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始まりの詩

あの日から何年も何年もやりとりが始まった。

でもどうしてだろう。連絡を取り合うことが彼の足を引っ張っている・・・ユキはそう感じていた。



「私は智也の事知りすぎてる。」

「わかってる。何も言うな。」

「ファンに恨まれそう。私にもプライベートがある」

「ユキにはなにもわからない」2人は時々喧嘩のようになる。

それでも智也を近くで感じたい・・・知れば知るほど、井端智也が恋しくなった。それは智也も同じ気持ちだった。2人は互いを隠し合うことで深い絆が芽生え始めた。


一方earthはどんどん売れっ子アーティストになっていった。曲を出すたびに売れ、街中で流れる事も当たり前になった。活動は国内だけに収まらず、世界進出を始めた。


街中でearthの歌が流れたことに毎回興奮していたユキも、今では流石にそのことが当たり前になってきていた。


earthのメンバー5名はそれぞれに活動の幅を広げていった。特にリーダーTOMOYAは有名ブランドのアンバサダーに就任したり、作詞作曲を手がける存在になっていた。

SORAはドラマデビューが話題となり、主演も務められるようになっていた。

YUKIはDJをはじめ話題になるし、RAITOはバライティー番組でMCをしたりした。NOZOMUはパリコレに出演なんてして、個々がそれぞれ大忙しになってきていた。昔は下宿先で皆で共同生活をしていたが、そんなことができるはずもなく、個々がそれぞれ高級マンションなどを所有するようになった。それは世間一般の20代とはかけ離れた生活でメンバー同士もレッスンは個々がほとんど。5人揃うこと自体が珍しい形へと変わっていった。



「ユキ。今回の曲はね。NOZOMUのパートがキーパーソンなんだ」

「すごい楽しみ!NOZOMUのハイトーンボイスは世界一だと思う。それが活かせるTOMOYAの作曲も世界一よ」

「ユキは大袈裟だw」ファン1号のユキはいつもTOMOYAに自信をくれた。ユキが褒めてくれればやる気になる。ユキが喜ぶ歌詞が書きたかった。それでも智也はわかっていた。どことなくユキは智也と一定の距離を置く。


お互いの関係は友情なのか愛情なのかなんて確かめ合わせる事はできない。長い年月やりとりを交わしていても、絶対に踏み入れてはならない線がお互いにあるのだ。時々その線が見え隠れすると智也は急に怖くなる。


今日はその線をユキが踏み込んできたのだった。ユキは事務員の仕事をしながらTOMOYAのファン?恋人?親友?家族?みたいな役割をこなしていた。それは誰にも秘密。ただのファンであり同級生として周りには通してあった。

「私、仕事変えようと思う」

「え。なんで?楽しいって言ってたじゃん」

「同級生だからってTOMOYAのサインをねだられたり・・・なんか疲れるのよ」

「サインくらい何枚でもやるよ?」

「そこじゃないのよ。」ユキは周りにTOMOYAの存在がバレるのではないかといつも警戒している。同級生ということばバレただけでもユキは怖くて不安になってしまうのだ。

「俺が同級生で申し訳ないよ」

「違うよ。誇りだよ。」

「ユキ・・・・もう何も言わないで」



智也もユキの気持ちがわかっていた。でもユキがいないと、智也は心が壊れてしまいそうだった。売れる事を夢見て、望んでいたはずの生活なのに、心がどんどんと疲弊していたからだった。


「明日からイタリアでしょ?写真集撮影もあるんだし、もう寝たら?」

「その前に一つ提案がある。もし仕事辞めるなら、俺のマンションにもう一つ部屋を借りているから、引っ越せば?」



?????


拒否されることも受け入れられることも智也には怖かった。それでもユキには近くにいて欲しかった。

「俺をアーティストとして支えて?」また見え隠れする2人の間にある線。絶妙な言葉回しでその距離感を覆い被した。



「え?智也の隣の部屋で住むってこと?」ユキは初めてその距離感や言い回しを破った。それでも何も言わない智也はずるい。それでもユキは涙が出て喜んだ。


「TOMOYAを何年も追っかけしてて、こんなに嬉しい言葉は初めてだよ。近くにいていいの?」

「俺はユキに何も与えてやれない。ユキにはこれからもたくさんの嘘を重ねて生きてもらう。それでも手放したくないんだ。」

「どんな嘘でも私は・・・私は・・・」涙が邪魔してうまく喋れない。



「わかってるから」智也の声は震えていた。重大な罪を犯している気分だった。それでもそうやってユキを引き止めるしか方法がなかった。


メンバーにもきっとそれぞれに秘密があるだろう。その秘密の数々をどうかこの先も誰にも触れられず守り続けられますように・・・自己防衛ばかりでしかない自分の考えに、智也はため息が出た。

それでも大喜びするユキの声を聞くと心がスッと軽くなった。



ユキはとてつもない優越感であった。大好きな智也が私を必要としてくれている。そんな事はとうの前からわかっていたけれど、やっとそばにいられる。



引っ越しはすぐに行われた。

智也のお金で生活することには抵抗があったが、ユキのお金じゃどうすることもできない金額のマンションだ。こらからは近くで好きな時に会える喜びが大きかった。初めての高級マンションは別世界への入り口へと繋がっていた。



ユキが隣に越してきても、智也は1週間海外にいた為、帰ってこなかった。その1週間でユキは自分の好きな家具などを揃えた。

そして水曜の深夜3時。ユキの部屋のドアのロックが自動解除された。そしてユキが寝ているベットに、智也は倒れ込むように入ってきた。



「ユキ。ただいま。会いたかった」ユキは涙で智也の顔が見られなかった。

「おかえり。お疲れ様」精一杯の言葉に智也はニカッと笑った。「新曲聞いて」TOMOYAは小さな声で歌い始めた。




それは2人の始まりの詩でもあった。


〜〜〜〜

惹かれあっていても届かない

犠牲なんて言葉は使いたくなかった

それでも傷つけあった 怖かった

今2人がスタートラインにたてたのなら

明るい未来しか見たくない 言いたくない

〜〜〜〜



TOMOYAの声は震えていた。

「素敵な詩だね」ユキは智也を抱きしめた。未来を怖がらないで欲しかった。智也はそのままユキの腕の中で眠りについた。


朝日が部屋を明るくした頃、智也が起きると隣にユキが寝ていた。ユキの寝顔は美しかった。守りたいものができてしまった後悔と、掴みとりたい夢を天秤にかける日々が始まった。



「おはよう♪」ユキは視線を感じて目を開けた。

「おはよう」智也はユキの頭を撫でた。

「まだ寝てていいからね。俺は仕事があるから。また今日も遅いと思うけど、明日の午前中はオフだから」



2人の生活はこうして始まっていった。未来なんて見てはいけない。そうユキは自分に言い聞かせながら、今を幸せに感じた。

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