職人さん
その人は、基本的に喋らない。
議論が白熱しても、口を挟まない。
腕を組んで、じっと聞いているだけ。
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(参加してる……?)
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最初はそう思っていた。
でも違った。
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(“聞いてる”んじゃなくて、“測ってる”んだ……)
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名前は、藤原さん。
席は実験室寄り。
パソコンの横には、いつも謎のケーブルと部品。
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その日も、議論はいつものように長引いていた。
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「このモデル、理論的には正しいんだけど実装が難しくて……」
「でも簡略化すると精度が落ちるんですよ」
「どっちを取るかですよね」
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(いつもの二択ループ)
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ホワイトボードは数式で埋まり、
会話は少しずつ同じところを回り始めている。
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(これは長引くやつ……)
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そのとき。
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「……ちょっといいですか」
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初めて声を聞いた。
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(喋った!?)
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藤原さんは、静かに立ち上がる。
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「今のやつ、簡単な形ならすぐ試せると思います」
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(試せる!?)
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「完全な実装じゃなくていいなら、5分くらいで」
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(5分!?!?)
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場の空気が止まる。
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「え、できるの?」
「たぶん」
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(たぶんで5分って何)
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藤原さんはそのまま席に戻り、キーボードに向かう。
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カタカタカタカタカタ。
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(速い)
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さっきの“査読キーボード”とは違う。
もっとリズムがある。
迷いがない音。
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誰も議論しない。
全員が、待っている。
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(これ、“結果待ち”だ……)
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3分後。
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「……こんな感じでどうですか」
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画面が共有される。
グラフが一つ。
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「え、もう出たの?」
「簡略化してるので、あくまで傾向ですけど」
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全員が画面に集まる。
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「……あ、これ」
「思ったより精度出てるな」
「簡略化しても問題なさそう?」
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(流れ変わった)
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さっきまでの議論が、一瞬で過去になる。
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(殴った……結果で殴った……)
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「この条件だと安定しますね」
「じゃあこの方向で実装詰める?」
「そうしましょう」
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結論が出る。
たった数分で。
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藤原さんは、もう席に戻っている。
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(終わったと思ってる顔してる……)
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昼休み。
私は興奮を抑えきれず、先輩に話しかける。
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「藤原さん、すごくないですか?」
「でしょ、“職人型”」
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(また分類があった)
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「いつもあんな感じなんですか?」
「うん、議論は聞くだけ聞いて、最後に“じゃあやってみますね”って」
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(強すぎる)
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「で、大体うまくいく」
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(怖い)
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午後。
別の議論。
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「このアルゴリズム、理論上は収束するはずなんだけど……」
「でも実際に回すと発散するんですよ」
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(これは長引くやつ②)
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「条件が悪いのか、実装が悪いのか……」
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数分後。
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「……ちょっと確認してもいいですか」
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(来た)
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藤原さん、再び立ち上がる。
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「再現コード、あります?」
「ありますけど……」
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「少し見せてください」
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(触るんだ……)
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コードをざっと眺めて、
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「……ここですね」
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(もう!?)
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「更新式の順番、逆にした方がいいです」
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「え、それだけ?」
「たぶん」
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(また“たぶん”)
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その場で修正。
実行。
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数秒後。
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「……収束した」
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(は!?)
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「マジか……」
「そんな単純な話だったのか」
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(単純だったのか……?)
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私は完全に理解が追いつかない。
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(この人、何を見てるの……)
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夕方。
勇気を出して話しかける。
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「さっきの修正、どうやって気づいたんですか?」
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藤原さんは少し考える。
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「……なんとなく違和感があって」
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(なんとなく)
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「順番が自然じゃなかったので」
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(自然……)
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「一回やってみたら、うまくいきました」
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(それができるのがすごいんだよ……)
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私はその言葉をメモ帳に書きかけて、やめた。
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(これは言語化しきれないタイプだ)
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日報を書く。
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業務内容:
・会議室調整
・備品管理
・職人型インテリ観察
所感:
・議論を“実装”でショートカットする個体を観測
・「5分で試せる」は信用してはいけない(本当にやる)
・結果は最強の説得力を持つ
・理論の議論を一撃で終わらせる危険性あり
・思考プロセスの多くが言語化されていない
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ペンを置く。
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この職場では、言葉が武器だと思っていた。
定義。
論理。
比喩。
歴史。
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でも違う。
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結果もまた、言葉だった。
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しかもそれは、
誰にも反論できない言葉。
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ご飯も好きだけど。
やっぱり私は、
結果で殴るインテリが一番好き。




