異世界転生……に、阿弥陀如来が来迎した
佐藤太郎(仮)は社畜だった。
何とか潜り込めた会社で、上司の嫌味とサービス残業に耐え、少ない給料に愚痴をこぼしながら、異世界転生物で心を慰める日々だった。
そして、彼は死んだ。
何故、死んだのかは重要ではない。
重要なのは、彼が死後に訪れた場所だった。
「よくぞここまで来ましたね、佐藤太郎(仮)」
そこは神域だった。
目の前には女神様。背景は青空と雲と神殿。
「……ここは天国ですか? 女神様」
「いいえ、違います。
ここは生と死の狭間。あなたの魂に、ある提案があるのです」
(え、まさか……)
佐藤太郎(仮)には、この展開には聞き覚えがあった。
(まさか、俺みたいなやつに、こんなチャンスが……!)
「ええ、あなたの願いの通りです、佐藤太郎(仮)。
あなたには、私の管理する世界へ転生してもらいます」
(……! やった、本当に、転生はあるんだ……!)
「あなたには、英雄として私の世界で果たしてもらうことがあります」
(……っ! 俺がこれまで見た話の中でも、結構な待遇……!
これなら、楽しい来世が待っている可能性は高い!
少なくとも、苦労ばかりのパターンではないっ)
「そこで、あなたにはこのチートスキル……」
「……それは無用である」
女神が何らかのリストを取り出そうとした瞬間、厳かだが深く慈悲に満ちた声が、神域に響き渡った。
黄金の光が神殿の中を照らし、神域全体が近づいてくるものの存在の大きさに震える。
周囲の雲が紫色に輝きだし、どこからともなく美しい天上の音楽が鳴り響く。
そして、大いなる光を背にした如来が、幾尊もの菩薩と共に現れた。
「……っ あ、あなたは、阿弥陀如来!?」
女神が慌てた声で叫んだ。
「なぜ、十万億仏土の彼方にいるはずのあなたが、このような遠い果ての世界に!?」
「かつて、その者は我が名を呼んだ、それ以上の理由は不要である」
(えっ、えっ、どういうことだ?!
阿弥陀様……って、あの仏像のだよな!?)
阿弥陀如来の優しい視線を受けながら、佐藤太郎(仮)は混乱していた。
「この人間は、私の管理する世界へ転生し、英雄になることを望んでいるのです、
そのことがわからないあなたではないはずです!」
「無論、知っている」
「ならば、なぜ、あなたのような遠い浄土の教主が!」
「ゆえに来た。
再び輪廻へと戻る事にさえ、汝の力にすがらねばならぬ衆生であれば、
我が本願力による往生もまた、受け入れられよう。
我は決して、汝を捨て置かぬ」
阿弥陀如来の慈悲に満ちた言葉に、佐藤太郎(仮)は耳を疑った。
放たれる光のため、彼からは女神がほとんど見えなくなってしまっている。
無限にすら思えるほど偉大な如来が、自分にそんな優しい言葉をかけてくれるなんて、信じられなかった。
「そんな……俺みたいなどうでもいい社畜を、あなたのような仏が救ってくれるなんて、そんな価値はないですよ。
もっと、まともな……立派な人たちを助けてあげてください」
「我は汝の言うような立派な人たちも救おう。
だが、我の正機は、汝のごとく流され苦しんだ衆生である。
さぁ、来るがいい。汝を極楽浄土へと導こう」
この言葉に、佐藤太郎(仮)に残っていた不安は、静かに消えていった。
黄金の光はますます強く彼を包み込み、上空からは蓮の花びらが雪のように舞いながら降り注ぐ。
「あ、でも異世界転生も楽しそ……」
「我が迎えに来た以上、もはやキャンセルは不可である」
そして、彼は光に包まれて西方浄土へ往生した。
……そして彼らが去った後、神域で散らばった蓮の花びらを片付けながら、女神はため息をついた。
「はぁ……誰が最近の日本人は転生させやすいって言ってたのよ、もう……」
始まる前に 完




