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束の間の休息(2)

 そう言いながらレイジが俺の前に差し出したのは……依頼書?


「街の外れに畑があるだろ? あの近くの森にマーダラーワスプの物らしい蜂の巣が見付かったらしい。という事で駆除(たたか)って来いや」


「……そう言うお前はどうなんだ?」


「俺がドルンザル遺跡でマーダラーワスプに対して要した時間は五秒だ──他に質問は?」


「……オーケー。依頼の概要は?」


 ふむふむ、巣の大きさは直径一〇メートル。

 それが、森の中半径三〇〇メートルに一五個点在。

 マーダラーワスプの推定数は、二〇〇体。


 ……成る程ねぇ。


「これを俺一人で潰せってのか鬼畜眼鏡」


「死蝿群に殺されたくなきゃやってみせろ」


「……上等だ。たかが二〇〇体程度、さっさと蹴散らして」


「そうそう、言い忘れていたが。その二〇〇体という数字はあくまで外を飛び回っている兵隊の数だ。巣をつついた時にあと何匹湧いて出るかは分からないからそのつもりで宜しく頼む」


「…………」


「どうしたリュウト、人相が悪いが」


「誰のせいだと思ってやがる」


 体長三〇センチの蜂の姿をした魔物、マーダラーワスプ。それが、最低でも二〇〇体。しかも巣が一五個。これを全て俺一人で片付けて来いと申す鬼畜眼鏡を睨み付けても非難される謂れは無いと断言出来る。


「……ったく。ミッドから連絡が来るまでゆっくりしてようと思ったのによぉ。帰って来てまで死地に飛び込むとかどういう流れなんだよ」


「お前が選んだ流れだろう? 俺に何と言われようが、無理だと思うなら断れば良い」


「……俺が断ったら、誰がやるんだ?」


「誰かがやるさ。いつになるかは知らないけどな」


「……だったらやるしかねぇだろ。あーハイハイやりますよ。万屋(フリーター)として職務を全うしてやるよ畜生」


           *


「──って事で、ちょっと蜂の巣に突貫してみようと思う」


「……ふぇ」


「既にちょっと泣きそうですね!!」


 昼食の準備を進めていたアリスに事の顛末(てんまつ)を説明したらこうなった。俺が悪いとは認めるけどレイジにも責任の一端はあると思う。


「だって、リュウトさん……何で、知らない間にそんなにテンポ良く命懸けの状況になっちゃうの?」


「それに関しては俺が一番知りたい」


 いやマジで。俺だって望んで首を突っ込んでるわけじゃないんだよ? 気付いたら崖っぷちなんだよ毎回。どうしてこうなっちゃうんだよ。なぁ教えてくれよレイジ。八割はお前が寄越す依頼だぞ。


「まぁ、大丈夫大丈夫。何とかなるだろ、いつも通りに」


「……何とかならなかったらどうするの?」


「その時は何とかするさ。受動的に幸運が巡って来ないなら能動的に掴み取る」


「私だって、リュウトさんなら大丈夫だって信じてるけど……」


 それでも納得するのは難しいのか、アリスは考え込むように(うつむ)いて沈黙した。もう少し何か言うべきだろうかと言葉を探ろうとした時、アリスがポツリと呟く。


「……この前、レイジさんから聞いたの。リュウトさんが騎士団に居た事」


「え? ……あー。そっか」


 何を勝手に話してるんだ、レイジの奴は。


「騎士団に居たなら、リュウトさんが強いのも分かるよ。けど、ただ騎士団に居ただけじゃ、こんなに沢山の危険な事に巻き込まれないと思うし……帰っても、来れないと思う」


「……まぁ、な」


「だから……大丈夫だって、ちゃんと信じたいから……教えて欲しい」


 少し緊張を含んだ面持ちで、アリスはしっかり俺と目を合わせた。


「リュウトさんが、騎士団で何をしていたのか……知りたい」


「……そっか」


 頭を掻きながら、思考する。どうしたものか──と。一応機密事項に抵触する……まぁ、そう定められているわけじゃないけど、暗黙の了解として口出しは自粛するべき情報ではある。

 本来なら、情報は伏せるべき……だけど。


「ま、アリスになら話しても良い、かな」


 別に、誰もを納得させられる理由は無いけど。何故話したのかと非難されても、開き直る事しか出来ないけど。

 だけど、「何となく」そう思ったから。

 だから俺は、口を開いた。


「騎士団には様々な部隊が存在する。情報収集を得意とする諜報隊とか、戦闘で一番槍を担当する突撃隊みたいにな。その中で、王族の護衛を専門とする近衛隊ってのがあるんだけど……」


「リュウトさんは、その近衛隊、だったの?」


 アリスの予想に、俺は「いいや」と首を横に振る。


「近衛隊の上に──『七聖剣(しちせいけん)』、って部隊がある。俺が居たのはそこだ」


「……近衛隊の、上? 七、聖剣……?」


 頭の上に疑問符が見えそうな表情で、アリスが首を小さく傾げた。


「そうだな……王族を守護する、って目的は近衛隊と同じだよ。ただ、その手段が真逆なんだ。近衛隊が迫り来る脅威を迎撃するのに対して、七聖剣は脅威となる存在を先に叩き潰す事で安全を確保する。近衛隊が王族の盾なら、七聖剣はその名の通りに王族の剣になるわけだ。……と言っても、七聖剣は秘密裏に動く部隊だったから、騎士団の中ですら存在を知ってるのはごく僅かなんだけどな」


 近衛隊が盾、七聖剣が剣であるのと同時に。

 近衛隊は光で七聖剣は影の存在だった。


「七聖剣は、グランサス国王であるランファード・アルヴィレートが自ら選抜した七人の騎士だけで構成される部隊だ。まぁ、簡単に言えば……国王公認の、最強から数えた七人の精鋭って事だな。七聖剣に選ばれた騎士は特別な訓練を受けて、人間としての潜在能力を八割まで自由に引き出せるようになり、他の騎士とは違う剣技……要するに、俺が使う殲滅剣技(せんめつけんぎ)を教わる。そうして出来上がるのが、攻め滅ぼす為のエキスパート七人の秘匿精鋭部隊・七聖剣……って、感じかな」


 俺の説明の間、目を丸くして固まっていたアリスだったが、とりあえず理解出来た事を確認するように呟いた。


「……え、と。つまり、リュウトさんは……すっごく、強い?」


「まぁ、な。当時の五位だったし」


 つまり、騎士団全体の中で五番目の実力者……という認識では、まだ間違いだ。

 七聖剣は、騎士団から選ばれた瞬間までは確かに上位七人だ。しかし、七聖剣として完成した頃には意味合いが違う。

 騎士団として考えるなら──()()()だ。

 比べるのは理不尽であり、数えるのは不相応であり、含めるのは不条理である。

 七聖剣の第五位とは、()()()()()()という意味だ。


「えっと、つまり……リュウトさんは騎士団に居た時……あれ?」


「あぁ、悪い。肝心の何をしていたのか、って部分がぼやけたままだったな。要するに……適当に各地を散策して、危険性の高い魔物を見付け次第討伐してたって事だ」


「ふぇ……だから、あの……変異種、とも戦えるんだ」


「……まぁ、現役の時には戦ってないんだけどな」


「……? 危険性の高い魔物って、変異種の事じゃないの?」


「あー……変異種を見付けた場合は、発見した場所を記録して即時撤退が鉄則だった」


「……ふぇ?」


「別に、七聖剣でも変異種には勝てないってわけじゃない。けれど、万が一……変異種に負けて死んでしまった場合、新しい人員を確保するのが難しいんだ。国王曰く、選ぶにも色々と素質が必要らしくてな。だから、変異種とは戦闘するなってのが決まりだった。だから、変異種と初めて戦ったのは……騎士団を辞めてからだな」


 三年前だったかなぁ。依頼を達成した帰り道で偶然遭遇した変異種と試しに戦ってみて、左腕の骨折と右足の裂傷を負いながらも勝利して、「あ、変異種でも勝てる事は勝てるのか」と確信を持ったのは。まぁ、フィリンダに帰ってレイジに「何してんだお前」と白い目で見られたけど。


「……とまぁ、大体こんな感じなんだけど。アリスが納得出来るだけの答えになったか?」


「……うん。とりあえず大丈夫。リュウトさんが普通の人よりは、ちょっとだけ無茶な事も出来るっていうのは分かった」


「それは何より」


「でも」


 俺の方へと一歩近付き、アリスは咎めるような、心配するような表情で俺の鼻先を指差した。


「……あんまり無理はしちゃ、ダメ」


「……お、おぅ。了解」


 ヤバい、今のは何だか超可愛かった。衝動的に抱き締めて頭を撫で回したくなるような愛くるしさがあったぞ。おかげでこんなに短い言葉をどもってしまったぞ。


「……ん。それじゃ、まずはご飯にしよ?忙しくなるなら、ちゃんと食べておかないと」


 そう言いながらアリスが食卓に並べるのは、成る程ちょっと頑張るという宣言に相応しい様々な料理だった。


「……ん? これ、もしかして鴨肉のローストか?買った覚えが無いぞ」


「あ、それは……お肉屋さんが、オマケでくれたの」


「……野郎、俺が買いに行ってもそんな事しねぇくせしやがって」


「でも、『リュウトの好物だからローストにして出したらイチコロだぜ☆』って」


「野郎、俺が買いに行っても鴨肉があるなんて言った事もねぇくせしやがって!!」


 つぅか何だよ「イチコロだぜ☆」ってのは。そんな台詞でアリスに何を求めているのやら……。


 ……けど、結果として作ってくれたんだよな、鴨肉のロースト。


 いやいや、だってアリスだもんな! 好物と聞かされて素材まで提供されたら作ってくれるに決まっているさ!


「まぁ良いや。好きなのは本当の事だしな……だがしかし」


 これもアリスお手製であろうソースが掛かった鴨肉を摘まみ、俺は不敵な笑みを浮かべる。


「好物と言うだけあって、コイツの味に関しては他の料理より少し採点が厳しいぞ? いくらアリスと言えども俺からそう簡単に合格点を貰えると美味ぁぁぁぁぁぁあい!!」


 能書きが全て吹き飛んだ。美味い! しっかりと火を通しながらも決して肉の柔らかさを損なわない絶妙な焼き加減! そしてその身に纏うソースとの相性が抜群! 今までに食べた鴨肉のローストとは一体何だったのか!


「……ヤバい、アリスをどこにも嫁にやりたくない」


「ふぇっ!? いやあの、どっちかと言うと私はもう、とっぃ……ゴニョゴニョ……」


 頬を赤く染めながら呟かれた言葉の後半は(ほとん)ど聞き取れなかったが、そもそも俺が何を言ったんだろうか。料理に感動した勢いで何かが口から出た自覚はあるけど、何を言ったのか全く記憶が無い。


「……う~む。昨日奢ってくれたミッドには悪いけど、やっぱり店の料理よりもアリスの料理の方が好きだな」


「っ……~っ!?」


 ……? アリスが顔を真っ赤にしてアワアワしているけど……そんなに変な事言ったか?俺。少なくとも今のは真っ当な感想だったと思うんだけど。


「……じゃ、アリスに感謝しながらしっかり食べるか。この後の苦行に備えないとな」


「うぅ……リュウトさんが優しさでいじめるぅ……」


「え……どういう事だそれ、成立するのか?」


          *


 五月一八日 一三時一五分


 グランサス騎士団諜報隊第三班・第五班、計一四名が欠員無く集合した事を確認。

 諜報対象──グランサスの北西三キロ・グリムドラゴン成体による危険区域の先に広がる森林部全域。変異種・死蝿群(ベルゼブブ)が存在するか否かの確証を得る事を目標と確認。


 同日 一三時三〇分


 ──諜報開始──。




リュウトくん、君はここで過去の一端を語る予定なんて無かったんだよ!? どうしてこうなったのだね!?


……紛う事無く俺のせいです。どうやら根源的な何かが馬鹿になっているようですな


次回ですか? 蜂退治です。まだ引き延ばしますよえぇだってそうしないと話数が稼げないから………っ!!


………最近、昼間が眠いです。夜中の四時まで眠れません。でも頑張って書きます

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