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第3話 侍女ノエルの暴走と兄の怪しい策略②

 レオンハルト兄さまが私を呼び出したのは、昼下がりの応接室。いつもこの部屋での兄との話し合いは、ロクでもない策が登場する予感がするのだけれど、今回も例外じゃなかった。


「リリエッタ、よく来たな」

「ええ、呼ばれてたから来たんだけど……そのノートは何?」


 兄さまが手元に開いている分厚いノートには、ところどころ物騒な単語が踊っているのが見えて、私はすぐに視線をそらした。まるでマフィアの暗号メモか何かのように見えるし、どう考えても日常で使わない言葉が並んでいる。


「これは作戦ノートさ。おまえがあの王太子をギャフンと言わせたいなら、強力な手段はいくらでもあるだろう? ほら、ここを見ろ。毒盛り、幻覚薬、あとは脅迫状のバリエーション……全部試せば、どれかは効果的に違いない」

「読めば読むほど捕まりそうな匂いがするのだけど。兄さま、こんなの公爵家の人間がやることじゃないってば」


 私が頭を抱えながら指を差すと、ノートのページには詳細な手順らしきものまで書きこまれていた。たとえば、“王太子の食事に○○を混入し、幻覚に陥らせて恥をかかせる”とか、“脅迫文で精神的に追い詰める”などなど……どれも読むだけで冷や汗が出てくる。


「大丈夫だ、妹よ。これを実行するなら、徹底的にバレないようにすればいいだけだろう? 俺はこういう工作が得意なんだ」

「いやいや、徹底的にバレないなんて信じられないし。そもそも私、牢屋に入るのは絶対にイヤなんだから!」


 兄さまの目がキラリと光る。まさかこの顔は、“俺に任せれば何の問題もない”と言いたいのだろうけど、私としては問題しかない。危険行為ばかりでは、いずれ致命的なミスを犯すリスクが高すぎる。


「でもな、妹よ。ここを見てみろ。『目撃者を買収して証言を歪める』なんて案もあるぞ。これなら直接危険を冒さずとも、王太子の評判を落とすことができると思わないか?」

「それも充分に捕まるリスクがあるじゃない。買収なんて犯罪行為すれすれよ」

「ふむ。じゃあ、もっとマイルドなやり方がいいのか?」


 兄さまがしれっと言うので、私はノートをめくりながら、できるだけ“まだしも検討できる”ものを探してみる。そこにはどれも凄まじい単語が並んでいるけれど、中には“少しはまとも”な案もあった。


「ええと、これ……『王太子の周辺が抱えている弱みを探り、それを相手にちらつかせて譲歩を迫る』。要するに脅迫だけど、手口がややソフト?」

「そうだ。直接殴りかかったり、毒を盛ったりするわけじゃない。言葉でじわじわ追い詰めれば、周囲に知られるリスクも下がる」

「……まだこれならマシ、かな」


 当然、脅迫自体アウトだけど、兄さまのこれまでのアイデアに比べれば、はるかに安全度が高い気がするのも事実。たとえば、先に王太子の悪行を暴き出して「これを公表されたくなければ、私を陥れるような真似はやめろ」と迫る――それなら、一応使いどころはありそうだ。


「まあ、まともな代案としては“王太子の実際の不正や愚行を掴んで、それを世間に広める”ってことが一番しっくりくるわね。もし本当にあの人が悪さをしているなら、当然批判を浴びるでしょうし、私に対してかけられている悪評も覆せる可能性がある」

「そうだろう? おまえだって最初から言ってただろ。王太子がどれだけ矛盾やら問題を抱えているのかを公にできれば、婚約破棄の不当性をみんなに知ってもらえると」


 兄さまが目を輝かせて頷く。もともと私が望んでいるのは、殿下が理不尽に私を切り捨てた事実をはっきりさせ、自分の名誉を取り戻すこと。そこまで求めているのだから、その過程で王太子の隠された弱点を見つけるのは重要な作戦になる。


「……でもどうやって不正や愚行を暴くの? 殿下がやっていることが完全な裏工作なら、そう簡単に証拠は手に入らないわよ」

「そこは俺とノエルに任せればいい。おまえが望むなら、徹底的に洗い出してやる。むしろ楽しい作業だな」

「楽しいって……兄さま、ほんとにやる気満々ね」


 兄さまの脳内は、こういう陰謀めいた作業でいっぱいなのだろう。だからこそ、私がブレーキをかけないと簡単に突拍子もない方法に走りそうで怖い。だけど、情報収集をして王太子の悪事を暴くアイデア自体は歓迎すべきものだ。


「とりあえず、毒盛りや幻覚薬はいったん無しね。捕まったら目も当てられないから。代わりに、合法的な情報収集と、必要に応じた口頭での脅しかな」

「妹としては物足りない提案だが……まあ、合格点をあげよう。あと、兄として言わせてもらえば、裏でうまく手を回せば捕まることもな――」

「そこ続けるとまたストップかけるわよ!」


 勢いよく身を乗り出すと、兄さまは「はいはい」と肩をすくめながら苦笑した。私としては笑い事じゃないけれど、彼なりに私を守りたい気持ちはわかるし、全面的に否定するのもはばかられるところだ。


「それにしても、王太子が大きなスキャンダルを抱えていたらいいんだけどね。そうでもなければ、そんな都合良く弱みは見つからないかも」

「むしろこれまで大きく表沙汰になってないだけかもしれないぞ? 派手に遊んでいる噂を聞いたこともあるし。もしそこをつつけば、なにかしら出る可能性は高い」

「……たしかに、あの人の散財癖とか、外から聞こえてくる話はあるわね」


 思い返すと、アルフレッド殿下は思いつきで高価な買い物を繰り返しているとか、官吏の意見を聞かずに我儘を押し通すことが多いとか、いろいろ根強い噂があったように思う。真偽不明とはいえ、それらが事実なら彼への非難が高まるのも時間の問題だろう。


「じゃあ、私たちが情報収集に力を注ぐってことで意見は合意できた?」

「ああ、構わない。それで妹の鬱憤が晴らせるなら俺も満足だ。せっかくこうやって色々な策を書き溜めたというのに、ほとんど却下されたのは少し寂しいが……」

「ごめんなさいね、兄さま。でも私は身を滅ぼしてまで殿下を貶めるつもりはないの。安全かつ確実に彼の不正を暴きたいだけよ」


 頭を下げる私に、兄さまは「仕方ないな」と笑いながらノートをバタンと閉じる。次に開いたらまた危険な作戦を提示されそうで怖いが、今日はこれで勘弁してもらおう。


「そうと決まれば、さっそく俺やノエルが動いてやろうじゃないか。話が進んだらおまえにも詳細を伝える」

「うん、助かるわ。私も王太子に近しい関係者から少しずつ探りを入れてみるつもり」


 そう答えると、兄さまは満足そうに席を立つ。ノートを脇に抱えながら、部屋を出て行く彼の背中がどこかウキウキしているように見えるのは気のせいだろうか。……多少危ない橋ではあるけれど、私を想って行動してくれるのは嬉しい。問題は、その愛情表現が常識の枠から外れている点かもしれない。


「でも、これで方針がはっきりしたわね。結局は、殿下の不正を掴むのが一番手っ取り早い。そのうえで私の婚約破棄がどれほど理不尽だったのか、皆に知らしめるのよ」


 部屋の奥で一人ごち、私は肩をほぐす。幸いにも公爵家の力は強大だし、情報収集力だって侮れないはず。コーデリアの動向も気になるけど、今はまず王太子に狙いを定めて、その足元を揺さぶる材料を探すほうが得策だ。そうして自分の名誉を回復するためにも、一刻も早く成果を上げたい。


「兄さまのとんでもない案はともかく、目標が定まったんだから集中して進めないとね……」


 この道が成功すれば、私が受けた屈辱も一気に晴らせるだろう。王太子の不当性を暴露し、婚約破棄を押し付けられた私の正しさを世間に見せつけてやる。その日は遠くない――と思いたい。


 嵐の前触れにも似た予感を胸に抱きながら、私は深呼吸をして小さく拳を握った。捕まるリスクなしで、正当なやり方で王太子を追い詰める。……そんな計画が簡単にいくとは思えないけれど、やるしかない。必ず成功させるわ。


 これから先、兄さまとノエルがどんな情報を集めてくるのか、それがいい方向に転がることを願いつつ、私は少しだけ高揚した心で作戦会議の部屋を後にしたのだった。

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