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時を越えて(3)

 昼食を終えて、一三時過ぎ。俺とアリスは、セルヴェリエ教会に続く巡礼路の入り口で馬車を下りた。木立の中を抜けていく巡礼路は道幅も充分あり、馬車で教会の前まで行く事も禁じられているわけではない。ただ、大半の人は巡礼路を歩いて教会まで向かう。馬車が通る度にその全員に道を譲って貰う必要があるので、足の具合が悪い等の事情がある時くらいしか馬車で礼拝に向かう、という手段を取る人は中々いない。

 木々に囲まれた小高い丘に立つセルヴェリエ教会まで、緩やかに上る巡礼路。夏の日差しを重なり合う木の葉が遮り、木々の間を通り抜ける風が自然の涼しさを運んでくれる。そこをアリスと歩きながら、時折周囲に視線を配る。「清らかな声を持つ小さな金の歌姫たち」という言葉が何を指しているのか分からない以上、どこかにヒントが転がっているかも知れない場所をただ素通りするわけにはいかない。

 そんな時、隣を歩くアリスが繋いでいた手をクイッ、と動かした。振り返ると、アリスは上を指差しながら首を傾げている。


「ねぇリュウトさん。あの鳥、何だか分かる?」


「ん? あぁ……」


 指の差す先へと視線を向けると、枝の中程に鳥がいた。小さく、羽毛がフワフワで丸いシルエット。そして、羽の色は夜の(とばり)のような青と紺のコントラスト。間違いないと確信し、舌を噛まないように祈りつつ俺はその名を口にした。


「パランピリプルピロルリ、だな」


「……えっ、ごめんリュウトさん、何て?」


 数秒間ポカンとしてから問い返すアリスに、俺はもう一度あの鳥の名前を教える。


「だから、パランピリプルピロルリ」


「……えっと。どうして、そんな鬼しんどい名前に?」


「鬼しんどい」


 何だかアリスから強めのワードが出てきた気がするが、ひとまず俺が知っている限りの知識を引っ張り出す。


「まぁ、最後のルリっていうのは見たまま、羽の色からきてるんだけど。その他のパランピリプルピロって部分は」


 と、その先を説明しようとした時に、パランピリプルピロルリの(くちばし)が開いた。もしかして、と思った直後、パランピリプルピロルリが鳴く。


 ──パランピリプルピロ、と。


 そして、小さな翼をパタパタと動かして飛び去っていく。それを見送りながら、俺は呟く。


「……と、いうわけだ。鳴き声そのまま」


「ほ、他に何か付けようもあったんじゃ……」


 うん、アリスの言いたい事も良く分かる。きっと、最初に名付けた人も改名するタイミングを探し続けたに違いない。けれど、パランピリプルピロルリにはそれが出来なかった理由もある。


「パランピリプルピロルリは残念な事に、外見と鳴き声以外の生態がろくに分からなかったんだ。だから、それ以外の特徴から名前を付ける事が出来なかったんだよ」


「え、そうなの? どうして?」


 そう首を傾げるアリスに、俺は恐らく驚愕の事実であろうそれを告げる。


「そもそも──魔物なんだよ、パランピリプルピロルリ」


「ふぇ? あ……あれが魔物!?」


 予想通り、驚くアリス。まぁ、あんな無害そのものみたいなのが魔物だとは思わないよな。


「何の危害を及ぼすわけでもなく、その辺の野生動物よりも安全なんだけどな。ただ、死んだ後に魔物と同じプロセスで消滅した事が確認されたからあれは魔物、って理屈」


 それも偶然目撃しただけであって、それがなければパランピリプルピロルリが何なのかすら分かっていなかったわけだ。謎過ぎるだろ、パランピリプルピロルリ。そしてその謎っぷりを表すのに、この名前が案外フィットしてしまってもう呼び方を改める場が存在しないのだ、パランピリプルピロルリ。


「何て言うか……色々な生き物がいるんだね」


「そうだな。正直、まだ知られてない生き物の(ほう)が多いくらいかも知れない」


 そう締め括って、再び巡礼路を進みながら考えてみる。パランピリプルピロルリ……捉え方によってはその鳴き声は歌にも聞こえるかも知れない。けれど、小さな、はともかく金色ではない。それに、どこかに留まる性質でもあるならともかく、足元という表現では位置が一定にもならないだろう。となれば、少なくともパランピリプルピロルリは今回の謎の答え候補から外して良さそうだ。


 そこから歩く事、一五分。開けた丘の中央に、清潔さを保った白壁が眩しいセルヴェリエ教会が姿を現した。大聖堂のような荘厳な様式ではないが、立派な佇まいにどことなく身が引き締まる思いだ。


 教会の入り口である木製の大扉の前で訪れる人を出迎えている、黒い生地に白い十字架が染め抜かれた礼服を着た中年の男性を見付けて、巡礼者の列が途切れるのを待ってから近付いて頭を下げてから挨拶をする。


「イグナエル神父、お久し振りです。カミカワリュウトと申します」


「あぁ、覚えていますよ。以前、巡礼路の件でお世話になって以来ですね。お元気そうで何よりです」


 物腰柔らかな笑顔を見せる、イグナエル神父。そのやり取りに、俺に続いて黙礼をしてからアリスが俺に問い掛ける。


「リュウトさん、前にも来た事があるの?」


「去年、依頼でな。巡礼路の安全確保に来たんだ。あの一度きりだったから、ここまでハッキリ覚えて貰えているとは思わなかったけど」


 前提として、教会周辺や巡礼路には害ある魔物を忌避(きひ)する結界が張り巡らされている。本来なら巡礼路に魔物が入り込む事は無いのだが、数十年に一度、くらいの頻度でその加護が弱まる時があるらしい。それが去年の秋頃に起こり、巡礼路に複数の魔物が侵入してしまった。

 通常なら騎士団が優先的に対応する事態だが、去年は長雨での冠水対策や、農業地帯での土砂崩れへの予防対策に追われて充分な人員が割けない状況だった。それで各地の仲介所(ギルド)に依頼が出されて、偶然俺が対応したわけだ。今は結界の加護も回復し、魔物が入り込む心配は無い。

 ただし、パランピリプルピロルリは害が無いから結界も反応しないらしいけど。


「あの時は本当に助かりました。そちらは……」


 言葉を区切り、改めてアリスを見て何か考える素振(そぶ)りをするイグナエル神父。しかし、すぐに首を小さく横に振ってから笑顔を浮かべる。


「この教会に来るのは初めてですね。セルヴェリエ教会で神父をしている、フレディ・イグナエルと申します」


「アリスと申します。私は初めてですが、父が何度か礼拝に来ていると思います」


 アリスの父がレナードである事を伝えると、イグナエル神父は納得したように手をポン、と打った。


「あぁ、成る程……つい先日も礼拝にいらっしゃいました。その際に『この教会、挙式も出来ますか?』と尋ねられたので、そういったご予定でもあるのだろうかと思っていたのですが……そういう事ですか」


「どういう事です!?」


 イグナエル神父の俺とアリスを見る目が急に温かみを増した気がして、慌てて真意を問い質す。というかレナード、俺たちが知らない所で何してんだ。


「おや? お二人の……では?」


「いや、あの……時期尚早です」


 隣にアリスがいる手前、即座に否定するのは無理だったが、流石に早い。レナードの根回しがちょっと怖い。アリスも顔を赤くして縮こまっている。

 そんな俺たちの反応を見て、イグナエル神父は穏やかに笑う。


「そうですか。一応、冠婚葬祭といった式典も承っていますので、もし機会があれば。それで、今日は礼拝でしょうか?」


「ええ、折角なので。ただ、本題もありまして」


 冠婚葬祭はやんわりスルーして、今回ゴル爺から受けた依頼について説明する。概要を聞き終えて、イグナエル神父は最後に大きく頷いた。


「成る程。確かに、グランサス周辺で教会といえばここが該当しそうですね。しかし、私もその金の歌姫という言葉には心当たりがありませんね……」


「やっぱりそうですよね……。可能な範囲で教会の内外を探索しても大丈夫でしょうか?」


 俺の問いに、イグナエル神父はやはり笑顔で頷いてくれた。


「勿論、構いませんよ。何か気になる事があれば言ってください。探し物が見付かるよう祈っています」


「はい、ありがとうございます」


 アリスと共に頭を下げて、教会の中に戻るイグナエル神父を見送る。それから、まずは簡単に教会の周囲を軽く探索してみる。芝生が整えられ、休憩も出来る庭園。そこから少し離れた位置に、小さな霊園もある。流石に霊園を無闇に歩き回るのは躊躇(ためら)われたので、石畳の通路を進みながら周囲に視線を配るだけに留めた。

 三〇分程の時間を掛けて教会の外をぐるりと周り、正面に戻ってきた所でアリスと意見を交換する。


「……ザッと見た感じ、外にはそれらしい物は見当たらなかったな。アリスはどうだ?」


「私も一緒かなぁ。『歌姫』が見た目への比喩かも知れないと思って、そう見える花があるか探してみたけれど、無いみたいだし。それに、花だと同じ場所に咲くとは限らないし、目印としては向かなそうだよね」


 成る程、花か……。その発想はまだ俺には無かったから、そこを潰してくれたのはとても助かる。まぁ、エーファさんもゴル爺の動き出しがここまで遅くなるとは予期していなかった可能性もあるんだけれど。


「やっぱりアリスがいてくれて助かったよ。俺の盲点を補ってくれるし、何よりモチベーションが下がらない。これは良い」


「モチベーション……?」


「遠出をしていても隣にアリスがいてくれるのがマジ最高って事」


 その言葉で「あぅ」と赤面するアリスの様子に笑顔を浮かべてから、俺は時刻を確認した。そろそろ一四時か……。


「一旦、中に入って礼拝に参加しておこうか」


「そ、そうだね。その後で、教会の中にも目を通しておきたいもんね」


 両手で顔をパタパタと扇ぐアリスに、ふと思い付いた冗談を放り込んでみる。


「ん? 式場の下見かっうふぐ」


 言い切るか否かのタイミングで、俺の脇腹にアリスの手刀がズムッと突き刺さった。うん、良い突きだ……ちょっと防衛本能で飛んだもん。肝臓やられるかと思ったよ。


「……それは、もうちょっとくらい我慢出来るもん」


「そっかそっか、うん?」


 それは。うん、式場の下見、即ちまぁあれだ、うん。こっちは良い。

 もうちょっとくらい。……表現的に、余裕少なくありません?


「アリス、もうちょっとくらいってふっぷぅ」


 また脇腹なのか。俺に改めて言われて何かに気付いて恥ずかしくなったのか。待ってさっきより強い。


「ま・だ・ま・だ! 我慢出来るもん!」


「いやもうどっちかと言うと我慢ってワードが既にっはぐふっ!? 食い込んできてる、食い込んできてるからっ!!」


 神の庭とでも言うべき教会の前で何やってんだ、と思われそうなので、アリスを(なだ)めて教会の中へ足を踏み入れる。一歩入った瞬間から空気が一段と冷涼な雰囲気に変わり、心が落ち着くと同時に自然と背筋が伸びる感覚がする。手近な長椅子にアリスと並んで腰を下ろすと、控えめなオルガンの演奏音が耳に馴染む。


「……あー、落ち着く、これ。そうだ祈らなきゃ……変異種と出会いませんように暗殺者と出会いませんように(しばら)くの間は平和で良いです普通の仕事で普通に稼がせてくださいどうかどうか……」


「凄い。全て事実なのに横で聞いてると『この人は何を言っているんだろう』感が尋常じゃないね、リュウトさんの祈り」


 安心しろアリス。自分でも何を言ってるんだろうな俺、って思ってるから。こんな事を祈るのもアレだが、この祈りが正当化される生活環境って何だよ。


 ……まぁ、こう祈っている相手も相手ではあるんだけどさ。


 祈る相手。礼拝堂の最奥、ステンドグラスの中で存在感を放つ、信仰の対象である神。少し抽象的に描かれていても、しっかりと特徴を捉えた姿は一目瞭然だ。

 古から存在したと伝えられる自然世界の統治存在──竜。その絶大な力で奇跡に等しい現象を起こし、畏敬と信仰の対象にまでなった、魔物とも変異種とも違う、仕組みから上位に立つと定められた覇界種(はかいしゅ)

 以前は流石に時間の流れと共に話が盛りに盛られてきたんだろうと思っていたけれど、アリスが喚び出したウーグリアネスの力を目の当たりにしてからは言い伝えも馬鹿には出来ないと考えを改めた。

 この祈りで「普通に過ごしていたらそうそう出会わないレアケースと頻繁に正面衝突する人生の不具合」が解消されるなら毎日でも通いたい。むしろ住みたい。加護を浴びて生きていきたい。

 ふと隣に視線を配ると、いつからか真剣な面持ちで手を組んで祈りを捧げるアリスの姿が。俺が見ている事にも気付いていないみたいなので、そのまま様子を観察してみる。

 長い。俺も数分は祈っていたかも知れないが、アリスも結構な長さで祈り続けている……ん? さっきまで真顔だったけど、少し口元が綻んできたような。気のせいか、頬も微かに紅潮してないか?

 と、さっきまでは心の中で済んでいたアリスの祈りが、口からとても小さな声量で漏れ始めた。


「……それで、ピシッとした正装のリュウトさんも見てみたいし、私のウェディングドレス姿を褒めて貰ったりもされてみたいし……えっと、そこからは……えへ、えへへへ。こ、ここから先はいくら神様であってもお見せ出来ないと言うかぁ……」


 ……えっと、あれだね。普段近くにいる人でも、考えてる事ってやっぱり分からないね。どんな事を考えてるのかって、予測もつかないね、本当に。

 仕方ないので、アリスの耳元に顔を寄せて囁きで忠告する。


「……それ、祈りじゃなくて将来設計の説明になってないか?」


「ぱらっ!? んっ、ぴっ、り……ぷ、るぴろっ!?」


 外に思考がダダ漏れだったと気付かされたアリスが、パニクった結果顔を真っ赤にしながらパランピリプルピロルリと同じ鳴き声になった。……周囲の人は本物の鳴き声と思ったのか、あえてのスルーを選択したのか。流石、教会の礼拝に参加する人たちだ。心が広いや。





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