討伐隊、起(た)つ(2)
俺の要望を受けて、ミッドは俺とレイジを特別客員待遇という形にしてくれたようだ。謁見室や国王の居室のような例外的な場所以外にはフリーパスで出入りが可能らしい。
そんなわけで、俺は竜鱗城の中をゆっくりと歩いていた。
と言っても、四年前までは現役の七聖剣として見慣れた光景だ。特に変化した場所も見当たらないので、ただの通路で感傷に浸るつもりも無い。
記憶と足が覚えたままの道筋を辿り、最後の角を曲がる。そこに存在する、俺の目的地は──。
「……変わってないな、本当に」
午後の陽光を受けて、自身を輝きで彩る花々。備えられた噴水が立てる微かな水音と、微風が鳴らす葉擦れの音だけがこんなにも目立つ居心地の良い静寂。
そして──その全てを見守るように立つ、齢一〇〇を遥かに超えても衰えを見せない、この城を建てる前から浮島の中央に主として存在し、そのままの姿を残すグランサスの『神樹』とでも呼ぶべき大樹。
七聖剣だった頃の俺が、好んで任務以外の時間を過ごしていた──竜鱗城の中央庭園。
「懐かしい風、懐かしい温度、懐かしい静けさ……久し振りだな。ここだけは、いつ来ても心が落ち着く」
昔は少し失敬してあの大樹の太い枝に登り、幹に背を預けて時間を気にせず昼寝をしてたからな……今やったら怒られるだろうか?
「……怒られるまではセーフって事で」
そう判断して、いざ四年振りの特等席へ足を踏み出した時だった。
「やれやれ。変わらないな、リュウト」
背後から、声。
そう判断するまで、一切の気配を感じられなかった──いや、感じさせなかった。
「……お前の方こそ。元同僚にまで気配を消して近付くとか、徹底し過ぎだぜ」
青に近い色味を含んだ黒髪。脱力して立っているだけなのに、攻め込む隙が全く見当たらない。腰に差した長剣は、必要最低限の装飾すら無いシンプルな物だが、その正体は『鋭究不滅』と銘打たれた反則級の代物で、尋常ならざる斬れ味と刃毀れ一つする事も無い頑強さを併せ持つ。それ程の武器であるが故に、持つ事が許されるのはグランサス騎士団で……いや、ヴァルヘイル全土で、たった一人。
「七聖剣第一位。ウェルドール・アルスタス」
騎士団として考えれば軽装と呼ぶべき、丁度さっきまで俺が試着していたような鎧(上半身はレザーメイルではなく金属製のブレストプレートだが)の上に薄手のハーフコートを羽織ったその姿は、四年前と殆ど変わらない。パッと見はただの舌打ちをしたくなるようなイケメンだが、その実力は正真正銘の騎士団最強だ。
「聞いたよ。今回の作戦──死蝿群との戦いに参加するらしいな」
「あぁ、どっかの誰かが動かないお陰でな」
「分かっていて言っているだろう? 我々は表向きの作戦には参加出来ない。それが変異種絡みなら尚更だ」
俺の皮肉に苦笑しながら、七聖剣の現状は変わっていないと話すウェルドール。しかし、それでは説明が付かない事柄があるのだ。
「……そうか? 風の噂で、化物と戦う化物じみた人間を見たって話があったぜ」
「…………あぁ、もしかするとアイツの事かもな。第五位を補填したんだが、少し落ち着きの無い奴でな。色々と勝手にやっている節もある」
「……部隊として大丈夫なのか、それ……と、言いたい所だけど。昔からそんな感じだったな。けど流石に、変異種と戦闘してるのは注意しとけよ」
「そうだな、後で確認しておこう」
ウェルドールの表情や口振りからは、目立った感情を読み取る事が出来なかった。今の言葉を嘘か真か判断するのは難しい──四年前の時点でそんな傾向は見えていたが、俺が騎士団を離れていた間に完全に仕上がったらしい。レナードとは違う形で、言葉の裏を見る事が出来ない。
「……で、俺に今更何の用だよ? 偶然通り掛かったわけじゃないんだろ?」
「あぁ、そうだった。リュウト」
ウェルドールが俺の名を呼んだ直後、中央庭園を風が吹き抜けた。ザァッ……と枝葉が揺れ、その音が静まった後で改めて話を切り出された。
「──七聖剣に戻る気は無いか?」
「……何かと思えば」
ウェルドールの本題に、俺は鼻で笑って返す。わざわざ出向いて何を言い出すのかと思ったら、本当に何を言っているのやら。
「お前がさっき言ったんだぞ? とっくに第五位は補填したんだろうが。他に欠員が出ていないなら、俺が戻る必要なんて無いだろ」
「必要性は関係無いさ。私はお前の意思を聞いているのだから」
「どちらにせよ、戻る気は無ぇよ」
短く、しかし確固たる決意を持って拒否する俺に、ウェルドールは「そうか」と呟いた。
「それは残念だ。しかし、そこまで迷いが無いとは思わなかったよ。しかも言葉が前を向いている──どうやら、守るべき場所を見付けたらしいな」
「そうか? ……まぁ、そうかもな」
守るべき場所──そう言われて真っ先に浮かんだのはアリスの顔だった。
と言っても、アリスに出会っていなかったら今の誘いを受けたか、と聞かれればやはり否だ。七聖剣に戻るという選択肢は、俺の中に最初から存在していない。
ただ、その理由を聞かれても俺は答えられなかっただろう。ただただ戻りたくないと言うだけで、およそ前向きとは言えない拒絶しか出来なかった筈だ。そう整理してみれば、ウェルドールに「言葉が前を向いている」と言わせるだけの物を、アリスから貰ったって事か。
そう頭の中で行き着いた俺の顔に、自然と笑みでも浮かんでいたのだろうか。ウェルドールがどこか自嘲するような笑顔で呟いた。
「全く、羨ましい限りだよ」
「……? お前がそんな風に言うとは思ってなかったけどな」
「七聖剣は文字通りの剣だ。本質的に滅ぼす側の立ち回りであり、救い、守るというのは結果であって目標ではない──私に守るべき場所は与えられていないよ。明確に設定されているのは敵だけだ」
「まぁ、確かにそうかも知れねぇけどさ」
ウェルドールの言っている事は、確かに間違っていない。以前アリスに俺が説明した時にもそう表現したように、近衛隊は盾であり、七聖剣は剣だ。敵を滅ぼすのが目的で、結果として何かを救い、誰かを守る。
そういう意味では、ウェルドールに守るべき場所は無いのかも知れない。
けれど、そう明言してしまうからこそ──。
「やっぱりお前は、頭が固いよ」
俺の指摘に、ウェルドールは興味深そうに首を傾げるのみだ。頭ごなしに反発しない辺り、相手の言葉を聞く柔軟性はしっかり持っているんだけど。自分一人で考えていると融通が利かない、と言うのが正しいのか。
「確かに、七聖剣の役割として守るべき場所は無いのかも知れない。けどさ、ウェルドール……お前が守りたい場所は、勝手に決めても良いんじゃねぇのか?」
それは、かつての俺が選んだ道。
「時には重圧になる。苦しみにもなる。背負う事が辛くなるし、怖くなる事だって何度もある。けど──それ以上に、力になる。失った時の絶望は計り知れないけれど、貰った希望は必ず前を向かせてくれる。それだけの影響力を持つ存在は、きっと誰かに与えられるモノじゃなく、自分で見付けるモノだと思うけどな」
「……リュウトに言われると、説得力が違うな。希望を失った時のお前を見ていた私に、同じ道を進んでみろと?」
「お前なら失わずに済むと思っているからだよ、ウェルドール」
「随分と重い期待だな」
苦笑しながら、ウェルドールは鋭究不滅の柄頭に手を置いて思索を巡らせる。やがて庭園の空気をスゥ、と吸い込んで口を開く。
「まぁ、検討してみよう。お前の意見にも一理あるしな……しかし、これだけは譲れないので言っておこう」
城の中へと踵を返して、空を仰ぎ見ながらウェルドールは俺に対してその言葉を口にした。
「──失わずに済む者は誰も居ない。その点において、世界は残酷なまでに平等だよ」
俺がその意味を問い返す暇も無く、ウェルドールは中央庭園から立ち去ってしまった。再び一人になった俺が呟いた推測は、神樹の幹に吸い込まれていった。
「ウェルドール……まさか、アイツも……?」
*
「──明日、作戦決行のようですな」
五月二四日・夜。
金髪青眼の男がその声に振り向くと、いつかのように闇から溶け出す形で『匿名情報』が姿を現していた。
「あぁ、さっきミッドが報告に来ていたよ。しかし、君から出て来るのは珍しいね?」
「意趣返しとでも思っていただければ。普段の私の気分を味わえたでしょうか?」
「君にやられると洒落にならないね。暗殺されるのかとヒヤヒヤするよ」
「そんな事はしませんよ。……出来るとすれば私だけでしょうけれど」
不穏な冗談の応酬で低く笑う二人。やがて、『匿名情報』が自ら赴いた動機を男に問い掛ける。
「……貴方の目から見て、今回の作戦。成功すると思いますか?」
「現状の最善手だと思うよ。あの三人なら成功させるだろうと信じている」
「では──犠牲者は出ないと思いますか?」
「そればかりは何とも言えないね」
本来最も希望的観測をしたくなる質問に対し、男はアッサリとそう返した。
「戦場はそれ自体が不確定要素の塊だ。どんな勝算を掻き集めても、どんな強者を寄せ集めても、盤上には無い現実に一〇〇パーセントは存在しない。犠牲者ゼロで負ける時もあれば、犠牲者一〇〇人で勝ちを拾う戦もある。一度始まった戦いは、終わるその時まで結果は分からないよ」
「……やはり、貴方が言うと重みが違いますな。その足で数多の戦場を駆け抜けただけの事はある」
「まぁ、ね。だけど、リュウト達は僕の想像を何度も裏切っているし。だから、僕の正確な答えは『分からないけれど、犠牲者は出ないと信じている』……かな」
「……成る程」
男の結論に、『匿名情報』は深く頷いてゆっくりと踵を返した。
「では、私もそう祈りましょう。誰にも死んで欲しくないという想いは、私も同じですから」
そう言い残して、『匿名情報』は再び闇の中に消える。その気配が消えた事を確信してから、男はゆっくりと息を吐いた。
「そうだね。僕も君も、これ以上──必然外の喪失は避けたいからね」
*
五月二五日・九時〇〇分
グランサス・大通り
グランサスの入口である、延長線上に竜鱗城を見据える事が出来る大通り。
この場所に、本来はグリムドラゴンを撃退する為に選ばれた──現・死蝿群討伐隊の騎士五〇名が五列編成で整列している。
そしてその列の正面に、ミッドが自分自身のサイズに調整された鎧──俺が試着し、今も装備している物と同じタイプだ──を着け、竜鱗城を背に置く形で立っている。
討伐隊の背後、グランサスの出入口側には多数の馬車が控え、その荷台には、騎士が搭乗する鎧や食糧等が積まれている。
そして俺とレイジは、グランサスの出入口の両端に並び立つ門柱にそれぞれ背を預けていた。レイジは愛銃の狼皇の最終チェックをしていて、俺はと言えば……特に何をするわけでもなく、ただその時が訪れるのを待っていた。
「……あ〜、討伐隊五〇名、欠員無しと確認。物資に不備は無いか?」
「問題ありません」
ミッドと騎士のそんなやり取りが聞こえ、俺は意識を隊列の方に向ける。レイジも狼皇の整備を終えて、同じように視線を移していた。
「そうか。……まず、こうして五〇名が欠ける事無く集まってくれた事に感謝する。グリムドラゴンの時点で厄介だったのに、死蝿群という変異種を相手にするとなった時点で大半は辞退するかと、正直思っていたからな。変わらず闘志を燃やしてくれている事を、グランサス騎士団としての誇りを持ち続けてくれている事を、本当に嬉しく思っている」
そこで言葉を切ったミッドが懐から取り出したのは、諜報隊が持ち帰った死蝿群の兵隊が閉じ込められた小瓶だった。それを頭上に掲げて、ミッドは再び言葉を紡ぐ。
「死蝿群が居ると証明する為、この小瓶一つを持ち帰る為に諜報隊の騎士が一三人死んだ。その犠牲に挫けるのではなく、報いる為に命を賭した一人が居た。だからこそ俺達がここに集まっている。出発する事が出来る──そして、応える事が出来る」
小瓶を懐に戻して、ミッドは深く息を吸い、吐き、書記士長としての言葉を終えた。
そして、次に顔を上げた瞬間──その表情は、間違い無くかつての突撃隊長の、『返り血塗れ』のものだった。
「──良いか、よく聞け! 肝に銘じろ、魂に刻め! 今から始めるのは徹頭徹尾の戦争だ!! 俺達の同胞を殺した事を、薄汚い蝿に思い知らせてやる弔い合戦だ!! 悔しいだろう、腹が立つだろう、殺してやりたいだろう!! 大いに結構! 売られた喧嘩だ、ありったけの持ち金を叩き付けて買い占めろ!! 逃げ場を無くしてぶん殴れ! 謝っても手を止めるな、泣き出したら泣き止むまで殴れ!! 俺達は討伐隊! 討ち滅ぼす為に集った、我慢の限界をとっくの昔に打ち抜いた、誇り高き蹂躙者だ!! 猛々しく荒ぶれ、野郎共──」
そこで大きく息を吸い込み──ミッドの咆哮は天を衝く。
「──赴くままにぶち殺せぇえええ!!」
「オォォォォオオオオ!!」
続く討伐隊の騎士が発した咆哮が空気を震わせ、グランサス中に響き渡る。その一部始終を眺めて、俺はレイジに呟いた。
「……やっぱアイツ、前線に居た方が良いんじゃねぇの?」
「同感だ」
あの集団の先頭で「俺達に許されているのは殺す事だけだ! 必ず生きて殺し尽くせ! 死んだら殺すぞ!!」と叫んでいるのが書記士長……冗談以外の何物でもない。山賊の首領だろアレは。
「……まぁ、言葉の内容には概ね賛成だけどな」
「それも、同感だ」
小さく笑い合って、俺とレイジは門柱から背を離す。時を同じくして、ミッドがついにその言葉を口にした。
「今より俺達は五三名でグランサスを出て、五三名でグランサスに帰還する! 胸を張り前を向け! 躊躇う事無く堂々と進め!! グランサス騎士団・死蝿群討伐隊──出陣!!」
「応ッ!!」
動き出す隊列。馬車が進み、隊列を崩さずに騎士が進み──それを見送った俺達は、最後に歩いて来たミッドに並んで小さく告げる。
「じゃ、行くか」
「憂さ晴らしと洒落込みに」
「あぁ。頼らせて貰うぜ、二人とも」
頷き、並んで歩き出す。
五月二五日・九時一〇分。
グランサス騎士団・死蝿群討伐隊、出発。
……どうして森に入れなかったんだろう。後書きを書いている今でも不思議です。まぁ至極いつも通りの計算違いなんですが
次回で漸く本番です。長くなったなー、何でだろうなー
それでは次回、死蝿群のチート性能が明らかに!FPSでこんな敵いたらソフト叩き割るぜ!
ではまたいつか




