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私立探偵 長井 康介の場合

掲載日:2014/07/03

 薄暗い窓辺に立ち、お気に入りのブルーマウンテンを喉に流し込む。

 萎びたビルの一角に構える事務所は、自宅と化していた。


――私は長井康介(ながいこうすけ)私立探偵だ。


 今まで殺人事件から浮気調査まで、迷宮入りしたありとあらゆる難事件を解決してきた。しかし、私は法外な報酬を望む為、世間からの風当たりは冷たいものだった。


 ある日、私のもとに一通の手紙が届いた。それは子供の字で書き綴られ、宛名は明記されていなかった。


「やれやれ……また悪戯か」


 私は残り少なくなったブルーマウンテンを飲み干すと、便箋を広げた。





『お母さんをさがして。にしやま さとみ』



 一見、冗談にも思えたが、私はこの手紙に興味を抱き、少ない手掛かりを頼りに依頼を受けることに決めた。


 翌日、早速私は消印をもとに、住所を割り出した。過去の実績からこの程度のことは容易いものだ。

 更に地図を頼りに探りを入れると、依頼人の自宅は事務所から程近い、閑静な住宅街の一角であることが判明した。

築二、三年の一戸建て。ここが今回、依頼を受けた少女の自宅だ。

 スーツの襟を正し、呼吸を整えインターホンに手を伸ばした。手紙を握り締め、暫く待つも応答がない。二度、三度と試みるが、やはり手応えはない。

 私はしびれを切らし、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、ドアは重苦しく開いた。


「誰?」


 小学二、三年生くらいのポニーテールの少女が、ドアの隙間から顔を出す。

 受け取った手紙を差し出すと、少女は困惑ぎみに言い添えた。


「あ、それもう大丈夫です」


 私は不思議に思い、質問を投げ掛けた。


「おうちの人は居ないのかな?」


 明らかに人の気配を感じるが、少女は首を横に振るだけだ。


「それじゃ、何かあったらまた呼んで頂戴」


 私はわざと室内に聞こえるように、言葉を残した。


 玄関ポーチより少し遠ざかると、ドアは閉まりチェーンロックを掛ける音がした。

 少女の行動に不自然さを感じた私は、路地裏に身を潜め煙草に火を点けた。


「さぁ、張り込みだ」


 長年のカンが、自然とそうさせる。私は灰色の空に向かって煙を吐き出した。




◇◇◇◇◇◇




――数時間が過ぎ、辺りは静まり返り日も暮れてきた。周辺の住宅に灯が点るのに対し、依頼人の自宅は未だに暗黒に包まれたままだ。無論、人の出入りもない。

 私の仕事の大半は"張り込み"だ。このくらいのことは、よくあること。私はいつものように長期戦を覚悟した。




◇◇◇◇◇◇




 一方、その頃――


 私の名前は、西山里美(にしやま さとみ)。小学三年生だ。この街に引っ越して来て、二年と半年。

 パパとママは、念願だったマイホームを手に入れ、幸せの真っ只中。私は何不自由のない生活を送るはず――だった。


 新しい学校にも慣れたある日、仲の良いパパとママがケンカをしているのを見掛けた。私は突然のことに驚き、自分の部屋に閉じ籠った。


 次の日学校から帰ると、ママは居なくなっていた。私は状況が理解出来ずパパを問い詰めたけど、結局何も話してはくれなかった。

 そして、偶然見つけた探偵事務所に、手紙を書き依頼をお願いしたのだ。


 だが、今日それよりも大変なことが起きた。リビングにはロープでぐるぐる巻きにされたパパと、強面の男が私達を見張っている。


「おらぁ、とっとと吐けよ。お前が俺の女に手を出したのはわかってんだよ。娘がどうなってもいいのか?」


「娘には手を出さないでくれ」


 男は何度もパパに拳を振り上げる。


「やめて――っ! パパをいじめないで」


「嬢ちゃん、コイツはな、俺の女に手を出したんだ」


「誤解だ! 里美、信じるな」


 その時、インターホンがリビングに鳴り響いた。二度――三度――


「クソ……まずいな。おい、嬢ちゃん出てくれ。だがな、ヘタなこと喋ったらコイツの命はないと思え」


 男は懐からサバイバルナイフを取り出し、パパの喉元にあてがった。


「わかったわ……」

 私は男に従い、玄関のドアを開けた。



――探偵さんだった。




『助けて』




 声に出したい気持ちを抑えて、探偵さんを追い返した。




『この状況に気付いて』




 その願いを胸にドアに鍵を掛け、再びあの男のいるリビングへと戻った。


 状況は変わらず数時間が過ぎ、日が暮れてきた。


『私達、どうなるんだろう』


 緊迫した状況で、もはや死を覚悟した。




◇◇◇◇◇◇




 張り込みを始めて三時間――動きはみられない。


「私の思い過ごしだったのか?」


 煙草の本数が増え、口の中が苦くなる。張り込みを断念しようと決めたが、念のため気配を消し勝手口のドアノブに手を掛ける。


「開いている……」


 音を立てずに静かに開けると、男の怒鳴り声が聞こえる。私のカンは間違っていなかったのだ。

 素早く侵入すると、リビングにロープで縛られた男と刃物を持った男、そして先程の少女を確認出来た。


――やれるか?


 私は息を殺し、少しずつ近付いた。存在を気付かれたらアウトだ。

 キッチンを経由して、刃物を持った男の背後に回った。


――チャンスは一度きりだ。


 男が余所見をした隙に、右手のナイフを蹴りあげた。ナイフがフローリングに転がったのを見届けると、私は男を取り押さえた。

 間もなくパトカーが到着し、男は現行犯で逮捕された。


 ホッと溜め息をつくと、紫色の悪趣味なスーツを着た男が近付いて来た。


――田所警部だ。


「長井君……あまり警察の仕事に、首を突っ込まないで欲しいものだよ」


 自慢の髭を擦りながら、お決まりの台詞を吐く。


「警部、何も邪魔するつもりは毛頭ありませんよ。依頼を受けたら事件に遭遇した……ただそれだけのことですよ」


 私は田所警部に後を任せると、依頼人の父親と話をした。


「すみません、助かりました。私が誤解を招く行動を起こした所為で、このような事態になってしまって……」


 ことの発端はこうだ。偶然酔い潰れた女性を介抱し、女性が後日お礼の連絡をくれた際、妻にも女性の彼氏……つまり逮捕された男にも誤解を招いたとのことだった。


「妻にはもう一度事情を説明して、戻ってきてもらうつもりです」


「それはそうと私は探偵でして、娘さんから"母親を捜して"と依頼を受けていたんですよ。それでですね、依頼料を払って頂きたいのですよ」


「そうでしたか……妻は友人宅を転々としてるんですよ。それで依頼料はおいくらですか?」


「ま、今回は責務を完全に果たせた訳ではないので、これくらいでいいですよ」


 私は、指二本を突き立てた。


「二万円ですか?」


「おいおい! 私の依頼料は他と違うんですよ。二百万だよ」


「に、二百万? そんな金、払えるわけないじゃないですか?」


 依頼人の父親が(こうべ)を垂れると、私は言い添えた。


「と、言いたい所だが、依頼人は娘さんだ。娘さんに払ってもらう。な、里美ちゃん」


 後ろで盗み聞きしていた里美ちゃんに、話を振った。


「これ、依頼料として頂いておくよ」


 私は里美ちゃんが持っていたキャラメルを一個貰うと、二人に背を向けた。


「ありがとうございました」


 口を揃えて二人が言う中、軽く右手を挙げる。




 こうして今日も私の一日が終わる。まるで、何事もなかったかのように……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私もキャラメルにブラックジャックを思い浮かべてしまいました。^_^ ハードボイルドな感じでいいですね。 田所さんがいい味を出しているな、と思いました。 主人公は大物?と期待させていただきまし…
[良い点] 最後のキャラメルのくだりが良いと思います。 探偵のキャラクターがかっこいいですね。 [気になる点] 女の子の一人称で語られる部分なのですが、 幼い女の子にしては口調が少々大人びている印象が…
[一言] ハードボイルドな主人公がかっこよかったです。 こういう探偵モノも良いですね。
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