、トレーニングを欠かさず行い、今では、姉よりも逞しい身体を手に入れており、15~6歳の風貌を手に入れていた。
病院内では、一人で歩けるようになっており、朝から晩まで姉の病室にいるため、彼の事は知らぬ者はいないと言われるほど、いい意味で有名にもなっていた。
譜手間医師の方も、休日の旅に実家に戻り、一族に関する文献を漁っていた。一応親から口伝は受けていたものの、本家ではないため、それほどの知識も持っておらず、結局自分だけでは教えることはほとんどないため、実家、親戚を回っていろいろと調べて回っていた。
そしてそれは当然、本家の耳に知れることとなった。
ある日病院に黒ずくめのスーツを着た男がやって来て、院長である譜手間に面会を求めた。ワザと人に見られるような時間帯、しかも目立つ服装でとある集団を連想させるようにしての訪問。これは、ある種の脅しである。譜手間医師がこの面会を断る、または面会の中で、叛意を示唆する言動があった場合に、噂が真実になるよという脅しであることを譜手間自身は良く知っていた。いつか本家に知られることを覚悟していた譜手間は、動じることもなく、面会に応じるため、院長室で黒ずくめの男を待った。
看護婦の案内で男が院長室に入り、扉が閉められた。二人きりになったことを確認して、譜手間はソファに勧めた。男は帽子とサングラスを付けたまま、ソファに座って一息ついた。
「…立派な病院ですね。」
「それなりに努力もしましたので。」
「私がここへ来た理由は御分かりで?」
「…私が一族の秘技を漁っているという話についてだと認識しています。」
「なら話は早い。理由を伺いたい。」
男の雰囲気が変わった。自分にはわからないが、恐らく眼力を使っていると思われる。
「…僕の能力は知ってるよね、おじさん。」
口調はくだけた物言いだが、恐ろしく十分に脅しが含まれている。譜手間はゆっくりと肯く。
この男は本家の次男坊、譜手間葵。一族最高幹部の一人でもある。能力はここ最近発動者が増えている“魔を暴くチカラ”…つまり、真治と同じ系統のチカラの事だが…で、その実力は譜手間自身も知っていた。
彼には嘘は通じない。このため、真実を話すしかないのだが。…要は何処まで話すかをうまくコントロールしなければならなかった。
「実は…譜手間の一族に連なる者と思われる者を見つけました。」
葵はじっと譜手間を見ていた。
「秘技を調べているのはその者のためです。彼女はその眼に先祖の御霊を宿しています。。その御霊曰く…憑代から抜け出すことができない…と。彼女はその御霊の強いチラの影響を受けて、病を患っております。その影響を少しでも和らげることができないかと…今回秘技について調べ回っておりました。」
喋り終えてじっと葵の反応をまった。葵はサングラス越しに身動きせずに譜手間医師を睨み付けていたが、やがて大きく深呼吸して全身の力を抜いてソファに深くもたれた。
「嘘は…言ってないね。その少女に会える?」
譜手間は葵を佳奈の病室に案内した。佳奈は見知らぬオコトが付いて来ているのを見つけ表情を強張らせ、譜手間を見た。
「大丈夫。僕の親戚にあたる方だ。…要は一族の本家の方なんだ。」
彼女を落ち着かせようとして手を取りやさしく語りかける。
「葵さん、この子はひどいいじめに遭って人間不信に陥っていたんだ。今でもあなたに対して怯えています。」
葵は青い顔をした少女を見て、少し考え込み、帽子とサングラスを外して少女に向かって頬笑んだ。
「そういうことならしょうがない。最初は二人きりで話をしようと思ったけど、おじさんも横にいてもらっていいんで、話を聞かせてくれるかな。」
屈託のない少年のような葵の顔に佳奈はもう一度譜手間医師のほうを見た。譜手間は黙って肯いた。
本家の質問が始まった。
葵は眼力で真贋を見極めやすい質問を佳奈にしていく。
いつから入院している?
⇒半年前から
⇒真
自分の中に自分とは違う声を聞いた事がある?
⇒ない
⇒真
どういうときに体の調子が悪くなる?
⇒早朝と夕方
⇒真
幽霊を見たことは
⇒ないと思う
⇒真
君の血縁はどこかにいる?
⇒いません。両親は幼い時に他界しました。
⇒真
…おかしい。
質疑応答を聞いていた譜手間医師は汗を掻いていた。僕が直接御霊から聞いた内容とは異なる回答もあり、それが「真」と判断されている。佳奈は嘘をつくのは下手なタイプだ。それが、涼しい表情で答えており、脈に乱れもない。
やがて葵の秘技使用限界が来たのか大汗を掻いて肩で息をし始め、質疑応答は終わった。
「はぁ…はぁ!おじさん…この子にはあまり伝えてないみたいだね…。」
「はい。いくら影響を及ぼさないようにといっても、必要以上の情報はかえって危険と思い…。」
疲れ切った状態の葵相手なら、多少の嘘を言っても気づかれることはない。譜手間医師は佳奈の回答と辻褄が合うように答える。
「おじさんが、純粋に彼女の命を救う目的で漁っていたことは信じよう。でも、本家にちゃんと話してくれないと。水ある?」
譜手間医師は佳奈の為に用意していたペットボトルから、紙コップに水を注ぎ、葵に渡した。葵はそれを一気に飲み干し、一息ついた。
「…一先ず、おじさんの行動に叛意は見られないし、彼女も事情はほとんど知らないみたい。本家へは彼女の延命目的と報告はするし、本家から最善な情報を提供できるよう働きかけもする。…でもお咎めなしとは思わないでね。」
葵の言葉に医師は頭を下げた。
その後いくつかの会話を行い、譜手間葵はまた来ることを約束して、部屋を出て行った。足音が遠ざかる様子をじっと伺ってから、医師は佳奈に声を掛けた。
「佳奈、どういうこと?」
佳奈は顔を青白くして、ベッドに横たわった。彼女も疲れきっていた。
「…わからない。ただ、声が聞こえてその言うう通りに答えただけ。」
譜手間はどう判断していいかわからない表情で佳奈を見つめた。
悪霊や怨霊が宿主に干渉してくることはよくあるが、御霊が積極的に干渉することはないと聞いていた。だが、佳奈の中にいる響姫は葵からの秘技から彼女を守っている。それがどういう意図なのかがわからず、譜手間は判断に困ってしまった。
だが、それよりももっと深刻な問題が起きてしまった。
佳奈が高熱を発した。
突然の発作が彼女を襲い、彼女は集中治療室へと移動され、24時間体制での治療を行うこととなった。
弟の真治も駆け付けたが、真治でも彼女に合わせることができず、治療室の外から眺めるだけとなってしまった。
譜手間医師は徹夜で治療を続け、何とか発作が治まり、容体が安定したところで別の医師に引き継いで当直室でそのまま倒れ込み寝てしまった。
彼は夢を見た。
譜手間佳奈について。
豪奢な着物を着た女性が威厳のある声で譜手間に話しかけていた。
彼は夢を見た。
譜手間真治について。
漆黒の着物を着た男性が威厳のある声で譜手間に話しかけていた。
彼は夢の中で、愕然とし、その真実に打ちひしがれ、このまま目を覚ましたくないと思った。
翌日、譜手間は体調を崩して病院を休んだ。譜手間の身体を心配した真治がビタミンの豊富な果物を買って来て冷蔵庫に入れておいてくれた。譜手間は真治に感謝し、バナナだけ食べてベッドにもぐりこんだ。
一方、病院では、峠を越した佳奈が集中治療室から外にいる弟に元気に手を振っていた。笑顔を見せ、気丈に振舞い弟を安心させていた。その様子を真治の隣にいる看護婦が目の見えない弟に説明していた。だが、真治はわかっていた。姉は無理をしていると。真治は笑顔で手を降り返し、その場を離れた。
泣くのを堪え、真治は通いなれた道を歩き、家へと急ぐ。この半年で、必死になって道を覚え、今では一人で歩けるほどにまでなっている。真治は努力をしていた。それでもその努力が報われないのかと憤り、泣き出しそうになっていた。
家に着き扉を開けると、そのまま譜手間医師の寝ている部屋へと真治は向かった。部屋のドアを開けると譜手間医師が服を着換え、カバンに書類を詰めていた。真治は譜手間医師の出かける準備をする音に反応し、言葉をかけた。
「…出かけるの?」
真治の声に振り向き、必死に涙を堪える真治を見て、ある程度を悟った。
「病院で佳奈と話しできたか?」
真治は首を振った。その様子に小さくため息をついた。
「さっき、病院から電話があった。容体は安定したが、高熱のショックなのか肝臓がほとんど機能停止状態になっているそうだ。」
医師の言葉に真治は動じていなかった。真治にもわかっていた。あの時、真治は秘技を発動させていた。そして、姉の魂が風前の灯の状態で見えていたのだった。
「真治…。」
譜手間医師は鞄を持ち、真治に歩み寄り真治の肩に手を掛けた。
「お前の臓器をくれ。」
譜手間医師は最後の手段を口にした。年齢的には12歳…だが体格は16歳のそれと見劣りしないほど。検査を行い、問題なければ施術できるかもしれない。だが自分は体調を崩してしまい、執刀はできないだろう。だけど彼女を待たせることはできない。
譜手間医師は真治を連れて病院へ向かった。病院に到着すると、何名かの医師を呼び、自分の意向を示した。いくつかの指示を出して、真治を彼らに託した。
真治が医師たちと共に部屋を出て行くのを見届けると、気怠い身体に喝を入れ電話を手に取った。
「佳奈も真治も死なせない。僕が二人の為に最高のチームを用意する!」
そういうと、手帳を見ながら電話番号を入力した。
真治の検査が始まった。
細かな検査をいくつも行い、その結果について譜手間医師が目を通していく。ときにはその結果をFAXで送信し、電話を掛けてはまた資料に目を通す。自分の身体の事を顧みず、次々とオペの準備を進めていった。
そして、手術の日取りが決まった。
佳奈の容態は安定しているが、昨日していない肝臓の代役となるいくつものチューブが全身にめぐらされている。…もう一刻の猶予もない。執刀医師を決め、オペ室を抑え、外部から応援スタッフの手配を行い、オペの手順も決まった。
既に譜手間の体調も戻っていたが、自分よりも腕のある医師を選んでいたので、今更執刀することはできない。だが、見守ることはできる。当日は自分も同席するつもりだった。
だが、オペは実施されなかった。
前日の深夜に容体が急変し、佳奈は息を引き取った。
15年。
短すぎる人生の終幕を迎えた。
譜手間医師は呆然とする真治にしがみ付き、ただひたすら涙を流した。
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
綺麗な瞳をもつ少女はその命を燃やし尽くし、永遠の闇へと誘われた。