狭間を体験
『終バス、間に合って良かった…』
バスに乗り込んだ瞬間に、深く安堵した。
これに乗り遅れたら、約2時間程山に向かってトボトボ歩いて帰る所だったわ…
最終バスだけあって、パラパラと人が散らばって座ってる為、空きスペースのある1番後ろの席に座る。
本音を言えば1番後ろは避けたかったが。
1度寝過ごして、あわや車庫入れかっ?!と言ったハプニングにも遭遇してたから…
見回りしてくれた運転手さんには感謝、感謝だ。
まぁ駅から出発するので、座れただけでもラッキーだと思おう。
定時になり、バス停を発車した。
…さて。
眠気対策に短編小説でも漁ろうか。
ネット小説に意識を集中していく。
小説を読んでいたらば、どうやら耳にアナウンスが入って来ていなかったらしい。
景色を確認すると、トンネル手前のバス停を過ぎた所だった。
トンネルを抜けてすぐが自分の降りる所の為、慌ててベルを押す。
『ピーポーン…次、止まります』
「チッ」
…どこからか舌打ちらしきものが聞こえましたが?
いやいや、ごめんな?
すぐに帰りたい所を止めちまって…
結構な人数が残っているから、誰とは特定出来ないが。なんとなく気持ちがわかるから、そのままスルーだ。
そろそろネットを閉じて、スマホをしまい。降りる準備をする。
トンネル抜けたらすぐだからな。迷惑かけない様にすぐ降りねば。
出口が見えたら立っておくか。
オレンジ色のライトがバスの窓を断続的に照らす。
…ここのトンネル結構長いんだよな。軽くカーブがかかってるから、出口が見えないんだよなぁ。
おっ、そろそろか。
出口から変則的な交差点を越えれば停留所だ。
交差点の信号が見え始めたので、降り口に向かって歩を進める。
…あれ?あんまり客残って無かったのかぁ。
進む時に確認しながら行ったら、残ってた客は5人程。
手すりか光の加減で人数を間違えてたようだ。
再度舌打ちされない為にも、さっさと降りるか。
停車した瞬間、素早く降り、道沿いの階段を降りる。舌打ち人と顔は合わせないに限る。
精神衛生上良くないだろ?
階段を降りきり、道路下のトンネルを抜けて歩いて行けば、キツネに遭遇。
家の近所に度々現れるから、活動範囲が林付近かと思いきや…国道まで足を伸ばしていたのか…
「車が多いから、気を付けろよ?」
夜だからだいぶ少なくなっているが、その分スピード狂が発生して、とても危険なのだ。
野生動物があまり近寄ってはいけない場所だと思う。
まぁ、人がいないから注意できる事だしな。
聞かれてたら、とても痛いので夜しか出来ない独り言のような注意。
餌はやれないが、せめて注意位は…で、時たま声をかけたりしている。
理解されてはいないんだろうけどもな。
気持ちの問題だ。
聞いてか聞かずか、キツネは林の方へ走って行った。
…俺も帰るか。
気合を入れて登り坂の家路についた。
翌日の目覚めは最悪だった。
寝苦しい上に、ちょっとした悪夢が眠りの充足感を削ってくれたんだよ。
何してくれんの?
夢に対して腹を立てる目覚めってどうなのさ。
目の前にブラックホール的な穴が出現して吸い込まれない様に必死で抵抗したよ…
最後には、ブラックホールから無数の手が出てくるとか…そんなホラー要素は要らないだが?
これ絶対に仕事の夢だよな…
きっとブラックホールに飲み込まれたら、山積みの仕事デスクが待ち構えているパターンだ。
絶対飲み込まれる訳にはいかんな。
よし。
シャワー浴びて行くか。
…夢に影響が出ない程度に仕事を片付ける事を誓った。
その日の夜は、油揚げを咥えたキツネがキツネダンスの曲に合わせて踊るというホッコリとしたファンシーな夢だったが…
3日後。
また終バスに乗る事になった…
忙し過ぎるんだよ。
職場でタイミングよく骨折者2人とか…
ホント、もう、お大事にしてください…
…涙が出る程に忙しいのだ。
今日も前回と同じように人が散らばって座ってるなぁ…
後ろの席に座った。
ふぅ〜…今日は小説読む気にもなれん位に疲れたわ…
深く息を吐きながら景色を眺める。
…もうほとんどの店が閉じて、灯りが消えてるなぁ。
しばらくボンヤリと外を見ていて気付いたが。
このバス、アナウンスしてなくないか?
え?省エネ対策の徹底?
はっ?
止まってない所を見ると、みんな気付いてない?
変だな?と感じたが、時折停車して人が乗ってくるので、なんとも言えず。
バスの運転手さんも疲れているのかもしれないけど、乗り過ごしは可哀想だと思い、声をかけに行こうとしたならば。
立ち上がれないのだ。
どうやら足に疲れが溜まっているようだ…
大声を出すのは申し訳ないし、恥ずかしい。
…停留所の1つ手前。
足にガタが来ているし、小さな駅前のちょっとしたタクシープールがあるのだ。
タクシー運転手の休憩所的な場所なんだが。
今日はもう降りておこう。
『ピーンポーン…次、止まります』
停留所に到着すると、問題なく足が動いてくれた。
どうやら帰巣本能が疲れを上回ったらしい。
定期を提示する際、運転手さんに1言と思って歩いて行くと、乗客の視線が皆、俺を見ていた。
あぁ…停車させて、すいませんっ!とばかりに、急いで降りる。
ビビったわぁ…
みんなガチで早く帰りたかったんだな。
むしろアナウンス邪魔な勢い?
なんかよくわからんが、申し訳ありませんでしたよ…
おぉ。良かった。タクシーが2台停まってたわ。
…運転手は外でタバコタイム、と。
運転手が2人そろってモクモクタイム中だった。
近くで申し訳ないが、疲れてるから乗せてもらうか。
「すいません。乗せて貰っていいですか?」
声を掛けると、2人にギョッとされた。
いや、暗がりからすいませんでした。
…一応、道沿いで街灯あるけどさ。
夜だもんな。ごめん。
「兄ちゃん。あんた、今、どこから来た?」
焦った様に、おっちゃんの1人が聞いてくる。
はて?
「どこって、今バスから降りて、すぐですよ?」
「「え?」」
「どのバスだよ…」
おかしな事を言うな。
「最終バスですよ。ダム行きのやつ」
「「っ?!」」
おっちゃん2人が一瞬で青くなった。
「おい、兄ちゃん。あんた、危なく死ぬ所だったかもしれないぞ?」
「え?」
「生きてるか?大丈夫か?」
おっちゃんの1人が俺の肩に手を置き、背中をさすりながら全身チェックしてくる。
え?痴漢ですか?と思ったが、かなり必死に心配されているので、余計な事は口にしない方がいいな。
「いや、残業で死にかけてましたけど、辛うじて生きてますから…」
「…そっか。死にかけてたからか」
「危なかったな…」
「いやいや、言葉の綾ですからね?!」
神妙に頷くおっちゃんズにツッコミを入れるが。
一体何なんだ?
「まず、だ。ダム行きの最終バスは半年前で廃止になったの、知ってるか?」
「は?廃止って、乗って来ましたよ?」
「あぁ~…ちょっと待ってな?」
おっちゃんの1人が自分のタクシーをゴソゴソとあさり、資料っぽい紙を持って来た。
「ほれ。22時50分発ダム行きの情報回って来たやつだよ」
「…ホントだ」
資料情報には、利用者が確保出来ない為22時台の運行は廃止でなんちゃらかんちゃと書いてある。
「え?じゃあ、俺の乗ったバスは?臨時イベント用とか?」
ならアナウンスが無いのもわかるし、皆んなにベル押すと不快とか思われるのも納得だ。
「…いや。兄ちゃんが乗ってたバスは、無いんだ」
「は?」
「あぁ。正確には、この世のものじゃ無いらしいんだよな」
「えぇ?」
この世のものじゃ無いって、なんだそれ?
訳がわからんのだけど?
「らしいって…何ですか、それ。怪談ですか?」
「まぁ、そんなもんなんだがな?」
「ここいらの営業車の中では有名だな…」
「えっ…信憑性がいきなり上がった…」
おっちゃんらの中での話しで留まらないって事だろ?
ん?待てよ?
「いや、でも。何でこの世のものじゃ無いって言い切れるんです?誰か確認した人がいたんですか?乗った人間が居なくなったとか。確実じゃ無いなら、ただの怪談では?」
「あぁ…確実な噂なんだよな」
「え?」
確実な噂…?
なんじゃそりゃあ。
「夜間の営業車に限らず、大体みんな自分の縄張りってあるんだがな?」
「えぇ。何となくわかります」
「縄張り内で、終バスの時間にバス停から人が消えるのを、何人もの運転手が目撃してるんだよ」
「見間違い、じゃなく…?」
「停車して休憩してる目の前でだから、間違いとは言えねぇな」
「え…?まさか…?」
「おう。俺がソレを見てる」
え〜……若干、信用度が下がった気がする。
「いいから、聞けって…」
―――【佐藤の談】
その日、おっちゃんの1人、佐藤さんはいつも通りのルートを流していたが。
客もそれ程おらず、寂れてきた歓楽街の出口で客待ちついでに休憩していたそうだ。
目の前にバス停があるが、終バスが廃止になったのを知らない客狙いでもある為、そこに留まっていたそうだ。
すると案の定、終バス目的の客がふらつく足を懸命に動かしてバス停に到着したのを見つけた。
時刻表を確認し、自分の時計を確認している様子に『しめしめ』と思い、車を寄せようとすると。
こちらに気付いたのか、パッと明るい笑顔を浮かべたのだ。
30代前半位の男性だ。
見た事のある顔だった。
時々、日をまたぐ頃に利用する客だ。
トンネル手前のバス停から曲がって少し行った所のアパートで止まる客。
佐藤さんが手を上げて『行くよ』の合図を出したが、男性は何もない空間に向かって顔を動かしている。
かなり酔っているのか?と訝しんだが…
まるで動く何かを追うように顔が動き、正面を向いて止まる。
そして、まるでバスに乗り込む仕草で消えてしまったのだ。
それからその客に会う事はなくなったそうだ。
「…飲み歩くのを辞めたのでは?」
「そうだといいんだがな…」
噓とも真とも言いづらい話だなぁ…
佐藤さんが、しょんぼり煙草を吸い始めた。
まぁ、目の前で見たとしたら恐ろしい話だ。
「え?まさか、そちらの方も?」
「俺の見たのは違うな…」
「違うパターンもあるんですね」
「パターンって…まぁ、俺の場合はな?」
―――【山田の談】
もう1人のおっちゃん、山田さん。
山田さんにはご贔屓さんがいるそうだ。
夜勤看護師の仮の名前を田中さんとしようか。
田中さんの職場は3交代制の勤務で、日勤・准夜・深夜の時間で人が入れ替わるそうだ。
日勤以外はバス通勤なんて論外の時間。
間に合うとしたら、准夜の入りか深夜明け位か?
まぁ、どっちかは必ず営業車が必要だったので、前もって約束していたそうだ。
田中さんは独身で自由が利くため、普段は日勤を入れていなかったのだが。
その日は珍しく、日勤業務についた。
朝から急患は入るし、急変患者は出るし…恐ろしく大変な1日で。
気付けばかなりの時間外労働だったそうだ。
精神的にも身体的にもクタクタになり、バス停に来たそうだ。
終バスがあるのを思い出してな。
タクシーチケットが出なかったから、疲れてるけどバスにしたそうだ。
ちょうど俺も流してる時間でな?
その時、田中さんを見つけて『マズイ!』と思ってライトをハイビームに変えたのよ。
その瞬間、一瞬だ。
一瞬で色々見えちまったんだよ。
眩しさに目をつぶる田中さん。
隣に並んでた爺さん。
見えなかったはずの終バス。
バスの乗客達。
ゾッとしたね。
バスの乗客達の視線がこっちを向いたからな。
後ろからのハイビームだったから、後ろの乗客しか見えなかったが…
きっと全員に見られてたんだろうな…
隣に並ぶ爺さんに気付いた田中さんは、ハッとした表情をして固まっていたな。
俺には田中さん以外全部消えて見えたけど、田中さんは爺さんが見えていたらしい。
爺さんがバスに乗って去って行くのを見送っていたからな…
慌てて田中さんを車で回収して、終バスの話しをしてな?
2人でゾッとしたんだよ。
危なかったなぁってな。
田中さん、乗り込まなくて良かったなぁって。
そしたら田中さんが、あの時起こってた事を教えてくれたんだが。
急変した患者さんは、自分の受け持ち患者さんで、ここ数年ずっと担当していたんだが。
その患者さんが亡くなったそうなんだ。
遠方に娘さんがいて、最期に間に合うかどうかでバタバタして結局、ギリギリで間に合いホッとしていたそうだ。
この患者さんは田中さんの事を娘さんみたいに可愛がってくれてたそうで、第二の父を亡くしたみたいに辛くて疲れ切ってしまったそうなんだ。
だから勤務時間が過ぎてしまうが、しっかりとお見送りをしなければと思い、全部を整えていたらあの終バスの時間になっていたらしい。
バス停で心底疲れ切って立っていると、終バスが時間通りに来るのが見えたそうだ。
『もう家に帰ったら眠ろう』と考えてたが、俺のハイビームで隣に亡くなったはずの患者さんがいるのに気付いてビックリしたそうだ。
怖さよりも思わず身体は辛くないか聞いてしまったそうだ。
亡くなった奴に聞いてどうするのさって今なら言えるがな?
そんな田中さんに患者の爺さんは言ったのさ。
「今は身体の辛いのは全部消えてしまったよ。今までありがとうな?」って。
田中さんはホッとして、ずっと患者さんを見ていたそうだ。
バスには、何となく乗ってはいけないだろうと思い、見送るだけに留めたらしいんだ。
その後2人でコンビニに寄って、熱々おでんを食べて帰ったそうだ。
「熱々おでん…」
「色々冷え切っちまったからな…」
ゾッとする話しだからな。
温かい食べ物を求めるのもわかる気がする。
「…あれはあの世へ運行するバスなんだと思ってたんだよな」
「この世のバスが廃止になったから、繰り上げ運行的な感じかもしれんな…」
「そんなバスを俺は利用してたんですか…しかも2回…」
「「2回目?!」」
「あ、はい。2回目です…」
おっちゃんズが、そろって呆れているのがわかる。
「兄ちゃん、よっぽど守りが強いんだな…」
「だな…本当に守神さんに感謝しとけよ?」
「えぇ?まぁ、はい…守神様にどうやって感謝すれば…」
「「わからん!」」
「えぇ…」
「まぁ、感謝しとけ」
「気持ちだ、気持ち」
「それなら…はい。感謝してますし」
「んで、どうする?乗ってくか?」
「あぁ…お願いします…おでんもいいですか?」
「おう!俺も冷えたからな…」
「俺も、おでん食いたくなったなぁ。着いてくわ」
「…仕事は?」
「「すぐ戻るから大丈夫だ」」
その後、おっちゃんズとコンビニおでんを食べて家に帰った。
なんか、その日の夢はキツネがジャンピングしてハントしてる様を、おでんを食いながら見てる夢だった。
狩ってる黒いモヤモヤは、夢的モザイクだったと思う。
ちょっとした実体験を風船のように膨らませております。




