始まりの弐
4話連続の2話目です。
すいません、暗い話が続きます
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
とある一族にだけ伝わる不思議な言葉。それはその意味を知っている者だけで口伝で受け継がれてきた。
だが、姉弟は両親からその意味を伝えられることなく、死別してしまったため、言葉だけが二人の記憶に残っていた。
しかし、数奇な運命によって言葉の意味を知ることとなる…。
佳奈と真治を擁護施設から連れ出した譜手間は自分の病院へ直行する。そして譜手間の病院で、佳奈の精密検査が行われた。
佳奈は、入院直後は体力が極限まで低下している状態のため、体力回復を目的とした治療が優先された。
譜手間医師は優秀な部下に治療の指示を済ませると、弟の真治の手を引っ張って院長室に入った。
「姉ちゃんの側にいたい」
そう言う真治を宥め、譜手間医師はある提案をする。
「僕の養子にならないか?」
譜手間は養子になるメリットを11歳の子供に説明した。
治療費は全額親として払う。治療後の面倒も自分がする。そして自分の財産を引き継ぐ権利ができる。
だが、どれも11歳の真治には難しい内容で理解できない。だから、別の質問を医師に投げかけた。
「先生はどうして俺達の親になりたいの?」
譜手間医師は考え込んでいたが、意を決するかのように言葉を返した。
「君は原因不明の高熱を発して目が見えなくなったね。」
真治はコクリと肯く。
「そして、お姉ちゃんは今、その原因不明の高熱を発している。」
医師の言葉に真治は慌てる。
「姉ちゃんも目が見えなくなるの!?」
慌てて暴れ出す真治の両肩を掴み、押さえつけるようにしてから、譜手間は言葉を続けた。
「いいか。真治の目が見えなくなったのは高熱の副作用…熱のせいで君の目をおかしくしたからなんだ。でもお姉ちゃんはその熱が別の場所をおかしくしようとしている。」
「じゃ、じゃあ!」
「わかってる。だからこの病院で熱を下げる治療をする。そうすればお姉ちゃん回復する。」
譜手間の言葉に真治の顔が明るくなった。
「でも、高熱の原因を解決したわけじゃないんだ。…そしてそれは君にも当てはまる。」
自分もまた高熱を出す可能性があると言われ真治の顔色が変わった。
「ど、どうして?」
譜手間は一呼吸を置いてから、真治に近づき、小声で答えた。
「…君たち姉弟は特殊な力を持っているだろう?その力のせいで体に変調を来しているんだ。」
譜手間の言葉に11歳の少年は目を見張った。それもそのはず。少年は自分と姉に特殊な力があることを自覚している。そしてそのことはアンナ先生にすら喋っていない。なのにこの先生はそのことを知っていた。何故?
真治の驚きの表情は疑問の表情へと移り変わる。その様子を見て、譜手間医師は説明を続けた。
「何故僕が知っているのか。…それは、僕もその特殊な力を持っているからだ。」
譜手間医師は、立ち上がって咳払いを1つすると、歌う様な感じである言葉を真治に聞かせた。
真治は驚いていた。
“綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす”
姉から聞かされた言葉が譜手間医師から発せられている。弟は訳が分からずただ茫然と見えない目で声のするほうを見つめていた。
「…これが二人を養子にしたい理由だ。この言葉はある一族で受け継がれている秘密の言葉。その一族は特殊な能力を持っていた。…そして、その能力のお蔭で、原因不明の病に侵され、皆短命なんだ。」
医師の話に真治は顔を上げた。
「僕はこの能力を医学的に解明したい。そのために医者になり、日々自身の身体を研究している。」
譜手間は袖をまくって腕を真治に見せた。そこにはたくさんの注射の後が残っており、紫色になっている。
「…だが、一人でやるには限界がある。それに、この研究は誰にも言えない。だから手伝える仲間が欲しい。」
「……それが俺や姉ちゃんなの?」
「そうだ。やっと見つけた秘密を共有できる仲間…。だからこそ死なせたくないと思っている。」
真治は目を閉じた。11歳の子供では大人の言うことが真実かどうかわからない。だが、真治には真実かどうか判断できる方法があった。
全身を一点に集中し、この部屋全体に意識を向けた。世界が暗転し、自分の胸の部分に炎が揺らめく。同時に譜手間医師が立ってる辺りにも炎が揺らめく。その色は共に真紅…。
真治は目を閉じ意識を集中することで魂を見る力を持っている。そしてその魂の色でその人の感情を視ることができるのだった。
「…魂が真っ赤だ…。先生は嘘をついていない。」
そう言うと、意識を解放し元の世界に戻る。はあはあと肩で息をして、フラフラとよろけてソファに座り込んだ。
「!…力を使ったのか!」
譜手間医師は駆け寄り、真治の頭に手を当てた。
…少し熱を帯びているが冷やせば大丈夫だろう。
ほっと息を吐いて、真治を見つめた。
「真治、今はまだ力を使うんじゃない!また高熱を出して…」
「うん、わかってる…。だけど、どうしても先生の言ってることを確かめたかったんだ…。」
疲れた顔でかすかに笑顔を見せ、真治は先生の手を握った。
「先生…俺、先生の子供になるよ。」
11歳の子供の言葉に譜手間は涙ぐんだ。
「うむ…。よろしくな。」
こうして、36歳の父親よ11歳の息子の共同生活が始まった。
初めはどうしても同居人としての意識。
だが、二人は14歳の姉を助けるという共通の目的を通して、少しずつ信頼を寄せあうこととなった。
姉の状態は安定に向かっていた。
熱が下がり、点滴を受けて、即時ができる体力を取り戻してからは、弟の献身的な介護もあって回復に向かっていた。
ある程度体力が戻ったので、精密検査を行う。
結果は、譜手間医師の予想する通りだった。
肝機能が低下しており、そのせいで肌の色が悪くなっていたのだ。
「肝臓の機能が弱っている…。その機能を回復させれば、佳奈の体質は改善させることができる。」
譜手間は嘘は言わず、事実だけを二人に説明する。
「…肝臓の治療にはいくつもの方法があってな。どれが佳奈の肝臓に合った治療法なのかは、1つ1つ試していくしかないんだ。1発で成功する場合もあれば、何回も治療を試して…その度に体を酷使することになるかも知れん。…佳奈、やるか?」
譜手間の言葉に佳奈は肯く。
「私も…病気が治れば、力も使えるのでしょう?…使えるようになりたい。」
自分の力について、既に聞かされていた佳奈は自分の未来を想像して笑顔を見せる。その顔に弟が笑う。譜手間も笑顔を見せた。
それから、佳奈の治療が始まった。
1つ1つ治療を試しては佳奈の身体に負担をかける結果となり、回復を待って次の治療を試す。…この繰り返しが数回行われた時点で一旦治療を中断した。
譜手間は夜中に真治を連れてこっそりと佳奈の病室を訪れた。養子縁組は既に済ませているので、こそこそと会わなければならない理由はないのだが、譜手間は誰にも見つからないようにして病室に入った。
「先生…。」
少し苦しそうな表情で、やってきた二人に佳奈は笑顔を見せた。だが、譜手間医師の表情は険しかった。その顔を見た佳奈は表情を曇らせた。
「佳奈。…今から、僕の力で佳奈を視る。」
「力」という言葉に、佳奈と傍にいた真治も反応した。譜手間も特殊な力は持っていたが、今まで二人にその力を見せていなかったからだ。
「そのためには、僕の力について説明が必要だ。夜中にこっそり来たのもそのせいだと思っていい。」
譜手間は一旦息継ぎをして、話を続ける。
「真治の力は…魂を視る力…といった方がいいのかな?」
譜手間は真治の頭を撫でながら問いかけた。
「…うん。普段は真っ白い世界なんだけど、真っ暗になって、メラメラと燃える火が見えるんだ。その火の色で相手の気持ちがある程度わかるよ。」
「そうだな。でも僕の力は違う。僕の力は…その魂に宿る別の魂を視ることができるんだ。」
所謂、人に取り憑いた怨霊とか悪霊、またはその人を守護する御霊や、憑神も視えると譜手間は説明した。
そして、佳奈には別の魂が宿っていると付け加えた。二人はお互いに顔を見合わせる。…どうやら、思い当たる節があるようで、互いに目で何かを訴え始めた。譜手間が聞きたいことを言うよう促すと、佳奈が恐る恐る自分が感じたことを説明した。
「実は…私が熱を出すたびに、『ごめんね…ごめんね…』って声が響くんです。」
「…それは、君に取り憑いた魂の言葉と思っていい。問題は…その魂が佳奈に悪影響を与えているかもしれない…ということなんだ。」
譜手間は説明を続けた。
自分の能力は人に取り憑いた魂を視る、会話することはできる。だが、追い払うことまでは出来ないらしい。修行をして譜手間自身の能力を高めればできるかもしれないが、譜手間も魂と会話をする以上の事をすると、高熱を発し、自身の命に関わることになるそうだ。
「今から、佳奈の中にいる魂と会話をする。…真治、もし僕の顔色が悪くなり、異常に汗を掻きだしたら…僕を殴ってでも起こしてくれ。」
譜手間の真剣な表情に真治は生唾を飲み込みながら肯いた。それを確認してから、譜手間は目を閉じ、やや俯いて両手を胸の辺りで複雑に指を絡めて組んだ。譜手間の首がカクンと傾き、全身の力が抜け、譜手間の身体はベッドにもたれ掛った。
写真のネガを思わせる、色が反転している景色。周りの風景はゆっくりとした時の中を流れているようで、その空気も重くよどんでいるように感じる。
…ここは、譜手間が見ている世界。
魂だけが住む世界というべきか…その世界に譜手間は入り込んでいる。目の前には目を見張る少女、佳奈がおり、その眼の中で青い炎が揺らめいていた。
(…人に宿いし魂よ。汝の名を聞こう。)
譜手間は、青い炎に向かって話しかけた。その言葉に反応して炎が大きく揺らめく。
(…。負弖磨の一族に連なる者よ。我が名は響姫。)
青い炎から返された返事に譜手間は驚いた。
譜手間…本来の字は負弖磨と格らしい。人の負の感情を磨いて、が語源らしい。その特殊な能力を秘めた一族は平安の時代から脈々と受け継がれてきた。譜手間自身は傍流になるのだが、その一族に名を連ねている。
その一族の開祖の名は負弖磨闇彦。二代目が闇彦の娘、響姫。この二人は死して一族を守る御霊になったと聞かされていた。
そんな高位の霊が佳奈の目に宿っている。譜手間医師は息を飲んだ。語るだけでガリガリと精神を削られるような感覚。だが、何もしないわけにはいかない。
(汝に問う。宿いし少女は負弖磨の名を継ぐ者か。)
(…この者、負弖磨の名を継ぐ者なかりけり…。故在って我はこの者に宿いたり。負弖磨の血よ。これ以上我と語るな。)
意識が混濁する。譜手間の力ではこれ以上魂と語ることは命を危険にさらすようだ。視界がぐにゃりと曲がり、色の反転した世界がグルグルと回り始めた。
痛い!
不意に譜手間の両頬に痛みを感じて意識が戻り、譜手間は目を開けた。
自分に覆いかぶさり、両頬を思いっきり抓っている真治の姿が見えた。
「ふぃんひ…。」
「目が覚めた!…よかった。」
真治が安堵の息を吐き、その後ろで佳奈が胸をなでおろしていた。
譜手間を自分の息を整え、少しだけ休憩してから、自分が見たこと、聞いた事、それを踏まえた推測を二人に伝えた。
佳奈の目には御霊、しかも負弖磨の二代目『響姫』が宿っている事。響姫は自分の意志でその眼に宿っている事。自分の意志では出られない状態だと思われること、佳奈のことを“一族に連なる者”と言わなかった事を説明した。
二人はこの現実とは思い難い譜手間の説明を聞き、信用し、肯いた。そして譜手間が示す案に、彼を信用して二つ返事で賛成した。
その案とは、譜手間の指導で、佳奈を一族に伝わる特殊なチカラを鍛錬して増幅させて佳奈自身の抵抗力を高める、というものだった。
譜手間は佳奈の瞳を視た。淀みのない綺麗な瞳。だがこの眼の奥には、“魔を封じる力”に長けた響姫の霊が宿っている…。彼女はその力に抵抗する能力を得ることができるだろうか。
綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす
後に『眼福』の語源になったとも云われる負弖磨一族の特殊なチカラ。それは、佳奈に幸福をもたらすチカラとなりうるのだろうか。
譜手間は一抹の不安を抱えながらも、二人の意志を尊重し、翌日から治療の傍ら指導を行うのであった。