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最悪の依頼(3)

「──にしても、確かなのか? 盗賊が騎士団が使用していたハルバードを持っていたってのは」


「あぁ。目にした時は騎士団の紋章が刻まれてたからそうだろうと思ってたが、今日コイツを見て確信したよ」


 夢之國工業の製品カタログをヒラヒラと振ってみせると、ミッドは「そうか」と呟いてワインを一口(あお)った。


「以前の武器を奪われた経緯は分からないが、不味いな。もし他にも奪われた武器があるとしたら、騎士団への風評にも繋がりかねない。後で夢之國と話をしてみる必要がありそうだ。どうせ、近い内に新しい武器に関して話があるからって会う事になってるしな」


「新しい武器? って、今の武器になってから三ヶ月だろ!? もう次の武器の話が出てるのか?」


 俺の驚きを含んだ疑問に、ミッドは溜め息を()いて部屋の窓から下を見た。視線の先では、中庭で訓練生が武器を振っている。


「あぁ、流石にスパンが狭すぎる。一年おきだったのが九ヶ月おきに、それが今は半年おきだ。そんなに何度も武器が替わっちゃ、訓練生も騎士も平等に戸惑っちまう。だから今回の採用は先伸ばしにしてきたんだが、最近は夢之國の方が『今までとは一線を画した性能を証明する』と言ってきててな。その上、次の武器が採用されたらその後の武器も同系統のバリエーション品にして、使い勝手も(ほとん)ど変わらないようにするって話なのさ。だからどうにも頭が痛くてな」


「随分と力が入ってんだな」


 ミッドの言っている武器とは、恐らくレナードがテストを視察すると言っていた物だろう。娘が誘拐されているにも関わらず、社長直々にチェックを入れるくらいだ。余程の勝負に出るという事か。


「ん? つぅ事は、その新しい武器が採用されない限りは、夢之國には利益が発生しないって事か?」


「いや、こっちも専属でやって貰ってる立場だからな。契約料として毎月三〇〇万マールを支払ってるから、完全な利益ゼロってわけじゃない」


「でもそりゃ、社員への給与と武器の開発で消えちまうんだろ? マイナスが出ないってだけの話じゃないか」


「まぁ、そりゃそうなんだが。それがどうかしたのか?」


「あぁ、いや。ちょっと気になっただけなんだけどさ」


 曖昧(あいまい)に返して、俺はふと窓の外を見た。ここからだと、グランサスの市街まで見る事が出来るのだが、その外れに存在する随分と堅牢な塀で囲まれた建物が何となく目に留まった。

 丁度その時、ミッドが俺を見ながら口角を上げた。


「それにしても、嵐竜(らんりゅう)を捕らえたのがお前だったとはな、リュウト。騎士団を辞めてから何をしてるのかと気にしちゃいたが、随分楽しそうじゃないか」


「ん? あぁ、今はフィリンダで万屋(フリーター)をやっててな。そうか、この近辺の犯罪者はグランサスの収容所に叩き込まれるんだったな」


「おう、嵐竜(らんりゅう)の連中も昨夜に護送されてきたんでな。そうだな、後で騎士団の武器をどうやって手に入れたのか訊いてみるとしよう。しかし万屋(フリーター)か、面白そうだな。俺もその内お前に頼み事でもしてみるか」


「無茶振りは拒否するぞ」


 ミッドの冷やかしをあしらいながら、俺はふと思い付いた事があったので試しに聞いてみた。


「──なぁ、ミッド。収容所での面会って、俺でも出来たっけ?」


            *


 靴音がやけに反響するコンクリート製の廊下を歩き、俺は収容所に設けられた面会室を目指していた。日の当たっていないコンクリートというのは、必要以上に冷え切った印象をぶつけてくる。無機質な象牙色に囲まれていると、一晩で冷え症になれそうだ。こんな場所にはお世話になりたくないな、と犯罪に手を染めない決意を改めて固めながら、俺は前を歩く所員の背中を追う。


 やがて、足を止めた所員が目の前のドアの鍵を開け、ノブを回して引き開けた。


「どうぞ、面会時間は一〇分です。室内は万全の態勢になっていますが、もしも不足の事態が起こった時にはすぐに室外に出てください」


「了解、ありがとう」


 手で礼を示して部屋の中に入ると、頑丈そうな鉄扉(てっぴ)が重い音を立てて閉められた。

 中は、食堂のカウンターのような仕切りのこちら側に椅子が一つ、壁際に予備の椅子が二つ。仕切りの上には、椅子が置かれた延長線上に放射状に穴が空いた特殊加工の複合アクリルが天井まで境界線を敷いている。

 因みにこの複合アクリル、衝撃を拡散する事に秀でているので、携帯型炸裂弾発射砲(直径二メートルの岩を木っ端微塵に出来る)の直撃にも耐えられるらしい。そもそもこの場所にそんな物持ち込めたら、三重の身体検査(金属探知・持ち込み物の赤外線チェック・ボディチェック)の意味が全く無くなるが。


 椅子に座りながらそんな事を考えて時間を潰していると、アクリルの向こう側の扉が開いて、目的の人物が姿を見せた。

 とりあえず、相手が座るや否やで軽く手を上げて挨拶してみる。


「よぅ、昨日ぶり。収容所のベッドの寝心地ってどんな感じよ?」


「岩肌よりはマシだと言っといてやるよ」


 ボソリと返してきたのは、昨日俺に捕まった嵐竜(らんりゅう)のリーダーだ。


「で、何の用だ?」


「あぁ、聞きたい事があってさ。お前等、嵐流(らんりゅう)沙漠を狩り場にしてたろ? つっても、四六時中あそこに居たわけじゃ無いんだよな。だとすると、根城にしてた場所ってどこなんだ?」


「……何でそんな事が気になんだよ」


「いや、売り(さば)く前の鉱石とか残ってないかなーと思って」


「アホかテメェ」


 溜め息の後に舌打ちまで付けてから、嵐竜(らんりゅう)のリーダーは気怠(けだる)そうに呟いた。


嵐流(らんりゅう)沙漠から西に一キロ。昔は金持ちの別荘だった建物があったんでな。持ち主が死んで放置されてたんで、そこを根城にしてた」


「……マジ?」


「聞いといて信じねぇとか、俺に人間性を疑われたいのか」


「いや、そうか、分かった。助かったよ」


「先に言っとくが、鉱石なんか残ってねぇぞ」


「だとしても、だ」


 それだけ言って、俺は席を立った。俺の用事が終わった事を悟って、嵐竜(らんりゅう)のリーダーもゆっくりと立ち上がる。


「情報提供に感謝するぜ。そうそう、差し入れとして街の屋台で売ってた『デーモンネイル・クライシス饅頭(まんじゅう)』を持ってきたからさ。後で他の連中と食えよ」


「テメ、ふざけんなコラ! 自称激辛好きが病院送りになった奴じゃねぇかそれ! いっそ死刑の方が楽だぞ!?」


 本気の怒鳴り声を背に、俺は面会室を出た。因みにデーモンネイルとはヴァルヘイルで最も辛い唐辛子で、舐めただけでも味覚が一二時間は機能不全を起こすと言われているおよそ食べ物として扱っていいのか疑問を持つ代物だ。そんな物をふんだんに使った肉饅頭(まんじゅう)がさっきのクライシスである。


 収容所の所員に預けていた相棒・鈍鉄(なまくらのくろがね)を受け取って外に出た俺は、大通りに戻るなり馬車を捕まえて飛び乗った。まだ色々と疑問は残っている。どちらかと言えば、ここまでに得た情報で逆に疑問は増えたくらいだ。

 だが、最優先で為すべき事は決まっている。

 時刻は一六時。

 俺は予定より早く、フィリンダに戻る事にした。


            *


 同日、二〇時。

 乗った馬車が当たりだったのか、四時間でフィリンダまで戻って来た俺は、その足である場所を目指した。路地を幾つか抜けて、明かりの点いた家のドアをノックする。少しの間があった後、家主が顔を出した。


「リュウト? 随分早い帰りだったな。向こうでの宿代を持ち忘れたのか?」


 俺の顔を見るなり人を間抜け扱いしたのは、仕事を終えてプライベートを過ごしていたレイジ。つまりここはレイジの自宅だ。


「最低限のピースが集まったんでな。そっちは何か進展、あったか?」


「いや、フィリンダの周辺では特に怪しい動きは無かったな──あぁ、強いて言えば」


 ふと思い出したように、レイジは顎に手を当てた。


嵐流(らんりゅう)沙漠に続く森があるだろう? あそこで木材を採取してきた奴が、妙な事を言っていたな。普段は泉の近くに集まる動物が、正反対の森の中にばかり集まってた、とか」


「それだ。間違い無いな」


「何か分かったのか?」


 視線を鋭くしたレイジに、俺は確信を持って頷いた。


「昨日、沙漠から帰る途中で森の泉に寄ったんだ。その時、普段は誰も近付かない森の奥へ、つい最近に草が踏み倒されてた形跡があった。動物が泉に近寄らないのは、近くに人の気配があって警戒していたからだろう。最初は嵐竜(らんりゅう)がアジトにしていたのかと思ってたんだが、グランサスの収容所で面会して聞いてみたら、嵐竜(らんりゅう)が根城にしていたのは別の場所──つまり、答えは」


 一拍置いて、俺ははっきりと断言した。


「森の奥にある、材木加工工場だった廃墟。アリスを誘拐した犯行グループと、恐らくアリス本人もそこに居る!」




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