第4話 御簾の内側
ここはヴァレリオン宗家中枢、《天輪の間》。
毒結晶の光が星図の天井を照らし、各星の座が整然と並ぶその中に、天樞の座もあった。
御簾に囲まれた席の奥では、陪花を巡る異例の指名が、静かに波紋を広げていた。
天樞の御簾の奥で、二人の声が、押し殺すように、けれど鋭く交錯していた。
「何勝手なことしてるのよ、サシャ」
カミーユの声は低く抑えられていたが、怒気を隠しきれていなかった。
天樞として、陪花を娶るつもりなどない。そう、はっきり口にしていた。
その約束を、破られた。
「私が指名したの。制度上の権限で」
サシャは、静かに答えた。短く、揺らがず、ただ一点を見据えるように。
「制度の話をしてるんじゃない。……話が違うでしょ」
カミーユが一歩詰める気配。御簾の向こう、足音が小さく踏まれる。
「でも、見てしまったのよ。彼女が……あのとき、あの子を見た顔を」
サシャの声は、すっと細くなる。
「反応していた。制度が動く前に、心が……揺れたの」
「だから何? その一瞬で、私の決めたこと、覆すわけ?」
御簾の奥で、沈黙が落ちた。
やがて、サシャがぽつりと言う。
「イーヴが、あんな顔するなんて、思わなかった」
カミーユの息が止まる。
「彼、あの子を見たとき、ほんの少しだけ、目が緩んだ」
それは誓いでも、欲望でもない。見送る者の顔だった。
「あのイーヴがせっかく番を見つけたのに、横からかっさらわれるのを指をくわえて見てろっていうの?」
カミーユは言葉をなくした。
イーヴ・ヴァレリオン──天樞直属の侍従。
制度に奉仕するために、自我の一部を薬で抑え、宗家の仕組みに従っている男。
そんな彼が、誰かに“反応する”など、ありえないはずだった。
そのありえなさを、彼はただ胸にしまって、何も言わずに、黙って受け入れようとしていた。
「私が言わなきゃ、きっと誰も気づかない。でも、私は天花でしょう?」
サシャの声音はやわらかく、それでいて揺るがなかった。
「見てしまったの。見たからには、……助けなきゃって、思ってしまったのよ」
御簾の向こう、毒の光がまたひとつ、揺れた。