西の遺跡へ(1)
実はキャラ紹介を更新した段階で書き終わってました、春間夏です
本編中にも挿絵を挟んでみようかどうしようか……と考えてみましたが、今回は話を大体書き終わっていたので。挿絵に取られるスペースとかを再計算するのが面倒になったので今回は見送りです
とりあえず皆さんの暇潰しになる事を願って。どうぞごゆっくり~
俺の生活は、元々不規則な時間配分だった。これと決まった仕事をするわけでも無いので、就寝時間も起床時間も日によって様々。それで特に不自由を感じた事も無かった。
「──さん、リュウトさん。朝ですよ、起きてください」
だからだろうか。
一週間が経ったこの朝も、アリスに大体決まった時間に起こされるという経験が新鮮で、まだ慣れていない。
「……おはよう、アリス」
「おはようございます、リュウトさん。そろそろ朝ご飯の準備が出来ますよ?」
「ん、そっか。ありがと」
まだ覚醒していない脳を回転させ、今日やるべき事があるかどうかを確認する。
──特に無い、か。まぁ、仲介所に顔を出して俺が手を出せる依頼があるか確認する程度だな。
「……リュウトさん? まだ眠いですか?」
俺が黙り込んだ理由を眠気かと思ったのだろう、アリスが顔を覗き込んできた。すぐ目の前に迫った美少女の引力から逃れるように上体を反らして、俺は二度寝をしていない事をアピールするように首を横に振った。
「いや、何でもない。着替えてから下に行くから、先に食べ始めて構わないぞ」
「うーん……分かりました。じゃあ、下で待ってますね」
そう言って微笑むと、アリスは俺が言葉の矛盾を指摘する前に部屋を出て行ってしまった。「先に食べてて良い」に対して「分かりました」と答えたのに、「待ってます」とはこれ如何に。
「まぁ、アリスだしな」
そう呟いてみると、先程のアリスの言葉がごく自然に感じられるのだから不思議なものだ。
「さて、あんまり待たせちゃ悪いよな」
俺は手早く着替えると、軽く体を解してから階段を下りた。
*
「なぁアリス。どうやったらただのサラダをここまで美味く出来るんだ?」
「ふぇ?」
我が家の料理長にその腕前の真髄を尋ねてみたが、可愛く小首を傾げられてしまった。自然体でこの味を出しているとでも? 天才か。
「や、何でもない。相変わらずアリスの料理は美味いって事を伝えたかっただけだ」
「あ……えと、ありがとうございます。えへへ」
俺の言葉に、照れたように微笑むアリス。うん。いや、本当に──。
「可愛いなぁ、アリスは」
「…………ふぇ?」
物凄い長い沈黙の後、アリスが耳まで真っ赤になった。
あれ、俺、今……何て言った?
「あ。いや、ごめんなアリス。多分、心の声が漏れた」
あぁ、全く失敗した。たまに無意識に思った事をそのまま口に出しちまうのは俺の悪癖だって自覚はあるんだが。しかも無意識なせいで何を言ったか自分で覚えてないし。
「ぇ、あ、ぁう」
あれ、弁明したらアリスが余計にアワアワし出したな。マジで何言ったんだ俺。
「えっと、アリス? 大丈夫か?」
「ふぇっ!? はいっ、えと、はい、大丈夫れしゅっ!!」
最後の最後で盛大に噛んだ。
「とりあえず、だ。俺はこの後仲介所に行ってくるけど、アリスは今日どうする?」
「え、と。特にこれとは決めてないです。掃除と洗濯が終わってから考えようかな、と思ってましたけど」
そっか、と呟いて、俺はアリスの前に鍵を差し出した。
「じゃ、これを渡しておく。失くすなよ?」
「……えっと、リュウトさん。何ですか?これ」
「何って、合鍵だよ。予定が特に決まってないなら、外に出る可能性もあるんだろ? だったら、戸締まりをするのに必須のアイテムだろうが」
手ぇ出せ、とジェスチャーで示し、アリスが両手を器のようにして出した上に合鍵を置く。暫し呆けたように手の上のそれを見つめてから、アリスは俺の方へ視線を戻した。
「あの……本当に、持っていて良いんですか?」
「当たり前だろ。探すのに時間が掛かってただけで、本当ならもっと早く渡しておくつもりだったんだけど。いや、本当に悪かった」
俺の謝罪に、アリスは首を傾げて疑問符を表情に浮かべた。
いや、まぁ。今まで社長令嬢みたいな立場だったから、考えが及ばないのも仕方無いか。
「だから、ほら。俺しか鍵を持っていない状態で家を出たら、アリスが出掛けようと思っても施錠手段が無いだろ? そしたら出掛けようにも気が引けちまう。そんな、俺の許可が無いと外に出れないような状況なんて、軟禁と変わらないじゃねぇか」
「あ」
「ここは俺の家だけど、今はアリスの家でもあるんだ。自由に出掛けて、自由に帰って来る。そんな行動が取れるのが当たり前なんだから、遠慮すんな」
アリスはもう一度、鍵を見つめて──大事そうに、そのまま両手で包むように握り締めた。
「ありがとうございます、リュウトさん」
笑顔を浮かべるアリスから目を逸らして、俺はついでと思ってもう一つ付け足した。
「あと、敬語はどうにも落ち着かない。タメ口で良い」
「ふぇ? でも、リュウトさんは年上ですし」
「その年上が構わないって言ってるんだから良いんだよ」
俺としてはそんなに難しい事を頼んだつもりは無いのだが、アリスは「うーん」と唸ってしまった。
「えっと、少し時間が掛かると思いますけど」
そう前置きして、アリスは言葉を探すように視線を彷徨わせ──。
「その。頑張って、みる?」
自信無さげに疑問符付きで、一歩を踏み出した。
「オーケー、アリスの進歩に日々期待してみるよ」
そう締めて、俺は椅子から立ち上がった。そろそろ仲介所が業務を始める時間だ。
「じゃ、いってくる」
「あ、は……うんっ、いってこい!」
「いや、そこは『いってらっしゃい』で良いんだけど」
「あれ?」
アリスの進歩は緩やかになりそうである。
*
「と言うわけで、何か依頼はあるか?」
「無ぇよ馬鹿」
一蹴にも程がある。罵倒付きで俺の質問を退けたレイジを睨み付けて、俺は苦情も含めて食い下がった。
「いやお前、もうちょっと言い方があるだろ。さぁリテイクだ、何か依頼はあるか?」
「ございません馬鹿野郎」
「よし表に出ろ」
丁寧に罵倒されたので、俺も胸倉を掴んでテンプレートの買い文句で対応する。まぁ一通りの挨拶みたいな物なので、俺はレイジをさっさと離していつも通りに話を続ける。
「で、結局。俺がやるような依頼は無いんだな」
「まぁな。大体、そんなに依頼をやらなきゃならないような経済状態でもないだろう? 普通に生活してれば数ヶ月は仕事をしなくても問題無い筈だ」
「それはそうなんだけどな」
レイジの指摘に、俺はつい言葉を濁してしまう。
「アリスがこっちに来てから、大した仕事をしてないからな。何と言うか……そろそろ不安を与えてしまいそうなのが少し怖い」
「そういう事か。つまり、『ちゃんと仕事してるんだぜ』感が欲しいんだな」
「身も蓋も無い言い方で的確な表現をありがとうよ」
レイジが適当に書類を漁っている間に、俺はセルフドリンクのコーヒーを二つ淹れる。片方を自分で飲みながらカウンターに戻り、口を付けていない方をレイジに差し出した。
「──何だ? これ」
「いやコーヒーだろ」
急に記憶喪失に陥ったレイジに丁寧にツッコミを入れたが、どうやらレイジは俺の言葉で目の前のコーヒーに気付いたらしい。「ん? あぁ、悪いな」と呟いて一口飲んでから、仕切り直すように一枚の書類を取り出した。
「俺が疑問符を出したのはコーヒーに対してじゃないぞ。この依頼に対してだ」
「あん? 何々……『ドルンザル遺跡の未踏破区域調査依頼』? グランサスのヴァルヘイル遺跡調査機構から、って事は正式に真っ当な依頼だろ? 何がおかしいんだよ」
ヴァルヘイルには大小様々な遺跡が各地に点在し、その内部を調査し記録するのが遺跡調査機構。しかし、そこに所属しているのは基本的に学者寄りのインドア人類。そして、人の手が入っていない遺跡は魔物やトラップの巣窟だ。
最終的には騎士団が護衛しながら調査機構が立ち入って内部を精査するが、その前の露払い──危険なトラップを排除し、遺跡を根城にする凶悪な魔物を討伐するのが、未踏破区域の調査という依頼だ。
「あぁ、依頼自体は何の不都合も無い。問題なのは、この依頼を請け負うべき探索家やら冒険家やらトレジャーハンターなんて人種が、このフィリンダには一人もいないって事だ」
「そうなのか? そもそも絶対数が多くないのは知ってるけど、それこそ今回のドルンザル遺跡とかがあるんだし、多少はいると思ってたぞ」
「──そのドルンザル遺跡も理由なんだ」
参ったように溜め息を吐いて、レイジは新たにもう一枚の書類をカウンターに置いた。
「調査が終了している第一階層部分。その時点で確認された魔物の内、既に七割が不死属性だ」
「……は?」
俺が呆けてしまったのも仕方無い。
魔物の大半は、死んで数分が経つと塵となって消滅する。しかしこの理から外れた魔物も存在するのだ。それが不死属性。不死属性を持つ魔物は、普通に倒しただけでは肉体が消滅しない。そして、ある程度の時間が経つと再び活動を再開するのだ。何度でも、何度でも。例え多少の肉体欠損が発生しても、それが致命的な部位でなければ動き続ける。
不死属性の活動を完全に停止させる手段は、首から上を斬り飛ばすか、全身を焼き尽くすか、教会で修行を積み習得する神聖術で浄化するか。他には、杭や縄で拘束して物理的に身動きを封じてしまうのも一つの手だが、総じて対応が面倒なのだ。
そして、この不死属性に分類される魔物は外で目撃される事は殆ど無く、遺跡の中のような特殊な空間にのみ存在する、と、されている。とは言え、基本的には遺跡の奥へ潜らなければ大した数は出て来ない。
筈なのだが。
「第一階層の段階で、不死属性が七割? て事はそれより奥、未踏破区域の状態は」
「それ以上、だな。そんな事実もあってか、ドルンザル遺跡に好んで潜ろうって連中は殆どいないわけだ」
レイジの説明を聞けば、成る程納得だ。普通の手段では減らす事が出来ない魔物が大多数を占める、手付かずのトラップもあるであろう遺跡。まぁ、行きたいとは思わない。
「これまでにも何度か探索系の依頼は来ていたが、いい加減フィリンダでは解消出来ないと理解してくれよ……どうしてまだこの手の依頼が回ってくるんだ」
仲介所のシステムとして、特定の種類の依頼が達成されない状態が一定期間継続した場合は、その依頼を遂行するに適した人材が存在しないと判断し、それ以降は同じ種類の依頼はその仲介所には回さない、という効率改善をするらしい。だから、探索系の依頼を遂行する人材がいないフィリンダには、例えドルンザル遺跡に最も近い街と言えどもこの依頼は回って来ない筈。
「──ん? なぁレイジ、これまでにあった探索系の依頼って、内容は分かるか?」
「あん?」
レイジは面倒臭そうに情報端末を起動して、片手ながら手際良く情報を閲覧する。
「嵐流沙漠で発見された洞窟の内部調査。ゲーラングの丘で発生する黒い霧の実態調査。セルヴェリエ教会への巡礼路の確保、といった所か」
「うげ」
「何だ、今のカエルの死に際みたいな声は」
訝しげなレイジの視線を避けるように顔を背けながら、俺は聞こえるか否かの声量で呟いた。
「それ、全部……俺がやった依頼だわ」
「──ほぅ」
俺の言葉で全てを思い出したのか、レイジの目が鋭く光る。そうだよね! だって俺に依頼を回してるのって基本的にレイジだもんね! 俺の台詞をトリガーに自分の業務内容を思い出すのも当然ですよね!!
「そうかそうか、そうだったな。そう言えばそんな事もあったな。ところでリュウト」
「な、何かな? レイジさん」
「今回の依頼、つまりはお前が探索系の依頼を片付けてしまっていたが為に回って来たって事だよな」
「そ、そういう見方も、出来るかもしれない、ですね?」
「そしてお前は現在、何か依頼が無いかと困っている、だったよな」
「え、えぇっと。そう言えば、そうでしたね」
「なら決まりだ」
顔を上げたレイジは──凄く、笑顔だった。
「テメェの尻だ。テメェで拭け」
「はい」
恐ろしい程の殺気を笑顔で放つレイジにそう言われてしまえば、俺はもう頷くしかなかった。
*
第二章
遺の中の不死
*
「──それで、リュウトさんがその依頼を受ける事になっちゃったんです……えっと、なっちゃった、な、なぅ?」
遺跡調査の下準備の為に帰宅し、アリスに事情を説明した結果がこれである。
「無理はすんなよ。言葉がガタガタになっちまったらレナードに申し訳無い」
敬語を使わないように必死に言葉を脳内検索し、「合ってます?」と確認するように上目遣いで首を傾げながら話すアリスは反則的に可愛いが、最終的に独自の言葉遣いを習得してしまうのも考え物だ。
「えぅ。で、でも、リュウトさんが今回の依頼を達成しちゃったら、結局また同じような、探索系? の依頼が出されちゃうんじゃ」
「あぁ、アリスの言いたい事は良く分かる。俺も似たような事を指摘してみたが……レイジの奴、『その時は喜べ。全てお前に回してやる』と当たり前のように吐き捨ててくれてさ」
かの冷徹眼鏡の説法はこうだ。
「リュウト、お前に回せる依頼は誰も引き受けない依頼だ。探索系の依頼が来れば、それは現状、お前にやって貰う事になる。収入不安定な筈の人間が安定した収入を得る事が出来る、なんて矛盾した状況が成立してしまうんだが、お前は未来をどうしたい?」
いや、別に金が全てじゃないよ? でも、もしも昔の俺みたいに三ヶ月くらい依頼が見付からなくて貯蓄が無くなり、「一か八か物置部屋に生えたポップなカラーリングのキノコを食べてみる生活」をアリスに体験させるような事になったら色々ヤバい。
「まぁ、ともかく。場合によっては三日くらい帰って来ないかも知れないけど、心配するな」
「その説明の時点で充分に心配です」
「だから大丈夫だって。えっと、後はこの縄を教会で浄化して貰って」
「縄、ですか? 何に、えっと……使う、の?」
アリスに「今のは正解」と親指を立てて、俺は縄の用途を説明する。
「この縄は不死属性の魔物を拘束する為に使うんだよ。直接縛り上げたり、杭と併用して壁に固定しちまったり、な。更に、教会で縄を浄化して貰えば拘束力が上がるし、通路を塞ぐように張り巡らせれば簡易的な結界の役目を果たしてくれる便利道具なのさ」
「へぇ、それは確かに凄いです……かも?」
「今のは惜しいな。まぁ、問題があるとすれば、その教会での浄化ってのが中々に値が張るって事なんだけどな」
教会で物の浄化を行って貰うには、費用が発生する。今回みたいに縄を二〇メートル程度浄化するには、恐らく一五〇〇マールくらい支払う必要がある。
「えっと。その縄を浄化出来れば良い、の?」
「ん? あぁ、それが無理だから教会に頼もうと思ってるんだけど」
「ちょっと……えっと、貸して?」




