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不死の誘いに囲われて(5)

 何と。竜は人間の言葉まで話せるのか。しかし尊大だなウーグリアネス。いや竜だから当然なのだろうか……けど三〇〇年生きてるのは自慢しても良いと思います。


「折角だ、自慢話を作る機会をくれてやる──私の力に耐えてみろ。永代に渡る誇りになるだろう」


 笑うように口元を歪めたかと思うと、ウーグリアネスはその大きな顎を開いた。同時に、見た事の無い文字がウーグリアネスの顔の前、空中にリング状になって現れる。


「──闇祓ウ清浄ノ息吹(ディバル・クーネウス)


 アリスの術も聞いた事が無かったが、こちらは更に聞いた事が無い一文を呟いたウーグリアネスの口腔(こうくう)(まばゆ)い光が生じる。それをリング状の文字の中心を通すように吐き出した──瞬間。


 轟音と、閃光。古代の神殿の柱を五本は束ねたような光が、ソウルリーパーがいた場所を含めて広場の三分の一程を包み込む。

 それがおよそ五秒続いた所で、ウーグリアネスがゆっくりと顎を閉じ始めた。その動きに合わせて、莫大な光が徐々にその規模を小さくしていく。

 床や天井が抉り取られ、壁に穿(うが)たれた穴はどれ程の長さになっているのか分からない。ゴーレムの光線とは比較にならない破壊力を持った一撃だった事を、その光景が物語っている。

 そして、そんな光の直撃を浴びたソウルリーパーは──既に、存在しない。壁の彼方に吹き飛ばされたのか、それとも姿の欠片も残せずに消滅したのか。気配を感じ取れないかと意識を集中した直後、ウーグリアネスがつまらなそうに鼻を鳴らした。


「懐かしい(うつつ)の空気に、つい興が乗ってしまったのは認めるが……だとしても脆弱(ぜいじゃく)過ぎるな。全力の八割は少しやり過ぎたが、たかが五秒で塵と化すとは」


 その口振りから察するに、やはりソウルリーパーは消滅してしまったらしい。あれだけ苦労した相手を一瞬で(ほふ)られたと思うと、ある種の寂しさすら感じてしまう。

 そして同時に──目の前の存在に対する危機感も、同等以上に膨らんで来てしまう。

 苦戦した敵を圧倒する、絶対的な戦力差。万が一にも牙を向けられたら、強がりですら「勝てる」という言葉を使えない程の力。


 もしもの時には、アリスだけでも安全圏に逃がさなければ──そう決意して身構える俺と、恐らく同じ理由で力を蓄えているレイジを一瞥(いちべつ)したウーグリアネスは、小さく笑うように息を吐いた。


「威勢が良いな、人の子よ……そう気を張るな。私の役目は世界を闇に()す不浄──不死に魂を染めた魔物を消し去る事。この牙と爪がその身を引き裂く事は無い。どうやら、そろそろ時間のようだしな」


 言葉が真実である事を証明するように、ウーグリアネスの肉体が少しずつ光の粒子になって消滅していく。自分の背後──顕現した空間の穴に隠れて姿を見る事が出来ないアリスを(いつく)しむような表情を見せながら、ウーグリアネスの言葉は続く。


「仄暗い穴の中だが、この目で再び世界を見る事が出来た。この時代に我々と繋がりを持つ者が残っていた事に感謝しよう──」


 そんな呟きを残して、ウーグリアネスは肉体の全てを光に変えて消えた。空間に開かれた穴も徐々に縮み、アリスの詠唱から始まった現象が全て消失した。


 直後。

 力を使い果たしたように、アリスが床に座り込んだ。


「っ! アリス、大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄ると、長時間走り続けたように息が荒く、汗も流している。誰から見ても消耗が激しいのは明らかだ。


「え、えへへ……ちょっと、張り切っちゃいました」


「大丈夫なのか? あんな竜を呼び出すなんて、どれだけの魔力を使ったんだよ」


「あんまり分からないですけど……(ほとん)ど、すっからかんです」


 疲れ切った顔でふにゃ、と笑うアリスの姿に思わず溜め息を()いて、俺はレイジに向き直った。


「……レイジ。さっきの薬、まだ持ってるか?」


「あぁ、魔力回復薬か。ちょっと待ってろ」


 レイジは懐を漁って液体が入った小瓶を取り出すと、無造作に放り投げて来た。割れたらどうしてくれると睨みながら受け取り、(ふた)を取ってアリスに渡す。


「ほら、これを飲んどけ」


「……あ~ん、ってしたら怒ります?」


「後でアリス自身が後悔しないならやってやるけど、どうする?」


「じ、自分で飲みます」


 顔を赤くしながら瓶を受け取り、薬をくぴくぴと飲み込むアリス。その様子を眺めながら、俺はある事に気付いて呟いた。


「……あれ、敬語に戻ってる?」


「むぐっ!?」


 俺の指摘に反応したせいで薬が変な所に入り込んだのか、アリスがケホケホと咳き込んだ。……今の、俺が悪いのか?


「さ、さっきのは、その……その場の勢いでつい、と言うか……パッと出ちゃったと言うか」


「そっか。いっそ、そのまま吹っ切れてくれても良かったんだけど」


「で、でも……勢い余って、バカって言っちゃいましたし。これ以上失礼な事を言わないように、やっぱり敬語のままの方が」


 (うつむ)くアリスの言い分に何か違和感を覚えて頭の中で反芻(はんすう)してみる。

 ……成る程、そういう理由か。


「アリス。そんな理由なら、俺に敬語を使うのを禁止しちまうぞ」


「ふぇ? き、禁止……ですか?」


「確かに習慣的な理由もあるんだろうけど、俺に敬語を使ってる本当の理由は俺に遠慮してるからだ。違うか?」


「それは……えっと」


 肯定こそしないが、アリスの目が完全に泳いでいる。図星か。


「あのなぁ。俺の事を寝泊まりする場所を提供する大家か何かと勘違いしてないか? 機嫌を損ねたら追い出されるかも、なんて思ってるんじゃないか?」


「そ、そんな事思ってないです! リュウトさんはそんな人じゃ……」


「だったら遠慮なんてするなよ。多少の失礼やら無礼なんてそこの陰険眼鏡であらかた経験済みだ。今更アリスの一言二言で腹なんか立たねぇよ」


 言いながら親指で指し示したレイジから「誰が陰険だ仕事減らすぞ」という呟きが届いた。……モロ陰険じゃねぇかよ。


「──何でも包み隠さず話せ、なんて言わねぇ。無理矢理ワガママになれなんて強要もしない。けどな、我慢しなくて良い事を我慢するのは止めてくれ。アリスの気配りには感謝してるけど、変に気を使う必要は無いんだよ。だって、ほら」


 そこに繋がる言葉をすんなり口に出すのが躊躇(ためら)われて一瞬黙ってしまったが、ここではぐらかしてしまうと説得力が足りない。大丈夫大丈夫、あっさりした感じで言えば妙な誤解も生まれまい。


「今は俺達、家族みたいなもんだろ」


「──ぴぅ」


「リュウト、アリスが気絶したぞ」


「なっ……魔力切れの影響か!?」


「いや、お前の発言由来だろ」


「あれぇ!?」


 馬鹿な、どうしてこうなった。飾らずスマートに発言する事によって一切の下心を感じさせないという俺の思惑は成功した筈。


「か、家族……つ、つまり、えっと、はうぅ」


「リュウト。お前の言葉がアリスにどう伝わったのか、意訳してやろうか?」


「出来ると言うなら」


「なら教えるが──『俺達、肉体関係こそ持ってないけど、嫁と旦那みたいなもんだろハニー』という感じだ」


「言語圏がおかしくないか!?」

 

 まさかそんな風には伝わってないだろう、とアリスを見たら、(うつむ)いて顔を真っ赤にしている。……え、合ってるの今の翻訳。アリスの中では「ハニー」とか言っちゃうキャラなの俺。


「……そ、その変に解釈を間違っている翻訳は置いといて。賭けは俺の勝ちだよな? レイジ」


 いっそ話題を変えてしまおうと持ち出した髑髏(どくろ)砕きの結果に対し、レイジは俺を心底馬鹿にするような顔を向けて来た。


「は? ……何を言ってるんだお前」


「いやいや、待てよオイ。そもそも賭けを持ち出した側が忘れたふりか? そんなに往生際が悪いとは思わなかったぜ」


「勘違いをするな、正確に数えていたさ。髑髏(どくろ)を砕いた数は俺が一つ。リュウトが二つ──」


 ほら見ろ、やっぱり俺の勝ちじゃないか。


「──そして、アリスが三つだ」


 …………。


「──は?」


「俺が来る前にリュウトが一つ。俺が合流してからソウルリーパーの輪の欠片が再生。更にアリスが加わって、俺とリュウトで一つずつ。この時点でソウルリーパーのストックは、髑髏(どくろ)と輪の欠片を合わせて三つ。それをアリスが召喚したウーグリアネスが(まと)めて消し飛ばした。つまり、賭けの勝者はお前じゃなくてアリスだ」


「ちょっと待て、いつからアリスがエントリーしてた!?」


「俺達二人だけでの賭けと言った覚えは無いんだが?」


「ぐ……」


 た、確かに。人数は指定してなかった──けど、アリスの未知数がこんな場所にまで影響を及ぼすとは。これでレイジを一日こき使うという俺の野望が果たせな……。


「……いや、待て」


 そうだ。アリスはまだ、賭けへの参加を明言していない。アリスが勝者の権利を破棄すれば、その権利は俺に転がり込んで来る。

 一縷(いちる)の望みを託して、俺はアリスに視線で語る。「アリスは賭け事なんて薄汚れた話に興味無いよなそうだよな?」と。

 俺の視線を受けて、アリスは少し考え込むように首を傾げてから頷いた。


「……えっと。じゃあ、折角なので」


「乗ったあぁぁぁあ!?」


 アイコンタクト、通じず。いや、それともまさか俺の「使わなくて良い気を使うな」が優先されたのか。だとしたら素直過ぎて逆に心配になるぞ。


 ……けどまぁ、アリスならレイジみたいな無茶は言わないだろうしな。これはこれとして受け入れるべきか。


「オーケー、アリス。勝者として、一体何を望むんだ?」


「…………」


 俺の問い掛けに、アリスは改めて考え込む。いや、どちらかと言えば何かに迷っているような沈黙だろうか。


「……さっきも言った通り、凄く寂しかったんです」


「ん? あぁ……うん」


「会って、話して。けど、ちょっとだけ寂しさが残ってるんです」


 呟きながら、アリスはまだ少しふらつく足で立ち上がって(ほこり)を払った。


「……えっと。確認ですけど、遠慮しなくて良いんですよね?」


「あぁ、全然。全く。これっぽっちも」


 俺の確証を得て、アリスは「じゃあ」と呟いて咳払いを一つ。そして、少し頬を染めて両手を広げ──。


「ぎ……ギュッ、て……して」


 端々をつっかえながらそう要求して来た。


「…………ふぅ」


 よし、一旦落ち着こう。多分今のは気のせいでしょ。このままの勢いで嫁に貰ってしまいそうな可愛さだったけど、きっと聞き間違いだ。危ない危ない少し冷静になれ。


「……ぁぅ。だ、駄目?」


「…………」


 時間経過の反応を見るに、どうやら聞き間違いじゃなかったようだ。しかも敬語封印状態である。山の中で飼い主が離れていく様子を見つめる子犬みたいな顔で俺を見ている。これはヤバい破壊力だ。


「……えっと、アリス。何故急にそのような要望を?」


「ふぇ? ……だから、まだ寂しさ払拭(ふっしょく)出来てないから。リュウトさん成分、補充したくて」


 俺から未知の成分が検出された。何だそれ。少なくとも俺の心臓には悪そうだが。


「そうだ、とりあえず遺跡から出よう。危険が危ないぜこの場所は」


 危険度を重ねて警告し、危機感を煽って場を仕切り直そうと試みる。しかし逆効果か、その発言で俺がこの状況から逃げ出そうとしている事を看破したらしいアリスが少し不機嫌そうに「む」と唸ってレイジを見た。


「──レイジさん」


「かしこまりました、お嬢様」


「執事権発動!?」


 そのやり取りのスマートさに驚いた瞬間が既に命取りだった。ソウルリーパーとの戦いでも見せなかったような俊敏さで俺の背後を取ったレイジが、あろう事か双銃を頭と背中にちょっと強めに押し当てて来た。


「動くな」


「ちょっと待て、ホールドアップが粗暴な気がするんだが!?」


「因みにまだ爆砕弾(ばくさいだん)のままだという事を教えておこう」


「詰んだ!?」


 どう考えても人間に使う弾じゃない。コイツ執事としてのパラメータ調整に失敗してやがる。


「アリスお嬢様。対象を捕獲しました」


「ありがとうございます」


 おかしい、関係性が完成形に近付いている。何だこの自然さ。まさかレイジの奴、アンダーワールド家の執事とか兼任してないだろうな。

 そんな事を考えている内に、アリスが目の前までやって来ていた。


「……分かりました。贅沢(ぜいたく)な事は言わないから、とりあえずじっとしていてください」


 もしかして機嫌を損ねて鳩尾に重い一撃でも食らうんでしょうか。もしそうなら腹に力を入れる時間が欲しいなぁと多分無いけどあったら怖い可能性に内心ビクビクしていると、アリスが小さく溜め息を()いてから「……んっ」と自分に気合いを入れるように(ささや)いた。まさか本当に正拳が来るのか。


 しかし、やって来たのはとても柔らかい衝撃で。二秒くらい経って、アリスに抱き着かれたと(ようや)く気付いた。


「──してくれないなら、代わりに……ギュッてするから」


 レイジの銃口が離れている事にも気付けないくらい、意識がアリスと接している部分に集中してしまう。凄く柔らかい。何か良い匂いがする。


「んぅ……リュウトさんの匂い、やっぱり落ち着く。抱き枕にしたい……」


「うっすら怖い事を言わないでくれ」


 綿に代わって布の中に詰め込まれるのは勘弁願いたい。だからどこからか取り出した人を詰められそうな大きい布袋を広げるのは止めようかレイジ。お前が思う執事像は絶対に何かをこじらせてるぞ。


 ……寂しかった、か。嬉しい反面、何だか気恥ずかしいな。


 だって、正直に言ってしまえば。俺も少しくらいは寂しさを感じていたから。アリスが待っている家に、一刻も早く帰りたいと何度思ったか分からないから。


「──っと……アリス?」


 急に寄り掛かられたような重さを感じてよろけそうになり、何かあったのかとアリスの様子を確認する。


「……すぅ……すぅ…………」


「……眠ってる? よっぽど疲れが溜まったんだな」


 まさか立ったままで眠りに入れるとは。本当に俺を抱き枕扱いしてるんじゃないか、と思わず苦笑しながら頭を撫でると、アリスは心地良さそうに表情を和らげた。

 少し動いたくらいなら起きそうにもないので、アリスが倒れないように気を付けながら抱き着いたままの腕を解く。一度屈んでアリスを背負ってから立ち上がり、俺はレイジを視線で促した。


「……さ、帰ろうぜ。先導と露払いは任せるけど構わないよな?」


「引き受けてやるが、外に馬車が止まっている確率は相当低いぞ。その眠り姫、フィリンダまで担いで帰る気か?」


「余裕だよ。ソウルリーパーの剣に比べれば羽毛の如き軽さだからな」


「愛の力は偉大なわけか」


「……否定も肯定もしづらい事を言いやがって」


 こんな緊張感の欠片も無いやり取りを出来る。そんな当たり前が今こうして続いている事をレイジとアリスに心の中で感謝して、俺はレイジの先導で遺跡を後にした。




滅びのバァァァスト○トリィィィィイム!!



……またもや取り乱しました


とりあえず、次回で第二章終わります。軽く後日談な感じですけどね


ではまた~

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