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最悪の依頼(1)

どうも、皆さん。春間夏です。

約半月で続きが書けました。いつもこのくらいで書ければ良いのに……


何はともあれ、余計な事は書かずに本文いきます。


どうぞごゆっくり~


追記:第3話以降の話との齟齬・違和感を軽減する為、リュウトとレナードの会話シーンを一部修正しました(2018/07/02)




「……最悪の依頼?」


 珍しく深刻な顔をしているレイジに首を傾げながら、俺はその言葉の意味を探ろうと思案を巡らせてみる。


 どういう種類の最悪、なのだろうか。

 素材の納品であれば、数が異常に多いのか。納品までの期間が余りにも短いのか。素材の種類が珍しい物なのか。魔物の討伐であれば、討伐対象が変異種等の第一級危険生物なのか──。

 そこまで考えて、俺は心の中で否定した。

 どれも質が悪いのは確かだが、レイジは()()()()の依頼なら「厄介」くらいで済ませる男だ。そんな奴が真顔で「最悪」なんて表現をするとなると、今までに存在しなかった種類の依頼、という事だろうか。


「まぁ、とりあえずはコイツを頼む」


 一度、場を包む緊張感を緩和しようと、俺は嵐竜(らんりゅう)の件の証明書をカウンターに差し出した。レイジもそれを確認して「あぁ」と頷くと、いつも通りにカウンター横の金庫から報酬の一五〇〇〇マールを取り出した。


「ほら、お疲れさん」


「おぅ」


 俺はその報酬を素直に受け取り、半ば習慣のようにドリンクコーナーでコーヒーを二つ()れると片方をレイジの前に置いた。


「──で。何だよ、最悪の依頼ってのは」


「……出来れば、お前にだけは聞かなかった事にして欲しいが。しかしまぁ、このタイミングでリュウトが来てしまったのも、何かの巡り合わせ、か」


 フゥ、とコップの上に漂う湯気を息で払って、コーヒーを一口飲むと、息を吐き出す勢いに任せてレイジは口火を切った。


「特級王国型都市『グランサス』に本社を構える、『夢之國(ゆめのくに)工業』を知ってるか?」


「あぁ。確か、夢の国なんてファンシーな名前のくせに、軍需産業をメインに扱ってる会社だな。時代の最先端を追求した新型武器を造る事に闘志を燃やしてるとか」


「そう、その夢之國工業だ。そこの社長、レナード・アンダーワールドの一人娘が誘拐されたそうだ」


           *

          第一章

     夢之國工業社長令嬢誘拐事件

           *


「ふぅん、誘拐ねぇ……誘拐!?」


 手に持ったコーヒー入りの紙コップを握り潰さなかったのは我ながら上出来だと思う。

 気を落ち着ける為に、溢れそうになったコーヒーを(すす)る。神経が味覚に集中したからだろうか、いつもより苦く感じたそれを飲み下してから俺はレイジに向き直った。


「そんなモン、王国騎士団の警備隊が管轄する話だろ。何で仲介所(ギルド)に依頼が回って来てんだよ?」


「だから最悪の依頼なんだ。こんな依頼を真っ当に遂行出来る職種の人材なんて、どこの仲介所(ギルド)も抱えちゃいない。かと言って、考え無しに突き返せるような内容じゃないからな」


「……成る程な。確かに始末に負えない内容だ」


 そこで一度、会話が途切れた。レイジ以外の職員も、会話はおろか作業さえ中断してこちらの会話の行く末を気にしている。


 ──いや、正確には期待している、のか。


 そう、何となく分かっていた。仲介所(ギルド)に入って最初にレイジの顔を見た時から、「あぁ、俺しかやる奴がいないんだ」と。

 だからこそ、レイジも依頼の内容を話し出す前に、「聞かなかった事にして欲しい」という言葉を漏らしたんだろう。

 どんな依頼かを最後まで聞けば、俺が請け負ってしまうと理解していたから。本当なら無かった事にしてしまいたい面倒な依頼に、俺が首を突っ込んでしまうと予想出来ていたから。


 だが、そこまで予測出来ていて、本当に俺に関わって欲しくないなら、最初から俺に「最悪の依頼が飛び込んで来た」なんて言わなきゃ良かっただけの話だ。そうすれば、俺は盗賊捕縛の報酬だけ貰って、意気揚々と家路を辿っていたのだ。

 なのに、仲介所(ギルド)に入るなり俺にそれを伝えたのだ。その時点で、レイジは俺にこの依頼を任せる気だったんだろう。


「なぁ、レイジ。その依頼、報酬ってどうなってんだ?」


「提示無し。つまり、依頼を請け負った人物の要望に全て応えるって事だな」


「ヒュゥ、気前が良いな。ま、一人娘が誘拐されたんなら、その必死さも理解は出来るか」


 わざと楽天的な態度で返して、俺はレイジに向かって左手を突き出した。


「依頼明細、ぷりーず」


「……お前を止めた後のアテも無い。今回ばかりは頼らせて貰うぞ、リュウト」


 俺の左手に依頼明細を掴ませると、レイジはいつになく鋭い視線を俺に向けた。


「だが、慎重にやれよ。この依頼、どうも嫌な予感がするからな」


「オーライ。元々、派手に動ける内容じゃないさ」


 依頼明細によると、誘拐された娘の名前はアリス。未だ犯人側からの要求は無く、姿を隠したまま沈黙を続けているという。


「詳細が掴めないな。こりゃ、明日にでもグランサスに行ってみる必要がありそうだ」


「──なら、今回は俺も協力してやるか」


 呟くと、レイジはスーツの上着を脱いで、ワイシャツのボタンを首許(くびもと)から二、三個外した。時計を見ると、一八時。成る程、仲介所(ギルド)の通常業務は終了というわけか。


「お前がグランサスに行っている間に、俺はフィリンダの周囲に妙な動きが無いか探ってみるとしよう。何かの足しにはなるかも知れないからな」


「サンキュ、レイジ。明後日の午後には戻って来ると思うから、その間こっちは頼んだ」


 俺の言葉への返事として片手を一度だけ振って、レイジは仲介所の奥に引っ込んでいった。


         *


 翌日、一三時。

 俺を乗せた馬車は、フィリンダから五時間掛けてグランサスに辿り着いた。馬車が横列編成で五台は通れそうな大通りで降りた俺は、先ずは座り通しで凝り固まった全身を軽くストレッチして(ほぐ)した。


「……グランサス、か」


 多くの人で賑わう街中を見渡して、俺は無意識に呟いていた。

 そして、俺の視線はある一点に固定された。

 グランサスの中央に存在する、グランダース大陸で最大の湧水量を誇る湖。直径五〇〇メートルの大きさと一〇〇メートルという深度から、竜の住み処と噂された事から名付けられた『棲竜湖(せいりゅうこ)』。その中心に存在した浮島──これも直径二〇〇メートルという大きさなのだが──の上に建造された城。かつて、この棲竜湖(せいりゅうこ)周辺の土地を巡る戦争に勝利し、グランサスを造り上げた英雄にして、現グランサス国王、ランファード・アルヴィレートの居城。その壁面は、湖からの陽光の反射で青碧色に彩られている。その様相から付けられた名は『竜鱗城(りゅうりんじょう)』。


 観光客とは少し違う目線でその姿を(しば)し眺めると、俺は短く息を()いてから町を歩き出した。


 グランサスの北東区域に設けられた工業区。その中でも最も大きな敷地を持つ会社を俺は訪れた。何を隠そう、ここが夢之國工業。今回の誘拐事件の当事者なのだ。

 広大なエントランスを歩いて行くと、受付に居た応対役の女性がこちらに会釈してきたので、俺も少し頭を下げる。


「夢之國工業へようこそ。お客様のご用件はどのようなものでしょうか?」


「あー……社長。レナード・アンダーワールド氏はいらっしゃいますか?」


()りますが、アポイントメントは?」


「うーん、取ってないんですけど」


 ここまで話してみて、社員が随分と冷静というか、通常通りに仕事をこなしている事は確認出来た。途中で横を通り過ぎていく他の社員の中にも、不自然に急ぐ素振りが見られる者は居ない。

 ここで俺は、誘拐事件に関しては社内でも内密にされているのだろう、と推測して、次の言葉を紡ぎ出した。


「──試しにレナード氏に確認して貰えませんか? あなたが出した依頼を受けた者です、と伝えてくれれば」


「……少々お待ちください」


 受付の女性は社内用の内線電話を取ると、電話の向こうと何度か言葉をやり取りして受話器を置いた。そして、訪問者用の入社許可証を受付のカウンターの上を滑らせて俺の前に差し出す。


「左手のエレベーターで七階へ。通路を左側へ歩いた突き当たりの部屋にどうぞ」


「どうも」


 許可証を人差し指と中指で挟んで持ち上げて、俺は言われた通りにエレベーターに乗り込んだ。途中で誰かが乗り込んでくる事も無い──いや、正確には乗り込む余地が無い。どうやらこのエレベーター、七階への直通なのだ。停止階を選択するボタンも、一階と七階だけ。清々しいまでの直行直帰専用便。

 つまり、ただの来客如きを相手に、社内を見て回られる義理は無いって事か。随分と秘密主義な会社だな。

 そんな事を考えている間に、エレベーターの停止音が響いて扉が開いた。通路に出てみると、左右に長い廊下が続いているが、右に関しては防火シャッターのような扉が塞ぎ、おまけにドアの横にはカードを通過させるようなスリットと、暗証番号を入力する為のパネルが設置してある。つまり、これもただの客が単独で通る事は不可能。


「いよいよ徹底してんなぁ、おい」


 感心と呆れをない交ぜにした言葉だけ吐き捨てておいて、俺は通路を左に歩く。

 左手側をガラス張りにされた通路から見えるグランサスの風景を眺めながら進むと、やがて見えた突き当たりに扉があった。応接室、というプレートが付けられた扉をノックすると、中から良く通る声で「どうぞ」と返事があったので、扉を開けて部屋の中へ足を踏み入れる。


「失礼します」


 応接室の中央に備えられたテーブルの向こう、ソファに腰掛けていた人物が(おもむろ)に立ち上がる。

 見る相手に好印象を与える長さに整えられた金髪に、外見からでは五〇代前半とは判断出来ない程に若々しい顔立ち。凛とした佇まいは、人に抜群の信頼感を植え付ける。リーダーシップの塊と言えるこの男が、夢之國工業を一代でグランサス最大手の企業に成長させた敏腕社長、レナード・アンダーワールドだ。


 レナードは、俺に対して柔和な笑みを浮かべて一礼すると、自分の対面にあたるソファを手で指し示した。


「よく来てくれました、夢之國工業の社長を務めています、レナード・アンダーワールドです。迷いませんでしたか?」


「カミカワリュウトです。一方通行みたいなモンでしたから、その心配は無かったですね」


 ソファへ移動しながらの俺の言葉に、「セキュリティが厳重で申し訳無いです」と苦笑して、レナードは再びソファに座った。それに(なら)って俺も腰を下ろすと、直後にこんな言葉が飛んで来た。


「あぁ、私に敬意を払う必要はありませんよ。他の社員も居ませんし、楽にして貰って構いません」


「カリスマは器の大きさが違うな。それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ。早速だけどその後、犯人側から何か要求は?」


 俺の質問に、レナードは表情を暗くして首を横に振った。


「いいえ、何も。相手の目的も分からないままです。身代金でも要求してくれれば、いっそ分かり易いんですが」


「妙だな。一流企業の令嬢を誘拐しておいて、身代金も要求して来ないなんて」


「えぇ。やりにくい相手です」


「──まぁ、妙なのはアンタも同じだけどな、レナードさん。どうして警備隊に事件を伝えず、こっちに依頼を出したんだ?」


「あぁ……困った事に、騎士団を頼りづらい事情があると言うか、借りを作ってしまうのはなるべく避けたいと言いますか。しかし、アリスを無事に無事に救い出す確率を上げる為にも手を尽くさねばなりません。なので、リュウトさんのように自身が求める報酬の為に全力を尽くしてくれる人物を頼る事にした。それが理由です」


 どこか答えに迷うように苦笑を浮かべて、俺の質問に答えるレナード。会社の社長としては騎士団に借りを作りたくないが、アリスの父親として誰かの手は借りたい、か。


「成る程ね。因みにレナードさん、誰かに恨みを買ってる覚えはあるか? 誘拐犯の目的が金じゃない可能性もあるんでね」


「そうですね」


顎に手を当てて熟考する素振りを見せてから、レナードは首を横に振る。覚えは無いという事か、と思ったが、次いでレナードの口から出た言葉は俺の思惑とは別の物だった。


「──駄目ですね。あり過ぎて絞り込める自信が無い」


「いや、あり過ぎて、って」


「ご存知かどうかは分かりませんが、この夢之國工業は私一代だけでこの地位までのし上がりました……その期間は三年です。そんな短期間で頭角を現した企業というのは、必然的に同業者の全てから(うと)まれるものです。自分で言うのも悲しくなりますが、全方位を敵に囲まれているも同然なのですよ」


「つまり、金銭目的の可能性も、怨恨の可能性も、十二分に存在する、と?」


「そうなってしまいますね」


 開き直りさえ感じるレナードの話に、俺は思わずソファに背を預けて天井を仰いだ。

 何だ、この依頼は。誘拐犯の要求は無く、おまけにやりそうな相手は無料で配り歩くくらい心当たりがあると来た。全く、正真正銘の「最悪の依頼」だ。(さじ)どころかナイフとフォークもセットにして盛大に投げ捨てたい。


 が、アリスという少女が誘拐され、その状態が今も継続している事だけは紛れもない事実だ。それを思うと、手掛かりが無いというだけで全てを無かった事には出来ない。


「分かったよ。それじゃ、その辺の下調べもこっちでやってみるさ。人に聞き込みをする時は、事件に直接繋がるような言い回しは避けた方が良いんだろ? どうやら社員にさえ知らされてない話みたいだからな」


「話が早くて助かりますね。お願いします」


 レナードが頷いた丁度その時、彼の手元に置いてあった内線電話が音を鳴らした。「失礼」と俺に断ってから電話に出る。


「私だ……そうか、分かった。準備を進めておいてくれ」


 短いやり取りで電話を切ると、俺に向けて申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「すみません、リュウトさん。製作中の最新モデルの武器のテストを視察しなければならなくて」


「あぁ。けど、最新モデルか。少し気になるなぁ。製作中って事は、やっぱ社外秘なんだよな?」


「えぇ。申し訳ありませんが、見学は出来ませんよ」


 社内すらろくに見せて貰えない会社だ、ここで秘密中の秘密を露呈するような事が無いのも予想は出来ていた。形だけ残念そうに肩を竦めておいて、俺はソファから腰を上げた。


            *


 それから二時間が経ち、俺はグランサスの中央広場でベンチに座っている。

 手にはここまでに聞き込みで得た情報を(まと)めたメモがあるが、それを眺めて言える事はたった一つだ。


「結局、有用な手掛かりは無いんだよなぁ」


 ここまでに得た情報は以下の通りだ。

 一つ。これまで、グランサス周辺に大きな犯罪者グループはいなかった。

 二つ。夢之國工業と競合するグループは基本的に存在しない。

 三つ。露店のフランクフルトが絶品。


 ……最後に関しては見なかった事にしよう。俺も疲れてたんだ、うん。


「グランサス周辺に犯罪者グループがいないのは当然と言っても良い。騎士団の膝元で何かやらかそうって考える奴は普通居ないからな」


 引っ掛かるのは次だ。夢之國工業と競合する──つまり、商売敵がいないという事。


「しかも、夢之國が飛び抜けてるとかって理由じゃないんだよな」




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