飛べない鳥と日常
チチチ…と、現実世界宛らの美しいさえずりで小鳥が朝を告げる。その声と、窓から差し込む暖かい朝日に照らされ、少年、久茂村由羽は清々しく目覚めを迎えた。
「兄さん! 朝だよーっ!」
そんな清々しい朝に、美しいさえずりを吹き飛ばすように鳴り響く声…
「ごふゥ…っ!?」
そして、由羽の腹に食い込んだ、金属製のサポーターを付けた肘によるエルボー
大きく目を見開いた由羽の口から、肺の空気を全て押し出したかのような嗚咽が漏れる。
目覚ましボイスと共に起床の有無を問わずに繰り出されるプロレス技。ギャルゲーではお馴染みのアクションだが、人間、そうそう痛みには慣れないものだ。
「っ…空慕…貴様俺の命を狙う刺客か!?」
「ふふん、お早う兄さんっ! 妹によるプロレス技による起床アラーム機能はデフォルトだよっ!」
そう言い、由羽の実の妹、久茂村空慕は、由羽の上にまたがり、朝っぱらから目の冴えきるような満面の笑みを由羽に向ける。とは言うものの、空慕によって繰り出されたエルボーにより、すっかり冴えきっていた。
「ったく…プロレス技による起床アラームとか、ろくでもない機能は止めてくれ…」
と、由羽はぶつぶつ文句を言っては見るものの、iPhoneだってデフォルト機能は削除出来ないでしょ。と、無茶苦茶な理由で押し通される。「それに」と言い、
「兄愛危敬で私のこと、すきなように出来るのに…辞めさせないってことないってことは、そんなに嫌じゃないんじゃない?」
と続け、12歳から成長していない、その未だ成長しきって居ない、幼い容姿には似合わない妖艶な笑みを、ニヤリと浮かべて、実の兄である由羽に顔を近付ける。
…しかし、目前でピタリと制止する。
「ほらね…って! そんなに嫌悪感あったの!? 酷いなぁ」
「馬鹿やってないで早く行こうぜ、遅れるとまた雅さんに怒られるぞ! …それとiPhoneのデフォルト機能はアップルからは公開されてないけど、一応削除出来るんだぞ」
由羽は、勢いよく身体を起こし、由羽が起き上がった反動で尻餅をついた空慕に、豆知識まじりでそう告げてから階段をかけ降り、朝食も取らずに家から出る。
空慕が後ろについてきている事を確認してから一気に街を走り抜け、ギルド『漂流難民』本部。木で出来た小さな小屋まで到着すると、荒い息を整え由羽は勢いよくドアを開けた。
「おはようございまーす! ちょっと早過ぎたかな?…って皆揃ってますね」
挨拶は大きな声で、元気よく。
メンバーは、殆どギルドに顔を出さない蛇眼凶次意外のメンバーは、全員集まって居るが、誰が挨拶をするよりも先に――――
「遅い」
一室しかないリビングの壁に埋め込む様につくられたカウンターの内側に立ち、さもお前の罪万死に値する、と言わんばかりに此方を睨む、冴牙雅から開口一番に注意をうける。
「次、あたしより遅くきたらたら、あんたの家燃やすから。」
そして雅の開口二番は脅迫だった。
ぞわりと身体が収縮する程にトーンを低くした声。だが、もうこれも、毎日の様に脅され続けた由羽にとっては慣れっこだった。
分かりましたよ。由羽はそう返事をして、漂流難民のマスター殼街佝僂に今日入った仕事を確認にいく。
佝僂は今日も、ソファーに座ってお茶を飲んでいた。
「おはようございますマスター、今日の仕事はー?」
由羽が横から声をかけると佝僂はカップを置いて、横目で此方を見てから「今日の仕事はー」と言ってから、んーとか、あーとか言いながらバツが悪そうに何度か目をそらしてから
「遺跡探索だ。」
と言った。
「遺跡探索…またギルドの資金、勝手に備品に金使ったんですか…」
「しょうがないだろ…良さそうなティーセット売ってたんだから…そ、それに今回の遺跡は新しく見つかったとこだぞ。」
呆れた顔をして言った由羽に、ギルドの資金を勝手に使ったギルドマスター、佝僂はやはりバツが悪そうな顔で答えた。
「はあ、こないだ見つかったダンジョンみたいにミミックしか出ないとかじゃないですよね?」
「ああ、違うぞ」
佝僂はキッパリと言い切ったが、由羽がジト目を向けると、「多分」と付け足した。
「で、誰と行けばいいんですか?」
「空慕と行ってくれ」
「誰か他に居ないんスか?」
「生憎…な」
不毛な言い合いの結果、どうやら由羽は今日も、遺物ホリホリを妹とやることになるようだった。
――――遺跡に潜る。魔物を殺す。異能を使う。
どれも非現実的なことばかりだが、この世界はしっかりと現実世界と繋がっているのだ。
そう、しっかりと。
ここは生前、神への労働を怠ったものが、集められる死後世界『Auk's world』
久茂村由羽の『Auk's world』での『再労働』。それはそう、3年ほど前。高校1年の秋から始まった。