表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

職人さん


 その人は、基本的に喋らない。


 議論が白熱しても、口を挟まない。

 腕を組んで、じっと聞いているだけ。


---


(参加してる……?)


---


 最初はそう思っていた。


 でも違った。


---


(“聞いてる”んじゃなくて、“測ってる”んだ……)


---


 名前は、藤原さん。


 席は実験室寄り。

 パソコンの横には、いつも謎のケーブルと部品。


---


 その日も、議論はいつものように長引いていた。


---


「このモデル、理論的には正しいんだけど実装が難しくて……」


「でも簡略化すると精度が落ちるんですよ」


「どっちを取るかですよね」


---


(いつもの二択ループ)


---


 ホワイトボードは数式で埋まり、

 会話は少しずつ同じところを回り始めている。


---


(これは長引くやつ……)


---


 そのとき。


---


「……ちょっといいですか」


---


 初めて声を聞いた。


---


(喋った!?)


---


 藤原さんは、静かに立ち上がる。


---


「今のやつ、簡単な形ならすぐ試せると思います」


---


(試せる!?)


---


「完全な実装じゃなくていいなら、5分くらいで」


---


(5分!?!?)


---


 場の空気が止まる。


---


「え、できるの?」


「たぶん」


---


(たぶんで5分って何)


---


 藤原さんはそのまま席に戻り、キーボードに向かう。


---


 カタカタカタカタカタ。


---


(速い)


---


 さっきの“査読キーボード”とは違う。


 もっとリズムがある。


 迷いがない音。


---


 誰も議論しない。


 全員が、待っている。


---


(これ、“結果待ち”だ……)


---


 3分後。


---


「……こんな感じでどうですか」


---


 画面が共有される。


 グラフが一つ。


---


「え、もう出たの?」


「簡略化してるので、あくまで傾向ですけど」


---


 全員が画面に集まる。


---


「……あ、これ」


「思ったより精度出てるな」


「簡略化しても問題なさそう?」


---


(流れ変わった)


---


 さっきまでの議論が、一瞬で過去になる。


---


(殴った……結果で殴った……)


---


「この条件だと安定しますね」


「じゃあこの方向で実装詰める?」


「そうしましょう」


---


 結論が出る。


 たった数分で。


---


 藤原さんは、もう席に戻っている。


---


(終わったと思ってる顔してる……)


---


 昼休み。


 私は興奮を抑えきれず、先輩に話しかける。


---


「藤原さん、すごくないですか?」


「でしょ、“職人型”」


---


(また分類があった)


---


「いつもあんな感じなんですか?」


「うん、議論は聞くだけ聞いて、最後に“じゃあやってみますね”って」


---


(強すぎる)


---


「で、大体うまくいく」


---


(怖い)


---


 午後。


 別の議論。


---


「このアルゴリズム、理論上は収束するはずなんだけど……」


「でも実際に回すと発散するんですよ」


---


(これは長引くやつ②)


---


「条件が悪いのか、実装が悪いのか……」


---


 数分後。


---


「……ちょっと確認してもいいですか」


---


(来た)


---


 藤原さん、再び立ち上がる。


---


「再現コード、あります?」


「ありますけど……」


---


「少し見せてください」


---


(触るんだ……)


---


 コードをざっと眺めて、


---


「……ここですね」


---


(もう!?)


---


「更新式の順番、逆にした方がいいです」


---


「え、それだけ?」


「たぶん」


---


(また“たぶん”)


---


 その場で修正。


 実行。


---


 数秒後。


---


「……収束した」


---


(は!?)


---


「マジか……」


「そんな単純な話だったのか」


---


(単純だったのか……?)


---


 私は完全に理解が追いつかない。


---


(この人、何を見てるの……)


---


 夕方。


 勇気を出して話しかける。


---


「さっきの修正、どうやって気づいたんですか?」


---


 藤原さんは少し考える。


---


「……なんとなく違和感があって」


---


(なんとなく)


---


「順番が自然じゃなかったので」


---


(自然……)


---


「一回やってみたら、うまくいきました」


---


(それができるのがすごいんだよ……)


---


 私はその言葉をメモ帳に書きかけて、やめた。


---


(これは言語化しきれないタイプだ)


---


 日報を書く。


---


業務内容:

・会議室調整

・備品管理

・職人型インテリ観察


所感:

・議論を“実装”でショートカットする個体を観測

・「5分で試せる」は信用してはいけない(本当にやる)

・結果は最強の説得力を持つ

・理論の議論を一撃で終わらせる危険性あり

・思考プロセスの多くが言語化されていない


---


 ペンを置く。


---


 この職場では、言葉が武器だと思っていた。


 定義。

 論理。

 比喩。

 歴史。


---


 でも違う。


---


 結果もまた、言葉だった。


---


 しかもそれは、

 誰にも反論できない言葉。


---


 ご飯も好きだけど。


 やっぱり私は、


 結果で殴るインテリが一番好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ