糖分
三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうはち。
「ふぅ……」
溜息と共に、脱力しながら、背中を椅子に預ける。
手だけは一応、マウスを操作はしているが、あまり意味のない動きしかしていない。
もう片方の手は、椅子の肘置きにすらない。だらりと、落とした腕の肘が、その肘置きにぶつかって、絶妙に痛い。
「……」
今日は、どうにも集中が続かない。
仕事に手を付けても、どうにもならないまま。それでも容赦なく、時計はカチカチと秒針を進めていく。忙しないものだ。
普段なら、その間にもさっさと仕事が進められているのに……今日はどうしたものか。
「……」
ただ光るだけの物になった、パソコン画面をぼうっと見つめながら、くるくるとカーソルを動かす。何かを探しているわけではないのだけど……ただ何となく動かしているだけ。
しかし、今日一日中この調子だと、全く仕事が出来ないので、どうにかしたいものだ。
「……」
かと言って、何か確定的な原因があるわけではないので、対処のしようがない。
まぁ、強いて言えば、久しぶりに変な夢を見たくらいだが……それだってもう既に記憶の中では薄れてしまっている。何があったかも忘れてしまった。夢なんてものは大抵そんなものだと思うのだが。
「……」
外では、ごうごうと風が唸っている。風は最近、ずっとこの調子だな。
それでも、昨日はかなりいい天気だったのに、今日は雲が覆っている。
星は見えず、月も隠れているようだ。
「……」
時計を見ると、長針と短針の両方が、丁度真上に向かおうとしているところだった。
そろそろ昼食の時間がやってくる。
それまでに、これだけは終わらせたいのだけど……。
「……、」
このままうだうだしていていも埒が明かない。
とりあえず、何かをして見ない事には始まりそうもない。
そう思い、初めに手を出したのは、机の上に置いてある小さな籠だった。
「……」
中には、数種類の飴玉が入っており、糖分が欲しい時にも丁度いいし、集中をするのにも案外私には丁度良く働く。ただまぁ、噛むと、口内を一緒に噛むし、失敗すれば欠片が歯茎に刺さったりするので、噛むことはお勧めしない。飴玉は舐めるものだ。
「……」
適当に取った飴玉は、パッケージに桃のイラストが描かれていた。
1パックに何種類か入っているものをよく買うのだが、その中でも桃は割と気に入っている。適当に取っているはずなのに、真っ先になくなるのは桃味だ。
「……」
端の方を、ピリーと小さく開け、中身を口の中に放り込む。
ジワリと滲むその甘さと、桃の香りに少しだけ、ほうと、息をつく。
まぁ、コレで集中が戻るかどうかは別問題なのだが……。
「……し」
なんとか、なりそうである。
ただの糖分不足だったのだろうか。
……昨日あんなにドーナツを食べたのに。
「……」
:
それから、数十分。
集中ができなかったのが嘘のように、仕事が捗った。
甘味というのは、ものすごい効果を持っているらしい。
「……ご主人」
気付けば、時計の針は二つとも真上を刺していた。
それと同時に、戸が開き、聞き慣れた声が呼びかける。
「……昼食の時間ですよ」
「……ん」
しかしこういう時に限って、きりのいいところまで終わっていないのは、なんという現象なのだろう。
「……早く来てくださいね」
「あぁ、すぐ行く」
とりあえず、集中ができなかった分は取り戻せた。
後は、昼食後の仕事でもこの集中が取り戻せれば完璧だ。
……開けっ放しの戸の奥から、いいにおいが漂ってきた。
先に、昼食を頂くか。
「……だめだ」
「なにがですか」
「……今日はもう休む」
「珍しい……」
お題:飴玉・噛む・滲む




