そして再び相見え(1)
あ、どうも久し振りです。メンタルがアブラムシより柔らかい春間夏です
今回で漸く第三章が終わります。ただし俺も予想だにしない長さになりましたが
……えぇ、文字数でいったら普段の話二つ分くらいには……!!
……とりあえず、ゆっくりご覧ください。また後書きにて
グリムドラゴンが去った──その知らせがグランサスを沸かせる一週間前。
俺は、フィリンダへ帰る為に馬車に乗ろうとしていた。
理由は二つ。一つは、ミッドの容態がこれ以上心配する必要が無いレベルまで快復した事。
もう一つは俺の予想通り、グリムドラゴンへの対処にランファードが動くから、だった。
俺を騎士団に拾い上げ、七聖剣として機能するまでに鍛え上げた張本人だ。その馬鹿げた能力は、俺自身で体感して熟知している。だから、ランファードがグリムドラゴンに関して一任して欲しいという演説をしたと聞いた時点で、もう大丈夫だろうと確信していたわけだ。
今から帰る事をアリスに伝えておこうかと、俺は携帯電話を取り出して……手を止める。
「……折角だし、アリスにプレゼントでも買っていくか。何かあったかな」
何せここはグランサス。女の子に贈る最適な何かがあるに決まっている……が。
「……問題は、俺がそういう場所に縁が無かった事か」
そう、俺自身の知識として全く心当たりが無い。あれかな? あの辺にあるのかな? という予測は出来るが、大体は男一人で歩くには勇気が足りない場所である。
「……どうするかな。俺でも馴染みがあるような場所があれば良いんだけど」
ただ思い付いただけなので、今回は見送っても良い筈だが……何故だかそういう気にはなれない。
「日頃、ずっと支えて貰ってるからなぁ。やっぱり感謝の気持ちはしっかり形にした方が良いよな」
首を捻りながら唸る事、数分。ふと思い出したのは、騎士団の頃に何度か訪ねた事がある職人の工房だった。
「……あの頑固ジジイを頼るのは気が進まねぇけど、腕は確かだしな。試しに行ってみるか」
溜め息をきっかけに、俺は記憶を辿るようにグランサスの通りを進んでいく。幾つか角を曲がる度に次第に路地は細くなり、やがて人がすれ違うにも苦労するような幅になり始める。それが記憶と違わない事を頼りに、俺は野良猫のメインストリートのような道をゆっくりと歩く。
「確か、もうそろそろなんだけど……っと」
目的地に辿り着き、俺はその場所の前で立ち止まった。改めてじっくりと見回して、余計にボロくなってないか? と苦笑する。
二階建ての住宅は屋根の端々が朽ちたように欠損し、二階部分の外壁は殆どが植物の蔦に覆われている。入り口の上に掲げられた看板にすらその蔦は及び、文字の八割が隠れてしまっている。はっきり言って商売をする気が一切無い。少なくとも、六年前にこの場所を訪れた時には看板がちゃんと見えていた筈だ。
ゴルナット工房。それが、このボロ屋の名前だ。
「……まさかとは思うけど、死んでねぇよな?」
縁起でもない事を呟きながら、試しに扉のノブを回してみる……うん、鍵は掛かっていない。そのまま軋むような音がする扉を開き、恐る恐る工房の中を覗き込む。
とにかく薄暗い。路地の奥にある為に日照条件も悪く、電気も点けられていないから見通しがとても悪い。室内に置かれた物のシルエットがボンヤリと浮かぶ程度だ。
「ゴル爺? 死んだのか?」
控え目な声量でそう呼び掛けた直後、室内の電球が光を発して工房の中を照らした。急激な明度の変化に俺が目を細める先で、ゆっくりと立ち上がる人影があった。
「せめて『生きてるか?』と聞け、このクソガキめ。顔の生意気さと礼儀知らずは相変わらずか」
一六〇センチ程度の小柄な体格。頭髪から口元が隠れる程にたくわえた髭の全てが白く染まり、雪だるまのような体型に麻のシャツと、俺が穿いている物と同じ種類の筈だけど、果たして何年使い倒したらそんな風になるの? と首を傾げたくなるくらいにくたびれたジーンズ、そして職人らしさを辛うじて醸し出すエプロンを着た還暦過ぎの老人。
リナルディ・ゴルナット、通称ゴル爺。
この工房の主人その人である。
「工房の外観が酷過ぎるっつぅの。どう見ても廃屋だろ、この状態。三年前に家主死亡とかでも違和感無いぞ」
「寝て、起きて、仕事が出来る。それさえ成立していれば他の条件なんぞどうでも良いわい。で? 何の用じゃ、リュウト。久々に顔を見せた理由は冷やかしではあるまい」
「あぁ……まぁ、ちょっと相談があってさ」
細く鋭い視線で促され、俺は工房を訪ねた理由を説明する。曰く、一緒に暮らしている女の子に日頃の感謝を込めて何か贈ろうと思うのだが、ゴル爺の腕で作って貰えないだろうか、と。
俺の言葉を時折頷きながら聞き終えたゴル爺は、最後に一つ大きく頷いてこう返答した。
「なんだ、クソガキが色気付いただけじゃねぇか。面倒だから素人に毛が生えた程度の連中が金儲けの為に作ったしょうもねぇ既製品でも買って帰れ。まずここから帰れ」
「こっっのクソジジイ……」
舌打ちしながら工房の奥に戻ろうとする後頭部を一発殴りたい衝動を堪えて、俺はゴル爺がやる気になりそうな言葉をその背中にぶつけてみる事にした。
「日頃の感謝を半端な物に預けたくねぇんだよ。だから本物の職人を頼ってんだろ、リナルディ・ゴルナット」
ピタリ、と立ち止まったゴル爺は、木の枝のような指で簡素なカウンターをトントンと叩く。余す右手で髭を撫でながら暫く思案してから、こちらを振り向かずにポツリと呟いた。
「……その嬢ちゃん、髪は長いか?」
「ん? あぁ、腰の辺りまであるから結構長い方だと思うけど」
「──蛍照石。それと、トチヤドリギの螺旋樹皮だ。その二つを揃えれば、ヘアピンと髪留め用のリボンくらいは作ってやる。さっさと行け」
「蛍照石と、トチヤドリギの螺旋樹皮か……分かった。恩にきるぜ、ゴル爺」
素材の名前をしっかり記憶し、俺はゴルナット工房を飛び出すように走り出し。
「……で、それはどこに行けば手に入るんだ?」
三秒後にとんぼ返りして、ゴル爺に盛大な溜め息を吐かれた。
*
「──トチヤドリギはミネスの丘、蛍照石はトローネ川の上流か。……それはともかく、この地名は先人の悪ふざけか?」
もしかして川の水はホールトマトをぶち撒けたような赤色だったりするのだろうかと考えかけて、何の意味も無いので首を振って中断する。
「場所自体はそこまで遠くはないけど、問題は蛍照石か。素人じゃ、夜にならないと普通の石と区別がつかないって言ってたしな」
外見の特徴としては、丸みを帯びた滑らかな表面の石らしい。が、それだけでは確実に見分ける事は出来ない。しかし、夜になるとその名の通り、蛍のような淡い光を発するそうだ。
「まずはミネスの丘に行ってトチヤドリギの螺旋樹皮を探す。で、トローネ川で夜を待って蛍照石を探す……必然的にこの流れか」
ぶつぶつと呟きながら、俺は馬車を使わずにグランサスを出た。使っても問題は無いが、ミネスの丘に着くまでが早過ぎて夜を待つのが長くなる。どうせ時間を潰すなら、自分の足で歩いている方が性分に合う。
「ミネスの丘までが約四キロ、そこから北西に一キロ進むとトローネ川の上流か……特に危険な魔物とかは居ない筈だから、俺も七聖剣の頃を含めて行った覚えは無いな。初見の場所だって事を加味すると、少し苦労しそうではあるな」
暇潰しに近い感覚で頭の中を整理しながら、景色を眺めつつ均された土の道を歩き、一キロくらい進んだだろうか。
俺の目の前に、三つの影が躍り出た。
「ヒャーハッハー! おい兄ちゃん、命が惜しけりゃ金目の物をあるだけ置いて『悪い、邪魔』いきゃふっ!?」
どうやら盗賊だったらしいその口上を最後まで聞かず(失礼かと思って先に謝罪はした)、俺は鈍鉄で適当に脇腹の辺りを軽く殴って道の横に弾き飛ばした。思っていたのと一八〇度違う超展開に、残された二人が姿勢も定まらず「え? あれ?」とアタフタしているので、ついでとばかりに尋ねてみる。
「あ、お前等さ。ミネスの丘の方って縄張りだったりするか? トローネ川の辺りまでぶらついてるなら好都合なんだけど」
「はっ、はははははハイィッ!! 頻繁にという程ではありませんが足を伸ばした事はありますですっ!?」
上司に不手際を問いただされた部下のように直立し、空に向けて声を張り上げる盗賊B(仮)。ちなみに俺を脅そうとして吹っ飛ばされた盗賊Aは小刻みに痙攣している。まぁ手加減したから大事にはならないだろうけど。
「今からそっち方面に行くんだけど、厄介な魔物とか居たりするか?」
「いやもうこれっぽっちも! 我々のようなチンピラがピクニック出来ちゃう程度には平和な場所でありますっ!!」
「そっか、サンキュ……じゃ、これ。情報料とそいつの治療費」
財布から三〇〇〇マールを取り出して渡すと、盗賊Bは五体投地で「ありがたき幸せぇー!!」と俺への感謝を叫び、Cと共にAを担いで足早に消えていった。……うん、普通なら騎士団に即通報なんだけど、ちょっと面白い連中だったから許そう。
「じゃ、安全確認も出来たし。まずはミネスの丘を目指しますか」
*
「──騙されたぁぁぁあああ!!」
絶叫だった。周囲に人影が無い事を幸いと、あらん限りの絶叫だった。
因みに矛先は、さっきの盗賊……ではなく、ゴル爺に向いている。
「ふざけやがって……トチヤドリギの螺旋樹皮からして、ゴリッゴリのレアアイテムじゃねぇか」
ミネスの丘を歩き回っても見付からないので、さっき携帯電話を使ってレイジに情報提供を求めた。そしたら「は? 何してんのお前、暇なの馬鹿なの? あぁ両方か」と久々に喧嘩を売り付けてから、こんな情報をくれたわけだ。
まず前提として、トチヤドリギから直接樹皮を剥がすのはアウト。樹が枯れてしまうそうだ。よって自然に剥がれ落ちた樹皮から探すしかないのだが、その樹皮の中に螺旋状に丸まった物が発生する確率は──。
五〇〇〇分の一。
……更に、ゴル爺が「ベストだ」と言っていた一メートル程度の長さになる樹皮だと、確率が倍に跳ね上がるそうな。
しかも、丘という場所の広さを甘く見ていた俺が悪いのか、ミネスの丘は東西五キロ、南北三キロに渡る。そんな広大な空間に転がるレアアイテムを見付けるのに比べれば、フィリンダの中で猫を探す程度は朝飯前である。
「せめて全体を見渡す為に、一番高い場所まで来てはみたけど。そんな低確率の代物、パッと見付かるわけが……」
無いだろ、と続けようとした俺の目の前、直線距離約一〇メートル。自然に出来たとは思えない程に綺麗な螺旋を描き、伸ばせば確実に一メートル以上あるだろう、まさしく俺が探し求めていたトチヤドリギの螺旋樹皮ではないか──と確認した時、俺を追い越すように丘に風が吹いた。
さて、俺の現在地はミネスの丘で一番高い場所。そんな俺の背後から、丘をなぞるような風が吹き、隙間が空いているものの円筒のようになった螺旋樹皮を押すとどうなるか。
……遮蔽物なんて殆ど無い丘の斜面を、景気良く転がっていくのを見送る事一〇秒あまり。
「……待てやコラァァァアアア!!」
まるで財布をひったくられたような怒号と同時、俺は一歩目から全力疾走の構えで丘を駆け下りた。
*
「……っ、はぁ、はぁっ……よ、しゃぁ……トチ、ヤドリギの、らせんじゅひ……げ……げぇ、おぇ、げっとぉぉえ」
地面にうつ伏せで倒れる俺の右手には、しっかりと螺旋樹皮が握られている。……息も絶え絶えで情けない? だったら緩やかな下り坂を無酸素状態で四〇〇メートルも走り続けてみろ。頭の中身がどこかに逝ったんじゃないかと不安になるくらい疲れるんだから。
「と、ともかく、後は蛍照石だ。日が暮れる前にトローネ川に着けば良いんだし、少し休憩しよう……」
呟いて仰向けになり、右手の力を緩めて……ふと気付くと、樹皮の感触が無い。
起き上がって周囲を見渡すと、さっきまで俺の手元にあった筈の螺旋樹皮を、翼を広げると大きさが一メートルに届くコウテイコウゲンカラスが太い嘴で咥えていた。
……そう言えば、今の時期って巣作りを始める頃だっけ。そうかそうか、巣の素材を頑張って集めてるんだなー。あ、丁寧に一礼してから飛んでいったわ。いやー礼儀正しいなー、いっそ清々しい気分だわー……。
「なわけあるかボケェェェエエエ!!!」
その後、丘を駆け、森に入り、杉の上で泣きたくなるくらい突かれ。
三〇分を費やしてトチヤドリギの螺旋樹皮を取り返した俺は、ぐったりとして呟いた。
「……あれか、今日は厄日だったのか。教えてくれれば用心しといたってのに」
せめてもの救いは平和な場所で平和な採集をしていた事か。このタイミングで変異種と出くわしてたら多分死んでた。
いや、これからエンカウントする可能性も捨て切れな──考えたら負けか。
「……さて、もう奪われないようにしておかないとな」
上着の内ポケットから取り出したのは、三日前にレナードから呼び出され、夢之國工業で渡された試作品のバックパックだ。畳まれた状態ではポケットに収まる程のコンパクト性を持ちながら、展開すれば幅五〇センチ、深さ一二〇センチまで広がるという画期的な代物だ。
……まぁ、しっかり空気を抜きながら丁寧に折り畳まないと元のサイズに戻らないらしいけど。その欠点は承知の上で、現状の仕様での使い勝手を確かめて欲しいらしい。
「バックパックそのものとしての品質は充分そうだな。……後はちゃんと畳めるかどうかだけど」
一抹の不安(主に自分の器用さの欠乏による)を呟きながら、俺はバックパックにトチヤドリギの螺旋樹皮をしまって収納口をしっかり閉じた。軽量化も施されているので、この程度の収容物なら持ち運びにも不自由は無さそうだ。
「今までの流れだと、もうトローネ川に出発した方が良さそうだな……何が起こるか分からねぇし」
この一言がフラグにならない事を祈りつつ、俺はバックパックを担いでトローネ川を目指して移動を開始した。




