第8話 やわらかな午後
昼下がりの天樞の館。陽の入る小間の隅、
床に広げた薄布の上で、ふたりは横並びに座っていた。
読書でもなく、作業でもなく、ただ静かにお茶を飲む時間。
そんな何もない午後。
シアノは湯呑を両手で抱えて、ふと隣のイーヴを見上げた。
「……イーヴ様の手って、あったかそうですね」
イーヴは目を瞬かせた。
「そうでしょうか?」
「はい。なんか、冬でも冷たくなさそうな感じがします」
言いながら、シアノは自分の指先をイーヴの袖口にそっと重ねた。
ほんの一瞬。触れたのは布地だけ。
それでも、その距離に、イーヴの肩がわずかに揺れた。
「……冷たくはないと思います」
「ですよね。やっぱり、あったかい」
シアノは、まるで小動物のような無邪気な笑顔でそう言って、またお茶に口をつけた。
イーヴはその横顔を見つめながら、わずかに息を整える。
心が近すぎて、体が追いつかない。
「……こうして、隣にいてくださるだけで、十分です」
ぽつりとこぼれたその言葉に、シアノは首を傾げた。
「え?」
「いえ。なんでもありません」
沈黙が落ちる。けれど、それは居心地の悪いものではなかった。
距離はもう、手を伸ばせば届くところにある。
ただそれだけで、午後の日差しはやわらかく感じられた。