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 晴れ渡る青空。春のように暖かい空気。町内に響くのは電線の上に横並びになる鳥の囀り。雨雲の去った絶好のピクニック日和の金曜日。その日、ランバート家では朝から親戚を招いた宴が開かれた。

 子どもたちは家の中でかくれんぼを楽しみ、大人たちは庭で酒を浴びるように飲み、家族と共に至福の時間を過ごした。家に集まった親戚一同は、久しぶりにレイに会えたと半ば狂気じみたはしゃぎようだった。

 近隣住民からすれば、彼らの行動が奇妙に思えたことだろう。子どもが家の中で遊びまわるのはともかく、平日の朝っぱらから飲んだくれる大人などそうはいない。

 ランバートの家の前を道行く人たちはみな彼らに奇異な目を向けた。中には彼らの庭に足を踏み入れ、何事かと訊ねる者もいた。隣の家に住むマーシュもその一人だった。

「やあ、ランバート。今日はえらく賑やかだな。もしかして宝くじの一等でも当たったのかい?」

「やあ、マーシュ。残念ながら宝くじの一等は当たってない。だが、もっとずっと幸せなことがあった。驚くことに、息子のレイが帰ってきたんだ。私たちの大事なレイだ。これに勝る喜びなどないよ、マーシュ」

 近隣の住民たちはランバートから事情を聞くと、みな納得して各々の一日を過ごしに戻って行った。ランバートたちは息子の再会を祝っている。それだけ聞けば平日の宴の理由としては十分だろう。しかし、彼らの近くに住む者たちはレイの事故を知っている筈だった。にもかかわらず、誰もそのことに口を出さないのがマックスには不思議だった。親戚一同にしろそうだった。信頼しているおじのグレンですら、レイの姿をした少年の存在に対して、疑問を口にすることはなかった。

 マックスは心のどこかで期待していた。親戚が集まれば、誰かしらがレイの姿をした少年に違和感を覚えるのではないかと。しかし、マックスの淡い期待が報われることはなかった。

 午後三時。早目の宴が終わり、みなが帰路につく時も、誰一人少年の正体に気付いているようには見えなかった。

 誰も気付かないのであれば、無理に真相を探る必要はないのかもしれない。この世の中には知らないほうが幸せなこともあるのだ。それでもマックスの勘が、少年の問題を先送りにするべきではないと告げていた。

 マックスは一縷の希望を胸に、家の前で散り散りになる親戚たちの内、グレンの見送りをすることに決めた。

 グレン以外の親戚たちは、みな家族と固まってランバート、レイチェルに見送られていったが、彼は唯一まだ独身なので、一人での帰宅だった。

 両親の姿が見えなくなった頃を見計らい、少年に留守番を頼んだ後、マックスがグレンの後ろに続くと、おじは嬉しそうに顔をほころばせた。

 グレンの自宅はここから遠いセバノの街にあった。街には電車を利用しなければ、辿り着くまでに日が暮れてしまう。故に、これからグレンが向かうのは最寄りのルピオス駅だ。駅まではマックスの家から歩いて約十五分。それまでに少年についての考えを訊ねる必要がありそうだった。しかし、グレンはここ数年のマックスの生活ぶりを知りたがり、矢継ぎ早に彼に質問を浴びせた。

「どうだ、最近は。元気にしてるのか」

「うん。まあ、それなりにね」

「学校は?毎日通っているのか?友達は大事にするんだぞ」

「うん。わかってる」

「彼女はどうなんだ?いるのか?」

「いや、女には興味ないな」

「そうか。今はまだ興味ないかもしれないな。でも、まあ俺みたいに遅れたりはしないようにな」

 苦笑を浮かべるグレン。

 暫しの沈黙。

「両親とはあれからうまくいっているのか?」

 おじの言う『あれ』とはレイの事故のことだろう。

 両親はレイを失ってから喧嘩ばかりしていた。お互いに罵り合い、時には物を投げつけ合うこともあった。

 レイを求めて荒れ狂う両親の姿は、傍から見ていて悲惨だった。気の毒だった。が、少年がランバート一家の前に現れてから今日で三日目。彼が来てからは取るに足らない小さな喧嘩はあれど、大きな喧嘩は全くしなくなっていた。

「最近は落ち着いているよ。やっぱりレイが戻ってきてくれたからかな」

 マックスは『レイ』を強調して発音した。そうやっておじの反応を見るつもりだった。しかし、グレンの反応に目立った変化はなかった。たった一本の頼みの綱が、目の前で断ち切られたような気がした。マックスは項垂れておじから僅かに距離を取った。

 それからはおじの言葉がろくに頭に入ってこなかった。マックスは適当に相槌を打って足を動かすことだけに集中した。

 みんな何も分かっていない。あれはレイであってレイではない。どうして誰も分からないのだろう。本気であのレイが戻ってきたと思っているのだろうか。

 マックスは不意に両肩を掴まれた。はっとして顔を上げると、グレンの穏やかな顔とルピオス駅の改札口が目に入った。どうやら知らぬ間に駅まで辿り着いていたようだ。

「マックス、悪いな。本当はもう少し話をしていたいのだが、実は最近また仕事が忙しくなってきてな。今日も会社に無理を言ってここまで来たんだ。帰ったらすぐに、また仕事に取りかからないといけない」

 グレンの言葉を受けて、マックスは彼だけは宴の席で酒を口にしていなかったことを思い出した。

 おじさんが酒を飲まなかったのは仕事の為だったのか。

 マックスは『待てよ』と思う。

 酒を飲んでいないということは、今レイについて訊ねれば、酒を飲んでいた両親や祖父母とは違って、冷静でまともな意見が訊けるってことじゃないか。

 マックスは跳ね上がる動悸を抑えて、呼吸を整え、グレンに話しかけようとした。しかし、彼の言葉は突然流れ始めた構内アナウンスによって掻き消されてしまった。

 アナウンスはセバノの街を通過する。コマス行きの電車がまもなく到着することを知らせていた。

「悪いな、マックス。何もしてやれなくて。一番辛いのはお前の筈なのにな」

 そう言ってグレンは一瞬腕時計へと目を向けると、マックスの肩を掴む両手に力を込める。

「まあ、俺が言うのもなんだけど、そう遠くない内に、また会うことになるさ。じゃあな、マックス。これまで通り強く、生きるんだぞ」

 グレンは微笑を浮かべてマックスに手を振り、彼にさっと背中を向け、改札口を抜けて行った。

 マックスはおじの言葉を理解できないまま、軽く手を振り返し、駅を後にした。結局少年について訊くことはできなかった。

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