あじゅ9 奥州編その2
浩とアサカは、アサカの集落の長老と向かい合って座っていた。
長老はあれからずっと「小鳥目」を使ってあずと村の娘たちの行方を探していた。
小鳥目は、雛の頃から飼いならした雀に自分の念を乗せることが出来るようにしたものである。
雀は怪しまれることなくバンダイの集落に入り込み様子を探っていた。
バンダイの集落の構造、各家々の配置、連絡のとり方とその順序、バンダイの家、防衛施設の位置、種類。
アサカの長老は全てを入手していた。その図面が浩と長老の間に置かれていた。
「恐らく、ここです。」長老が指さした。
その指先には大きめの建物があり、場所は集落の中心部であった。
「この配置を頭の中に入れておいて下さい。」浩は、うなづく。
「儂の考えを申し上げる。まず、陽動で山の動物達を使います。
最初に10頭のクマが集落の境界を破壊します。
警備は物見櫓にも上がろうとしますがそこはあらかじめサルを忍ばせて、物見櫓に上がれないようにし
て、相手の目は塞ぎます。
オス鹿は集落に突入して、角で集落の家の戸を破壊します。メス鹿は少しおいて家の中に突入し荒らし回ります。このあとー。
長老が一呼吸入れる。
「浩殿とアサカは、この建物に侵入して下さい。」
「決行は月のない朔日。今夜でございます。」
浩とアサカは頷いた。
「力を合わせて、取り戻しましょう。アサカさん。」
アサカは浩の目を見て、言う。
「この作戦が終わったあと、あなたにどれだけ謝らねばならないか。しかし。」
「申し訳ないが、今はご助力お願いします。」
浩は首を振る。
「全ては僕の力不足。しかし、不足していたものは全て用意できたと思います。ぜひ作戦を成功させましょう。」
深夜
バキバキバキバキ・・・
体重150キロ、体長1メートルの大きな黒い塊が、数カ所の集落の柵を砕く。
「何だ?何事だっ!」いつもより多い警備ではあったが、分散して数名ずつ各地点へ移動する。
警備が正体に気づく。「くっ,クマだぁ!」立ち上がったクマは高さ1.5メートルの高さくらいから前
足を真横に振り回す。
ちょうど警備兵の顔のあたり。
パンチを浴びた警備兵達は、ひとたまりもなく倒れ、すでに意識はない。
一般の民は、道に出てそこで鹿や猿たちと、ごっちゃになって大混乱になっている。
浩とアサカは空を舞って目的の建物へとたどり着いた。
アサカが一閃、建物の角を斜めに切り抜いて入口を作る。
中には両手を拘束されたまま女性が横たわっていた。意識がない。素早く脈を取る。「生きている!」
ヒュッ!と短く口笛を吹くと、大きな猪達が次々やってきて女性たちを背中に載せ走り抜けていく。
その数、十名ほどであったが、その中にはあずはいなかった。
「どこだ?」浩は建物の中を探し始める。
「ここだよ。」バンダイの声がした。横には両手で吊るされた、小さく縮んだままのあずがいた。
「おまえが俺に勝てるとは思えないが、相手をしてやろうかぁ。」にやりとバンダイが言う。
浩は、妙に頭が冴えていることに自分でも驚いていた。
囚われのあずの姿を見てしまったら、激昂してしまうだろう。と、思っていたのに。
「あずを返してくれ。」
「自分で奪い取るんだな。お前の女なんだろうが?」
「違う!」
「なぁに言っているんだ。お前のものだから取り返しに来ただけだろうが。」
あずは上様である。自分のものではないから、今、激昂せず冷静でいられるのか・・・。
浩は気づいた。
今までの意識と違い、自分の行動が上佐屋の矜持を守っている「だけ」でないことに。
それを含めたうえで、あずを大事に思っている自分だということを。
だから、焦りもない、怒りもない。ただ大切な存在のあずを取り返す。
「ぼさっとしてんじゃねぇぞぉ!」バンダイがなにか操作を始める。体全体から黒いモヤが広がり、一気
に襲いかかってくる。
浩は刀を抜き、飛び退きながら構えた。
「ほう!初見でこれを避けるのか?」バンダイが少し驚いている。
「では、これはどうだ?」モヤは尖鋭になり、風を切りながら錐揉み、浩に向かってくる。
「キン!」「キン!」「キン!」
「あずをかえせ!」それを全て薙ぎ払った浩は、大声で叫ぶ。
「うるせぇ!」バンダイは呼応しながら、更に攻撃を加える。
浩はそれを切り結びながらジリジリ間を詰めていく。
「ちっ!」バンダイは操作する手の動きを変えた。
「何が来る?」浩は刀を十字に構えて備えながら間を詰める。
一瞬。吸い込まれるような負圧を感じたあと、一気にモヤが吹き出した。「ブオッッ!!」
刹那、浩の刀が唸りを上げる。「ビュォォォーーーー・・・」
吹き出したモヤはどんどん霧散していく。
「くっ!」バンダイは更にモヤを大量に吹き出し始めた。
そのせいか、家屋の中が腐食し始めている。
浩は目の端にあずを捉えて安全を確認する。あずにもやはかかっていない。
が、このままでは建物が倒壊してしまうだろう。いつまで安全かは、わからないのである。
浩はモヤを吹き飛ばしてゆく。拮抗していた力関係はだんだん浩の有利になっていった。
不利になったバンダイは、あずを抱えて逃げようとする。
「させるか!」そこに遅れてやってきたアサカが立ちはだかる。
バンダイの手は宙を切り、浩と切り向かうしかないとこまで追い詰められた。
「おおおおおお!」刀を振りおろすバンダイを、腰を低く落とした浩が両の刀で受け止める。
撥ね退けざまに浩は刀を重ねて一本に持った。瞬時、刀は柄が融合した。
浩は真横に二本の切っ先を走らせる。刀は十分バンダイの胴に届き、それが二つに切れるか切れないか・・・。そう見えた。
バンダイは後ろに飛び退いていた。が、そこはもやで腐食した壁であった。
「ミシッ、メキメキメキメキ・・・」
アサカがあずの戒めを刀で切ると同時に、浩は横っ飛びに落下するあずを抱き取り、さらに窓を抜けたあと、思い切り飛び上がった。
アサカも違う窓から飛び出し、柵の外まで跳んだのが見えた。アサカがこちらを見ながら笑顔で手を振っている。
「どぉぉぉぉぉん!」
家屋はバンダイとともに崩壊した。
騒動のあと、バンダイの父親が牢屋に囚われていたことが分かった。
どうやったのか、バンダイは短い間とはいえ、一族を誑かしていたようであった。
ガチガチのアサカと、満面の笑みのヤマが並んでいる。
周りでアサカと、ヤマの集落の人たち、山の動物達が祝っている。
「きれいねぇ・・・。」うっとりとあずがいう。
「そうだよね。ほんとうに。」浩が返す。
アサカとヤマの結びの式に、浩とあずは参列している。
バンダイは崩れた屋敷の下に発見できず、杳として行方が知れない。
バンダイの集落はアサカとヤマの集落に相当の賠償をすることで話は落ち着いた。
浩の手から出せるエネルギーはあずの回復にとても役立った。
すぐに回復させることができたので、大きなダメージが残ることもなくあずも元気だ。
二本の刀は、いつも腰に下げているが、抜刀するまでは周りには見えないらしい。
長老が吸い込まれるような青空を見上げて言の葉を発した。
「ああ、あずましい。」
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