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始まりの壱

4話一気投稿です。

読んでいただき、本編が読んでみたいというご意見を頂ければ続きを書こうと思います。

拙いながらもサスペンス風に挑戦するための序章です。


 綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす



 都内…某養護施設。



 ここに、不思議な能力を持つ青年がいる。



 普段は、この養護施設で施設管理全般の雑務をこなす用務員として働いている冴えない青年。…だが、夜になるとその風貌は一変するのだ。


 漆黒の生地にところどころ赤いラインの入ったスーツを身にまとい、左目に炎をイメージさせる意匠を凝らした眼帯をしたその姿は、裏世界では知らぬ者などいないと恐れられている。


 『黒魂の真贋者』の二つ名で呼ばれる占い師。


 この物語は、数奇な運命に翻弄されながらも裏の世界で名を馳せることになった青年の物語…。






 話はこれより15年遡ったところから始まる。






 15年前の養護施設『未来館』は今よりも寄付額がずっと少なく、日々貧しい生活をしていた。

 施設には20人の子供とそれを育てる職員が4名、用務員1名が寝食を共にしており、子供たちが中学卒業するまでの面倒を見ていた。子供たちは中学卒業後、都の斡旋する職場に就職するか、学資援助を受けて進学するかを選択し、この施設を巣立っていく。

 ここで暮らす子供たちは、両親がいない、もしくは両親から見放された、要は面倒を見る人がいない子ばかり。当然、職員が親代わりとなって子供たちに愛情を注ぐ、そんなどこにでもある、ありふれた施設であった。



 ところが、ある姉弟が来てこの施設の状況が大きく変わる。



 2年前からこの『未来館』で暮らす姉弟。


 姉の佳奈は14歳。生まれつき病弱で施設内でも1日のほとんどをベッドで横たわる生活をしており、女の子らしからぬ痩せた体つきで、筋肉も胸のふくらみもない貧相な女の子。

 弟の真治は11歳。ここに来てすぐの頃に高熱を発して盲目となり、職員もしくは姉の佳奈の介助なしではまともに出歩くこともできない男の子だ。


 施設では、教育と技術習得を目的とした労働が子供たちに課せられているが、二人とも労働することができず、それが他の子供たちから苛められる原因となっており、たびたび問題が起こっていた。

 職員たちはやむを得ずこの二人に個室を与え、そこで二人だけで勉学にはげむよう指導した。云わば隔離である。

 共同生活するうえではやむを得ない処置ではあったのだろうが、その特別待遇が余計に他の子供たちからの迫害を受けることに繋がる結果となっていた。


「お前たちは、この施設でいらない子だ!」


「タダ飯喰らい!」



「仕事の邪魔になるから出て行け!」


 子供たちは職員達がいないところで、思いつく限りの悪口雑言を二人に浴びせていた。子供たちがいくら陰でやっていたところで、それは職員の耳に入ってしまう。職員達が子供たちを叱り、姉弟を庇うと余計にいじめは拍車がかかることになり、いじめを止めさせ共同させることができずにいた。

 結局、姉と弟は個室に引きこもりとなり、誰とも会うこともなく毎日を過ごすようになった。



 佳奈は、弟に両親の話をする。弟には両親は自分が幼い時に他界してしまっているため、両親の記憶を持っていなかった。だから姉が自分の知っている限りの両親を毎日話して聞かせた。




 “綺麗な瞳には魂が宿る。魂の見える瞳は福禍をもたらす”




 両親から一番よく聞かされた言葉。



 その言葉の意味は佳奈にもわかってないが、言葉の並びが綺麗だったので佳奈は好きだった。真治は歌うように紡ぎだす姉のこの言葉が好きで、意味など全く気にしていなかった。

 二人は孤立しながらも、毎日をしっかりと生きていた。




 『未来館』の館長であり、子供たち全員の母親でもあるアンナ・バーバリィ。

 父親が日本人で幼少から日本で暮らしていた彼女は、父親が立ち上げたこの養護施設を誇りに思っていた。

 当然この状況に対しても、彼女は信念を持って取り組んでいたが、自分だけではどうすることもできず、様々な伝手で相談相手を探していた。

 ある時、知人の知人の紹介で都内の病院の院長と面会を行った。


 名は、譜手間(ふてま)悠介。36歳。


 若くして、独立してクリニックを設立し、5年で病院と名乗れるほどにまで成長。自身の医者としての腕は十分にあるのだが、より若手の医者を育てる姿勢と、お金の問題で治療を受けられない人たちを専門に請け負ってきた経緯が同職からは変わり者扱いをされていた。

 アンナの話を聞いた譜手間は、


「一度お姉ちゃんの診断をしてみましょう。弟君のほうは無理かもしれないが一緒に連れて来ればいろいろとアドバイスができます。」


 彼は、根源となる姉の体質を改善させることで健康回復をさせ、弟には見えなくてもできることを教え込ませることで、前向きにさせることを提案した。




 アンナは個室に閉じこもった二人に会いに来た。二人は完全に塞ぎこんでおり、特に弟の真治は、人間不信にまでなっていたが、館長のアンナにだけはどうにか心を開いていた。

 アンナは譜手間医師の提案を二人に説明し、診察を受けるように勧めた。


「お断ります。」


 と佳奈の言葉に、


「アンナ先生の頼みでも嫌だ。」


 と真治の言葉。


 二人はアンナ以外の大人と会うことを嫌がっていた。そのアンナの説得でも頑なに首を縦に振らず、二人はますます引きこもった。




 そして佳奈は病を発症した。




 アンナは譜手間医師に連絡した。譜手間医師は『未来館』に駆けつけ、佳奈と真治に面会をした。

 部屋にアンナが入り、続いて譜手間医師が入る。いつもと違う雰囲気を覚え、真治は立ち上がって姉の眠るベッドの前に立った。


「真治君、大丈夫。前にお話したお医者さん、譜手間さんよ。お願いだから、彼のお話を聞いて…」


「出てけ。」


 真治は両手を広げベッドの前に立ちはだかり見えない目で見知らぬ男を睨み付けた。


「真治君…。」


 頑なな弟の様子を見てアンナは泣きそうな表情になる。そこへ医師が一歩だけ前に進み、アンナを手で制してドア際まで下がらせた。


「アンナさん、僕に任せてもらえますか。」

 譜手間はあんなにやさしく言うと真治のほうを向いた。


「君が真治君か。」


 男の声に真治は顔を強張らせた。男の声に怯え一歩後ろに下がったが、恐怖に打ち勝とうと更に両手を広げる。


「そのままでいい。僕の話を聞いてくれ。…いいか。君のお姉さん病気だ。それは君にもわかるだろう。このままここにいたら死んでしまうかも知れん。彼女には治療が必要だ。」


 真治の顔がひるんだ。譜手間はなおも話を続けた。


「僕にお姉さんを預からせてくれ。お姉さんが心配なら真治君も一緒に来てもらって構わない。」


「出てけ!」


 真治は何かを振り払うように首を横に振って大声を張り上げた。

 譜手間はポケットに手を突っ込み一本のナイフを取り出して真治に見せた。アンナが小さな悲鳴を上げる。


「せ、先生!一体何を!?」


 アンナの声に反応することなく譜手間はそのナイフを真治の足元に放り投げた。カランカランと音を立ててナイフが床に転がり、真治の足元で止まる。


 真治は音のした方ををちらりと見てまた医師を睨み付けた。


「もし、僕が君に対して嘘をついた場合は…そのナイフで僕を刺していい。」


 その言葉に真治の表情が変わる。


「先生!」


 アンナが声を出したが、譜手間医師は黙るように促す。


「僕は医者だ。いつも死ぬ覚悟で患者と向き合っている。…今も目の前に苦しんでいる患者がいるのだ。僕は彼女を助けたい。」


 真治は手探りで床に落ちたナイフを拾った。


「真治君!」


 アンナが悲鳴のような声で彼の名を呼んだ。だが、それには反応せず、じっとナイフを見つめてから、譜手間医師のほうを睨み付けた。


 暫く沈黙の時間が流れる。


 やがて真治が両手を下ろした。


「ねえちゃんは…治るのか?」


 感情を押し殺した声で真治は目の前の医者に尋ねた。


「…わからない。だから彼女を預からせて欲しい。」


「治せ!」


「無茶を言うな!何の病気かもわからないのに簡単に「治る」なんて言えるか!…僕は嘘は言いたくない。直るかどうかちゃんと真治君に伝えるためにも、彼女を預からせてくれ。」


 真治は黙り込んだ。医師の言葉を聞いて確実に悩んだいた。その表情を見て医師は話を続けた。


「お姉ちゃんの命を僕に預けてくれ。そうすれば…僕の命を真治君に託そう。」


 真治は俯き、どう答えるべきか悩んだ。11歳の子供が判断できるような内容ではない。だが譜手間医師は敢えて彼に選択肢を与えた。言葉をやり取りする時間よりも沈黙が制する時間が増え、姉弟が過ごす部屋は重苦しい空気で満たされてい。


 そんな中、弟が重い口を開けた。


「…姉ちゃんを…直して欲しい。」


 譜手間を軽く深呼吸をして緊張を解き、真治の言葉に返事した。


「…では、今から姉ちゃんを病院に移す。真治、手伝ってくれ。」


 医師は弟を呼び捨てにし、弟は医師に呼応した。



 わずかな時間。



 その間に譜手間医師と真治の間にある種の絆が出来上がっていた。


 真治は別にこの医師の事を信頼したわけではない。選択肢がそれしかなかった為に、医師に姉を預けた…そう考えていた。だが、譜手間医師が自分の名を呼び捨てで呼んだ瞬間に、彼の中で医師に対する敬意の感情が芽生えた。彼はこの感情を素直に受け入れ、医師の言葉に呼応して手にしたナイフを床に捨てた。



 譜手間のほうは姉の横たわるベッドを覗き込み、僅かに顔色を変えた。

 姉の佳奈の様子は自分が考えたよりも酷いモノだった。


 土色に変色した頬に虚ろな目。パサパサになった髪に紫色の唇。


 明らかに内臓…しかも肝臓に問題のある症状だ。


 譜手間医師は一瞬険しい顔をしたが、すぐに柔らかな表情に変え、姉の佳奈に話しかけた。


「話は聞こえてただろう?君を助けたい。今から一緒に病院に来てくれ。」


 少女はわずかに顔を動かし、肯いた。


「よろしく…おねがい…します。」


 か細い声で佳奈は答えた。その声に真治が反応し、手探りで姉の手を取り叫んだ。


「姉ちゃん!俺も行くから!俺も側にいるから!」


 譜手間は真治の手に触れて声を掛けた。


「そうだ。真治の力も必要だ。一緒に手伝ってくれ。」


 譜手間は佳奈をベッドから抱き上げた。




 軽い…。




 14歳の女の子の体重ではない。





 それに彼女を覆うこの気……。





 だが、不安な表情は一切見せず、弟を見やる。


「真治、お姉ちゃんの毛布と枕を持ってくれ。毛布はきちんとたたむと持ちやすいから。」


 弟は不器用ながらも手探りで毛布をたたみ、その上に枕を置いて持ち上げた。譜手間はそれを見届けると、佳奈を片手で肩に抱き上げ、もう片方は真治の背中に当てた。


「お姉ちゃんは僕が抱えている。真治は僕が押す方向に向かって歩くんだ。」


 そう言って軽く背中を押した。真治は見えない目で正面を見据え、ゆっくりと歩き出した。


「真…ちゃん…?」


 一人で歩く真治を見て、姉は涙ぐんだ。



「佳奈ちゃん。真治は、姉を救うため、立った今大きく成長した。今までは甘えてたんだ。…だけど、これからはそうはいかない。自分がお姉ちゃんを支えなきゃいけないからと自覚したんだ。」


 姉はぽろぽろと涙を流した。


「だから、君も頑張らなくちゃいけないよ。」


「…はい。」


 医師に背中を押され、少しずつ歩く弟。医師に抱かれ病と闘う決意をした姉。


 その二人を見たアンナは抑えきれない涙で顔をくしゃくしゃにしていた。泣きじゃくる声がアンナだとわかったのか、真治が足を止め、アンナの方に顔を向けた。


「…先生。ありがとう…そしてごめんなさい。…今は先生が俺達の為に必死だったことはわかります。」


 真治の声にアンナの嗚咽が更にひどくなった。


「姉ちゃんの病気が治ったら、戻ってきます。その時は…。」


 真治は最後まで言わず、また背中の押される方を向いた。譜手間は何も言わず真治の背中を押した。


「真治君…。」


 アンナはゆっくりと自分で歩き部屋から出て行く真治をじっと見つめていた。




 …15年前、姉弟は病気を理由に都内の病院に移った。期せずして、譜手間は二人を養子として引き取り、二人の姓は『譜手間』となった。



 その名は、やがて裏の世界で有名になるのだが、この時はまだ誰も知らない。






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