6
午後八時十五分。花火大会が終了した後も、アウルのフィスメル大広場周辺には出店が多く立ち並んでいて、夜の宴を楽しむ大人たちで未だに街は活気付いていた。レストランで恋人と食事を楽しむ者。海に飛び込み馬鹿騒ぎする者。飲んだくれて路上で熟睡する者。あらゆる人が思い思いに夜の街で楽しい時を過ごす中、マックスは中央広場にある噴水の丸い石垣の上で、頭を垂れて座っていた。
花火大会が終わってから一時間。少年を捜して街中を駆けまわったが、彼の居所は掴めていなかった。道行く人、出店の従業員、街の警備員、あらゆる人に少年を見かけたかどうか訊ねた。答えはみな同じノーだった。唯一、街中で収穫があったことと言えば、マックスから話を受けた警備員が、『捜しているのは少年ではなく、少女ではないのか?』と訊ねてきたことくらいのものだった。
レイは今どこにいるのだろう。
少年の目撃情報が皆無に等しく、マックスは絶望しかけていた。
もう会うことはできないのだろうか。
いつかは少年とも別れの時が来るのは理解していた。共に歳を老いて生きていくことが不可能なことも、何となく分かっていた。しかし、こんなにも早く別れの時が来るとは思いもしなかった。
レイ……。
マックスは弟のことを考えた。笑った時の顔、思い悩んでいる時の背中、自分を呼ぶ声。
「マックス……」
聞き慣れた声がして、マックスはつと顔を上げた。視線の先にはピーターがいた。
「ピーター……」
目が合うと、ピーターはにやりとして彼の隣に座った。
「やっぱりマックスか。お前も街に来てたんだな」
嬉しそうに屈託のない笑みを浮かべるピーターを見て、マックスは見知らぬ土地で友人を見つけたような安心感を覚えた。彼が目の前に現れなければ、もう少しで絶望に呑みこまれていたかもしれない。改めてマックスはピーターという友人の存在の大きさを確認するに至った。
「あぁ、ちょっと家族とな」
誰と来て、誰とはぐれたかまでは話さなかった。
「そうか、家族とか。仲良いんだな、マックスの家は」
そんなことない。そう言おうとしてマックスはすぐにやめた。言ったところで自分が虚しくなるだけだ。替わりに『どうだかな』と肩をすくめると、ピーターはおやと不思議そうに辺りを見回した。
「そういえば、家族はどうしたんだ?一緒に来てたんだろ?」
マックスは『先に帰った』と嘘を吐いた。人を疑うことを知らないピーターはマックスの言葉を疑いもせずに受け入れた。マックスが広場に一人でいるのも訳ありと考えたのか、ピーターがそれ以上野暮な質問をしてくることはなかった。
広場で一人佇むマックスを、柄の悪い同級生が見かけたとしたら、彼らはマックスのことを『一匹ネズミ』と呼称し、からかっていただろう。しかし、ピーターは誰に対しても気さくに振る舞った。弟を失い、他者との繋がりを拒絶していたマックスでさえも。
たった一人の弟も守れない自分のような無力な人間にも、気遣ってくれるピーターを見て、マックスは急に切なくなった。
成績優秀で人望に厚いピーター。レイもピーターが兄なら良かっただろう。ピーターだったら弟に家族のことで悩ませたりしなかった。ピーターだったら余計な気遣いで弟を死に至らせることもなかった。ピーターだったら怯える弟の手を放したりはしなかった。
なぜ神様は俺を兄にしたのだろう。
やり場のない悲しみを抱えて、虚ろな視線を向けていると、ピーターが心配そうに言った。
「おい、マックス。大丈夫か?」
友の声はマックスを幻から現実へと引き戻した。
「なんでもない」
マックスは努めて落ち着いた声で言葉を返す。
「そういえば、ピーターは一人で花火を見に来たのか?」
クラスの人気者のピーターが祭事に一人で出向くとは思わなかったが、話を逸らす為に敢えて訊ねた。
「いや、俺は花火を見に来た訳じゃないんだ」
花火が目的でないとしたら、わざわざこんな時間に街に来た理由はなんなのだろうか。疑問に思っているマックスの視線に気付くと、ピーターはなぜか困った顔をした。
「俺は今さっきここに来たばかりなんだ。三十分くらい前に、中央広場で妹を見つけたからすぐに来いって、レベッカに呼び出されてな」
妹を見かけた……?
ピーターの言葉に刺激され、唐突にマックスの脳裏に過去の記憶が甦る。一ヶ月前、レイと瓜二つの少年を家から追い出した後、宴の片付けをしている時に、ピーターから電話がかかってきた。その時、彼はレベッカの家で死んだ筈の彼女の妹を見たと口にしていた。ちょうど、ランバート家から少年がいなくなった後にレベッカの前に彼女の妹が現れたことから、マックスは少年とピーターが見たレベッカの妹は同一人物だと考えていた。そして今、再び少年がいなくなった後にレベッカの妹を見かけたという話を聞き、マックスは確信した。彼は死人に姿を変えることができると。
俺の考えが正しければ、レイはまだこの近くにいる。
マックスの中で消えかけていた希望の灯火が、ピーターの話をきっかけに一気に燃え上がる。
すぐにでもレベッカの妹の姿をした彼を捜しに行きたかったが、マックスにはレベッカの妹の名前すら分からなかった。少年の手掛かりを失う取り返しのつかない事態を避けたいのであれば、不審に思われるのを覚悟でピーターからレベッカの妹の情報を聞き出すのがベストだろう。しかし、それでは聡明なピーターに自分も彼を探し求めていると見破られる可能性がある。そうなれば、彼をレイとして連れて帰るのに支障が出るかもしれない。
はやる気持を抑えて、仕方なくマックスは自然な会話でレベッカの妹の情報を集めることにした。
「ピーターが呼び出されたってことは、まだレベッカの妹は見つかってないってことだよな?」
「あぁ、そうみたいだな」
「妹はなんて名前だ?」
「ステファニーだ」
「歳は?」
「八歳だな、一応」
「髪の色は?」
「黒だ」
ピーターは他人事のように質問にだけ淡々と答えていく。
マックスは今頃になって彼の行動に不審を覚えた。
レベッカは妹を捜してもらう為にピーターを呼び出した筈だ。ピーターも協力する気がないなら、わざわざ夜中に街まで出張って来ないだろう。しかし、ピーターからはレベッカの妹、ステファニーを捜そうという気が微塵も感じられなかった。
彼は何故こんなにも呑気なのだろう。
マックスは疑問に思っていることを口にした。
「なぁ、ピーター。お前はレベッカの妹を捜しに来たんじゃないのか?」
マックスの問にピーターは自嘲気味に笑った。
「あぁ、その通りだよ」
珍しくいい加減なピーターの態度に、マックスは苛立ちを覚えた。
「なら何故捜しに行かないんだ?」
怒りを露にしてピーターを睨むと、彼は笑みを絶やして俯いた。
「説明すると、少し長くなるが、いいか?」
少年の行方が気になったが、ピーターの話から彼に繋がる情報が得られるかもしれないと思い、マックスは了承した。
「俺なら構わないよ」
マックスの返事を聞き、ピーターは遠い目をして中空を見つめる。
「俺は小学生の時、授業を抜け出してばかりのろくでもない奴だった。どうしてあんなことをしていたのか、自分でもよくわからないけど、教師の目を盗んでは、一人で教室を抜け出し、無意味に街をうろついてた。そんな俺に、教師から居残り授業が課せられるのは珍しいことではなかった。何度も何度も残らされて、一人で課題をやらされたよ。でも一回、一回だけ同級生のレベッカに課題を手伝ってもらったことがあった。あいつは出来の悪い俺に、ベテランの家庭教師のように分かりやすく丁寧に勉強を教えてくれた。俺一人なら三時間はかかっていた課題が、あいつのお陰で一時間で終わった。俺はラッキーだと思ったよ。レベッカのお蔭で二時間も早く自由になれたんだからな。でもあいつにとってはアンラッキーだった。用事がないからと俺の課題を手伝っている一時間の間に、あいつの家は強盗に入られていたんだ。その時家にはレベッカの妹一人だけ。あいつの妹は、強盗が入ったその日から、姿を消してしまった。レベッカが真っ直ぐ家に帰っていれば、こんなことにはならなかった筈だ。あいつは利口だから、強盗が家に入ってきても、うまく出し抜いて妹と生き延びられただろう。でも俺がレベッカに課題を手伝わせた所為で……」
ピーターの言葉は一度途切れた。マックスにはピーターが過去の行いを悔いているように見えた。
俺と同じだ。ピーターも近しい人の死を、自分に責任があるのだと考えている。
同級生にある筈がないと思っていた共通点を見つけ、マックスが驚いて言葉を失っていると、不意にピーターが寂しそうに笑った。
「あいつの妹が亡くなったのには責任を感じてる。今日来たのは、そういった経緯があったからだ」
気の毒にな。マックスは心底そう思った。しかし、今はそれ以上感傷に浸っている暇はなかった。
「お前がここに来た理由は分かった。でもそれだったら尚更、レベッカの妹を捜し出そうって気になるんじゃないのか?」
感情的になり、自然と声が大きくなる。二人の傍で、互いに寄り添って愛を囁いていたカップルは、不快な視線をマックスに向けたが、ピーターの視線はぶれなかった。
「お前はまだ、アレを見ていないからそう思うんだよ」
ピーターの言葉が何を意味するのか。答えはすぐに解った。それでもマックスは敢えて訊ねた。
「どういう意味だ?」
喰い付くマックスに、ピーターはやれやれといった風にため息を吐く。
「アレはステファニーじゃない。ステファニーの姿をした何かだ。レベッカはアレを妹だと思い込んでいるだけに過ぎないんだよ」
ピーターの言葉は正しかった。叔父の時とは違い、マックスは何も言い返せなかった。
「一ヶ月前、レベッカの家で見たアレは確かにステファニーだった。信じられないことに、行方不明になる前の八歳の姿そのものだった。あの場にいる誰もがアレをステファニーとして扱っていた。戻ってきたレベッカの妹に違和感を覚えているのは俺だけのようだった。でも俺は間違っていない筈だ。死人は生き返ったりなんかしないのだからな」
マックスが黙っているのを見て、ピーターは再びため息を吐く。
「俺は正直、このまま見つからないほうがいいんじゃないかと思うんだ。どれだけ容姿が似ていても、アレはステファニーではないのだから」
グレンと同じことを言われ、マックスは困惑した。
自分がおかしなことをしているのだろうか。
心の中に生まれる不安。
彼はレイではない。とっくに理解にしていたことを再確認させられ、負の感情にに呑まれそうになる。それでもマックスは押し寄せる不安を糧として、今度は凛としてピーターに言葉を返す。
「レベッカの妹が、本当に見つからないほうが良いと思っているのなら、お前はここに来なかった筈だ」
思い当るところがあるのか、ピーターは眉をひそめる。しかし、彼も簡単には考えを曲げない。
「俺はレベッカの兄弟ではない。でも家族のように思ってる。だからこそ、いつまでも死人に縋るんじゃなくて、前を向けって教えようとしてるんだよ」
「レベッカの妹の死に責任を感じているのなら、どうしてレベッカを助けてやろうとしないんだ」
「助けようと思っているからここに来た」
「思っているならまずレベッカの妹を見つけて彼女を安心させてやるのが先決だろ」
マックスは自分に言い聞かせるかのように言った。
二人は暫し睨みあった。いつ取っ組み合いが起きてもおかしくない空気が二人の間には流れていた。険悪な状態になりそうだったが、寸前のところでピーターが目を逸らした。
「確かに、お前の言う通りかもしれないな」
ピーターは落ち着いた声で寂しそうに視線を落とした。
「俺はもう行くよ。レベッカの妹を捜しに」
立ち上がるピーターを見て、マックスは慌てて彼を制止した。
「待ってくれ、俺も捜すよ」
少年が今、レベッカの妹の姿をしているのであれば、ピーターたちの協力なしに彼を見つけるのは困難だ。
少年を無事家に連れて帰る為にも、マックスはピーターたちの協力を申し出た。
「助けになってくれるのか」
マックスが力強く頷くと、ピーターは何かから逃げるように彼から目を逸らした。
「そうか。やっぱりお前は他の奴とは違うな」
微笑を浮かべるピーター。
友からの賛美にマックスは心が痛くなった。
レベッカの妹を捜すのは、ピーターたちのことを思ってのことではない。二人を助けたいからでもない。自分が何をしようとしているのか、彼は知らない。
マックスはピーターを騙しているような気がして罪悪感を覚えた。
俺は彼を見つけたら、ピーターとレベッカには伝えず、何食わぬ顔で彼を自宅に連れて帰るだろう。ピーターかレベッカが彼を先に見つけたとしても同じだ。二人から奪い取ってでも俺は彼を連れて帰る。最初からそのつもりで協力を申し出たのだ。にもかかわらず……。
「じゃあ、何かあったら電話してくれ。俺もレベッカの妹を見つけたら電話する」
マックスがぼうっとしている間に、ピーターは彼に背を向け、街の東側へと歩んでいく。
本当のことを話すなら今しかないぞ。
叱責する心の声を無視して、マックスはずっと気になっていたことをピーターに訊ねた。
「なぁ、ピーター。レベッカの妹は、赤いリュックを背負っていたか?」
ピーターは驚いた顔をして振り返った。
「そういえば、赤いリュックを背負っていたって、レベッカが言ってたな。どうしてわかったんだ?」
マックスは『なんでもない』とだけ言って、街の西側へと駆けた。
少年と初めて出会った日、彼はレイの姿をしていながら、女性ものの(それも成人サイズの)白いセーターを身に着けていた。ちょうどその時期、ニュース番組で十七歳の時に失踪した娘とその両親が奇跡的に再会した話が伝えられていた。ニュースで紹介されていた夫婦が住んでいるのは、マックスたちが住む町の隣。少年がランバートの家で生活するようになってから、件の夫婦の元からまたも娘が失踪したというニュースがテレビで流れた。そして今日、少年がいなくなった直後、レベッカが広場で見たステファニーは、少年と同じ赤いリュックを背負っていた話を聞き、マックスの中では少年とレベッカの妹は同一人物という考えが確実なものになった。
マックスは街の西側へと走りながら、小学生の時に同級生の間で流行った、とある都市伝説を思い出していた。その都市伝説の内容は、遠い遠い島国に住む悪戯好きの少年が、ジュジュツシなる女に呪いをかけられ、二度と元の姿に戻れなくなってしまったというものだ。想像力豊かな子どもの頃は、そのような噂を信じて、時には呪いをかけられた少年を羨ましがり、時には呪いをかけられた少年を恐れたりしていた。その話もいつしか荒唐無稽だと思うようになっていたが、実際レイの姿をした少年と暮らした後だと、信じずにはいられなかった。
以前、彼は寝言で『かけないで』と口にしていた。あれはもしかしたら『呪いをかけないで』という意味だったのかもしれない。
いよいよマックスの中で曖昧模糊としていた少年のイメージが確固としたものになった。
初めて会った時から思っていた通り、彼はレイではない。それでもマックスの走る速度は緩まなかった。
マックスは路地裏や、目に入ったカジノやバーのトイレにまで、彼を求めて捜し回った。しかし.収穫はどこにもなかった。
一人で捜している時は、彼と思しき子どもの目撃情報は得られていたものの、今度ばかりは何も得られなかった。
やはりもう彼はみつからないのではないか。
街の西側の探索をほとんど終え、途方に暮れて歩いていると、ピーターから電話がかかってきた。
「マックス、そっちは見つかったか?」
ピーターの声にいつもの明るさはない。質問の内容からして、ピーターたちも彼を見つけられていないようだ。
マックスは安堵と不安の混じった声で『いいや』と返した。
「そうか。残念だ」
嘘を吐いているようには聞こえなかった。広場で会った時とは違い、ピーターは本気でレベッカの妹を捜していたようだ。
先に見つけたところで、俺が連れて帰るんだけどな……。
マックスは自分が行おうとしていることを強く恥じて、自己嫌悪に陥る。そんな事情も知らずに、ピーターはマックスに礼を言った。
「助かったよマックス。レベッカも『ありがとう』って言ってたよ」
マックスは泣きそうになり、静かに俯いた。
「礼なんか言うなよ。友達だろ」
弟を失ってから『友達』という言葉を忌避するかのように使ってこなかった。しかし、今は気恥ずかしいその言葉をマックスは平然と口にすることができた。それが何を意味するのか。彼はまだ分かってはいないのだが……。
「あぁ、お前の言う通りだな。でも今日は本当に感謝しているんだ。ありがとうな」
ピーターが嬉しそうに笑うのが、電話口からも窺えた。
「ところで、マックスは今どこにいる」
ピーターに問われ、辺りを見回す。マックスは道行く人の他に、噴水を認めた。いつの間にか中央広場まで戻ってきていたようだ。
「今は広場にいるが、どうかしたのか?」
「いや、もう夜も遅いから、今日は中断しようと思ってな」
夜も遅いと聞いて、反射的に腕時計へと視線を移す。時計は十時二十六分を指している。
俺ならまだ捜せる。そう言おうとした時、こちらの考えを先読みしたかのようにピーターが言った。
「俺は大丈夫なんだが、レベッカが心配でな。体力的な面もそうだが、何かトラブルに巻き込まれたら取り返しがつかない。だから、今日はここで中断することにした」
確かに、男ならともかく、未成年の少女が外をうろつくような時間ではない。マックスは『それもそうだな』と彼の考えに同調した。
「それで、今俺とレベッカはアウル駅まで向かってるんだ。マックスも一緒に帰らないか?」
一瞬も躊躇わずにマックスは答えた。
「俺はまだ残るよ」
少年を見つける当てがある訳ではない。しかし、レイを失う訳にはいかないという思いだけが彼を突き動かしていた。
「そうか。でもあまり遅くなり過ぎるなよ」
マックスを心配するピーターの声から、彼が困惑しているのが伝わってきた。しかし……。
「あぁ、わかってるよ」
最後までマックスは本当の目的を伝えることなく電話を切った。
彼を捜す競争相手がいなくなったと思うと、焦燥感がいくらか和らいだ。それに伴い、マックスは多少の冷静さも取り戻す。彼が現れそうな場所はどこか。
思い返せば、少年と過ごした一ヶ月間、彼が自主的に外出したことは一度もなかった。彼は何かしら理由をつけて外に出るのを嫌がった。家の庭先ですら一人で出ようとはしなかった。彼は外を怖がっていた。しかし、家族にせがまれれば外に出ることもあった。一ヶ月前、家で宴を開いた日がそうだった。彼は両親に懇願され、ルピオス駅までランバートとレイチェルと共に、グレンたちを迎えに行っていた。
ルピオス駅まで……。
マックスは待てよと思った。
今彼がレイでもステファニーでもなく、別の誰かの子どもに成り変っていたとしたら、その子どもの家族が別れた子どもの再会を祝って、家に親戚を呼ぶかもしれない。呼んだ親戚を駅まで家族が迎えに行くかもしれない。自分たちがそうしたように。
それは最後の賭けだった。
マックスは一縷の望みを胸に全速力でアウル駅に向かった。幸い、駅にピーターとレベッカの姿はなかった。それでも念には念を、南口付近に植えられた木の陰に隠れて、人の出入りを窺う。
分かりきっていたことだが、待てども待てども、夜遅くに子どもが駅に現れることはなかった。無意味に時間だけが過ぎていった。十分。二十分。三十分。その間にレイチェルから二回のメールと五回の電話がきた。マックスは母親からの六回目の電話がきた時、携帯電話の電源を切った。
時刻は午後十一時二十三分。依然として少年らしき人物は現れない。
この地方では夏でも夜になると気温が冷え込む。上着を持ってこなかったマックスは、白い息を吐きながら、かじかむ両手を擦り合わせて何とか熱を作る。
寒さは精神を病ませる。負けじと必死に体を暖めようとするが、足の震えが抑えられない。
彼にはもう会えないのかもしれない。
マックスが諦めかけた時、彼との再会は突然訪れた。