第7話 花の咲く距離
天樞の館の一角、薬香の満ちた書庫。
イーヴは、静かに薬瓶の整理をしていた。
抑制薬。自己を保つための鎖。
それは医師としての義務であり、生存の前提でもあった。
棚の奥から取り出した小瓶を見つめながら、彼はふと、自分の手の震えに気づいた。
それは禁断症状ではない。
ただ、彼女の顔を思い出すときだけ、指先が震える。
「……まだ、使わなくても大丈夫です」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
*
その日の午後、シアノは天樞の庭にいた。
毒の少ない選別種ばかりを集めた一角。薬草と毒草が慎重に区分されて植えられている。
彼女は、その中に立って、白い葉のひとつにそっと触れていた。
「それ、手袋なしでも平気ですよ」
背後から声がして振り返ると、イーヴがいた。
いつものように端正で、けれど、どこか頬の線が柔らかい。
「これ、綺麗ですよね。見た目は清らかで……でも、ちゃんと毒もある」
イーヴはうなずいた。
「ええ。花が毒を持つことは、弱さではありません。護るために必要なことですから」
その言葉に、シアノは静かに笑った。
「……イーヴ様は、自分を護るために、薬を使ってこられたんですね」
一瞬、彼の目が揺れる。
「はい。でも、最近は……」
言いかけて、彼は言葉を止めた。
そして、小さく微笑む。
「……もう少しだけ、このままでいたいと思っています」
その一言に、シアノの胸がかすかに熱くなる。
この距離はまだ遠い。
けれど、咲く花のように、
互いの中に、小さな信頼が芽吹いていた。