最悪の依頼(2)
そう。そもそも、夢之國工業と同じように武器開発を行っている企業は数あれど、その商売相手が全く異なっていたのだ。
殆どの企業は、開発・生産した武器を各地の武器屋に卸している。鍛冶屋にオーダーメイドで武器を注文しない限り、ヴァルヘイルに住む人々の九割がお世話になっているロングソードやダガー、ハンドアックス等の近接武器から狩猟弓や銃火器のような遠距離武器を扱っているわけだ。
なら、夢之國工業は何を相手に商売をしているのか──これを聞いた時には、俺も多少驚いたのだが。
「騎士団が正式採用している武器。その開発を一手に引き受けているのが、夢之國工業だったとはな」
全く、まさかとは思ったが真実だ。夢之國工業には半永久的に安泰なスポンサーがいるわけだ。騎士団員が一般の武器屋で勝手に武器を調達する事は無い。夢之國工業としても、他の同業者としても。利益を提供してくれる相手が異なるのだから、そもそもお互いを意識する必要も無いという事だ。
だが、そうなると納得のいかない事が出来てしまう。
レナードは、「同業者の全てから疎まれている」と言っていた。だが、そうとは言い切れなくなってきた。何せ、そもそも土俵が違うのだ。
騎士団との専属契約は確かに魅力的かも知れないが、逆に言えば自分達の領域を荒らされずに済むのだ。わざわざ喧嘩を売るメリットは存在しない筈。
──分からない事だらけだな。そもそも、誘拐されているアリスの安否すら掴めないままだし。
ある意味、これが一番の問題だ。金銭目的でも、会社への恨みが動機でも無いとした場合。誘拐の目的として、最悪のケースが浮上してくる。
即ち、アリス本人が目的の場合だ。それならば、身代金は要求する意味は無いし、レナードに何の接触もして来ないのも頷ける。そしてこの場合、誘拐犯はアリスを人質としては扱わない。人身売買の商品か、はたまた自分たちの……まぁ、想像するのも嫌になるが。
ともかく、この場合は状況が既に手遅れの可能性もある。こっちは何も進展が無いんだし、せめて最悪の展開にはなってない事を祈るばかりだな。
そんな風に考え込んでいた俺の前を、巡回中の二人組の騎士が通り過ぎていく。その手に持っているのは、当然。夢之國工業が提供する正式採用型のハルバードだ。
日の光を浴びて輝くその刃は、まるで新品のように眩しい。
街の巡回、か。確か、入団して一年未満の新人が担当するんだったかな。
そんな事を思い出しながら眺めていると、俺は妙な違和感を感じた。何か、記憶と視覚情報に齟齬があるような。
ふと、俺はポケットから一編のカタログを取り出してみた。夢之國工業から立ち去る際に、何となく拝借しておいた無料提供の製品カタログだ。
パラパラ、とページを捲り、ハルバードの種類を確認してみる。今の騎士が持っていたのは──これだ。『騎士団正式採用型アサルトハルバード』。採用されたのは、ヴァルヘイル巡歴二四五年一二月。今から三ヶ月前の事だ。
道理で新品同様なわけだと思った時、俺の思考は一瞬停止した。
このアサルトハルバードとやらに見覚えがあるのは当然だ。今もリアルタイムで実物を目視出来る。
なら──そのすぐ下に載せられたハルバードにまで見覚えがあるのは、どういう事だ?
そこに記載されているのは、『騎士団正式採用型ヘヴィハルバード』。採用されていたのは、 ヴァルヘイル巡歴二四五年六月から、アサルトハルバードに移行されるまでの六ヶ月間。その間、俺は騎士団の人間に会った覚えは無い。
「……っ!?」
俺は思わずベンチから立ち上がっていた。
そうだ、思い出した。このヘヴィハルバード、つい昨日に俺が捕縛した盗賊集団『嵐竜』の構成員の一人が装備していた物だ。斧部分の側面に騎士団の紋章が入っていた為、どうやって手に入れたのかと不思議だったのだが。
騎士団の正式採用装備が一般に流通する事は無い。可能性としては、型落ちした古い装備を破棄した物を入手するくらいか。だが、何の為に? 二~三世代前の武器ならともかく、ついこの前まで使っていた物をさっさと破棄するなんて。普通は騎士団候補生の訓練用とかに回されるんじゃないのか?
本来なら、この疑問を解決するのは今じゃなくて良い。けれど、何故か非常に引っ掛かるのだ。なので、俺は先程の騎士団員を引き止めてみる事にした。
「そこの騎士団の人たち、ちょっと良いか?」
「はい? 何ですか?」
「ちょっと質問があるんだけど。騎士団で使っている武器って、世代交代した古い物はどうしてるんだ?」
俺の質問に、騎士は互いに顔を見合わせてから首を傾げた。
「すみません、正式に騎士になってから日が浅いので」
「そっか……誰か詳しい人とかいないもんかな」
考え込む俺につられるように、騎士の二人も腕を組んで俯いている。と、その片方が何か思い出したように顔を上げた。
「書記士長。この時間であれば、レアス書記士長と面会出来るのでは?」
「レアス? ミッド・レアスか!? うっわ、書記士長なんかになったのかあのオッサン!!」
懐かしい名に俺がうっかりオーバーリアクションをぶちかますと、当然の話だが新米騎士コンビは目を丸くしてから訝しそうな視線を向けてきた。
「あ、いや。昔、ちょっと世話になった事があってね。そっか、書記士長とは随分と偉いポジションに……ハハハハハ」
「ともかく、書記士長であれば、そういった騎士団内での物資の行き先も把握している筈です。城内も一部を除いて立ち入りが自由ですので、足を運んでみては?」
「そうだな、そうするよ。ありがとう、引き止めて悪かった」
自分のミスで居心地が悪くなってしまったので、俺は足早にその場を立ち去る。同時に、騎士から得た有益な情報を頭の中で整理してみた。
書記士長と言えば、騎士団に於いての活動や資金繰り、物資の増減や人員の変動等のあらゆる記録を管理する役職だ。その立場なら、確かに使用していた武器の管理方法も知っているだろう。
それに、まぁ、その書記士長を務めているのが旧知の人物なのだ。これなら、欲しい情報を俄然聞き出しやすいというものだ。
唯一の問題があるとすれば、俺自身が城に足を踏み入れる事に対して気が進まない、くらいか。だが、こればかりは文句も言っていられない。覚悟を決めて、俺は城に続く道を歩き出した。
実は、竜鱗城に向かう為の陸路は存在しない。湖の中心にある城まで一五〇メートルもあるのだ。橋を架けるくらいなら船を渡した方が手っ取り早いと言うわけだ。因みに、この渡し船を操舵するのも騎士の役割だ。ちゃんと給料も出るので、利用も無料。良心的な設定で何よりだ。
そんな事を考えている内に、俺が乗った船は竜鱗城の建つ浮島に辿り着いた。船頭の騎士に礼を言ってから船を降りると、俺はゆっくりと入り口へ歩き出す。
門番の騎士に会釈をして中に入ると、流石は王城という立派な内装のエントランスが広がっている。
「……変わってないな」
俺は一呼吸置いてから、右手側にある受付に常駐している騎士に話し掛けた。
「質問だけど、人に会いたい場合もここに頼めば良いのかな?」
「えぇ、そうですが。会いたい人、とは?」
「グランサス騎士団書記士長、ミッド・レアス。カミカワリュウトって名前を出せば、あっという間に飛んでくると思うよ」
俺の口から出たミッド・レアスという名前に驚き、次いで俺に疑念の眼差しを向けながら騎士は電話を手に取った。
「失礼します、書記士長殿。カミカワリュウトと名乗る方が、面会をご希望なのですが。は? はい、確かにそう──はぁ、了解しました」
今度は受話器を怪訝そうに眺めてから、俺に不思議そうな眼差しを浴びせる。
「すぐにこちらに来るそうです」
「あぁ、もう見えた」
俺の視線の先には、廊下の奥から怒り狂った猪の如き猛進っぷりで駆け寄ってくる初老の騎士。その顔には暑苦しい程の満面の笑顔が搭載されている。
「おおぅ! 嘘か冗談かと思って来てみれば、何だ本当にリュウトじゃないか!! 懐かしい顔を見せてくれるモンだ!!」
「久し振りだな、ミッド。アンタの暑苦しさと声の大きさも相変わらずらしい。よく書記士長なんて大人しそうな職に就けたな」
「ハッハ! 憎たらしい所も変わっとらんなぁ」
笑いながら俺の肩をバンバンと叩くミッド。止めてくれ、肩を脱臼しそうだ。
「ま、感動とは程遠い再会はともかく、だ。聞きたい事があるんだけど、時間は大丈夫か?」
「おぉ、一向に構わんぞ。んじゃ、向こうで話を聞こうじゃないか」
俺とミッドのやり取りを唖然として見続ける受付の騎士を残して、俺はミッドの先導の元に城の廊下を進んでいく。
「しかし、お前が騎士を辞めてから四年は経つのか?」
「……まぁ、そうだな。もう四年になるんだよな」
「暗い返事だな。その感じじゃ、まだ引きずってんのか?ありゃお前には責任は無いって、何度言えば分かるんだ」
「分かっちゃいるさ。けど結局、俺が守れなかった事に変わりは無い」
そう、俺は四年前はここに──グランサスの騎士団に在籍していた。ミッドとはその当時からの知り合いなのだ。
ただ、ある一件をきっかけとして、俺は騎士団を辞めた。そして、ふらふら彷徨った後にフィリンダに辿り着き、今に至るというわけだ。
「まぁ、お前がそう思い続けてる間は、俺じゃ何も出来やしないが……っと、ここだここだ」
ミッドが立ち止まったのは、書記士長という役職に与えられる私室的な扱いの部屋の前だ。あっさりとドアノブを捻って部屋に入るミッドに、俺は溜め息を吐きながら後に続く。
「あのな、ミッド。いくら城の中だからって、部屋を空ける時は鍵くらい閉めとけよ」
「ふん。俺の私室という肩書き以上のセキュリティなぞ知らん」
ごもっとも、と返しながら、やはりこの男の本質には変化が無い事を俺は悟った。
俺が騎士団に所属していた頃、ミッドは突撃隊長だった。つまり、「敵に対して真っ先に突っ込んでいき蹴散らす」のが仕事。その中でもミッドは、体格を活かした突進で敵陣中央に殴り込み、そのまま大暴れ。戦闘が終わって帰って来る頃には鎧も武器も赤一色だった事から、「返り血塗れ」と恐れられた闘争本能の塊みたいな男だったのだ。
「ホント、どうしてお前が書記士長なんだか」
「そう言うなよ、俺も不思議に思ってんだから。どうする、何か飲むか?」
「昼間から体にアルコール入れる気分じゃねぇよ」
「何故酒だと分かった!?」
「お前の手にオレンジジュースが握られている姿が想像出来ないからだ」
そりゃそうかも知れないけどよぉ、と呟きながら、ミッドは備え付けの棚から瓶を一本取ってコルクを抜いた。
「じゃ、葡萄ジュースでも──」
「だからワインだそれは! ノンアルコールの尺度が大き過ぎんだろ!!」
「もう栓抜いちゃったし」
「あぁ、ラッパ飲みしてやがる……」
プッハァー、とワインを飲んだ後のテンションとは程遠い息を盛大に吐いてから、ミッドはドカッと自分の椅子に腰を下ろした。
「で? 話ってのぁ何だ?」
「あぁ。今、騎士団の武器を作ってるのは夢之國工業なんだよな?」
「おぅ。それがどうした?」
「昨日、フィリンダ北東の嵐流沙漠で採石屋を襲っていた盗賊集団・嵐竜を捕縛した。で、ここだけの話だが。その嵐竜の構成員の一人が、三ヶ月前までこの騎士団で採用していたヘヴィハルバードを持ってたんだよ」
「そりゃ本当か」
「あぁ。だから聞かせて欲しい。今、騎士団で使わなくなった武器の処分はどうしてるんだ? 少なくとも俺がいた時は、訓練生の教練用に回していた筈だろう」
ミッドはワイン瓶を机に置いて腕を組み、目を閉じて数秒俯く。そして、顔を上げると「まぁ、そこまでの機密でもないか」と呟いた。
「正直に言うと、あまり知らねぇ。新しい武器が採用されると、その前の武器は全て夢之國工業が回収していくんだ。聞いた話じゃ、溶かして再利用するって言ってたが」
「んじゃ、訓練生の使う武器はどうなってるんだ?」
「現在、騎士団員と訓練生の使用する武器に差は存在しないんだ」
「ちょっと待て」
ミッドの言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
「じゃあ、何か? 騎士団採用装備が入れ替わると、同時に訓練生が使用する武器も同じ物に上書きされるのか?」
「あぁ。つまり、装備が変更されると騎士団員・訓練生を合わせた三八〇名の装備が一斉に様変わりするわけだ。訓練生から騎士団員になった時に、武器の使い勝手が変わるのを防いだ方が良いって事でな」
「理屈は分かるけど、とんでもないな……けど、そのやり方だと夢之國工業は随分と利益率は上がるな。中古品を訓練生に回されてちゃ、その分は商売にならないもんな」
「まぁ、専属契約のサービスって感じだな。騎士団だけを相手にしてるんだ、そのくらいじゃなきゃまともな儲けは出せないだろ」
「成る程な」
例えば武器一本あたりの価格が一万マールとして、一度種類を替えようと思えばその売り上げは三八〇人分で三八〇万マールにもなるわけだ。それなら確かに騎士団だけを相手にしていても商売は成り立つかも知れない。